酔っ払いどもの知略とは
「みんな、聞いてくれ!」
頭にネクタイ鉢巻で腹は福笑いの落書き姿の岡田が立ち上がる。
もんのすごい真剣な顔だが真っ赤。酒で真っ赤。しかも目が据わってる。
「みんなのおかげで、うちの会社も来年で5周年を迎える!」
「ういっす! めでてえっす!」
「岡田ちゃんのおかげよーー! ありがとー、しゃちょー!」
「しゃっちょウさんステキっ!」
「ありがとう、ありがとう、みんな、こんな俺についてきてくれてありがとう」
男泣きしながら岡田は続けた。
「そこで来年の創業5周年、記念出版をやりたいと思う!」
「イエーーーイ!」
「きっねっんっ、きっねっんっ」
「ちょっとあたしの酒、空なんだけど!」
「ビンごと自分のとか何ほざいてんだ、メガネ」
「あんだとこの童貞が!」
半分は特に意味もなくノリを合わせ、もう半分は飲むかケンカしているか。だいぶカオスな中、岡田はアイディアをぶちまける。
「来年は小説家のANNNYAROUの作品を集めた短編集をシリーズで発刊したい! 全巻予約購入者には特典をつける!」
「は? 正気ですかあんた」
「お金どうすんのよ」
「こないだ株で儲けた」
「かーーーーーっ! これだから金持ちは!」
岡田はどういうわけか昔から金運がいい。それはもう神がかっているレベルだ。株を買えば大儲け、ビットコインで大儲け、くじを買えば大当たり、たまに買う馬券は万馬券だ。
だがその分の運を使い果たしたように見た目が悲しい。そして女にモテない。ステータスは金運に全フリであった。
「まあそういうわけで、どうせなら面白い事がしたいじゃないか。それぞれに『ファンタジー』とか『異世界恋愛』とかカラーを決めてだな、傑作短編集と銘打って出してみたら楽しそうかな、とな」
「めんどくさそうですけどね、短編集とか」
「作家がOKするかだよね」
「でも面白そうじゃない? あたしはやってみたい」
「岡田くんにはいつもお世話になってるもの〜、手伝っちゃうわよ〜」
「例えばR18作品とかはどうするんですか? 全巻予約は成人のみとか?」
「いや、R作品は特典にする。成人版の特典をR18短編集を選べるようにして、未成年にはイラスト集のみとかな」
「ははあ。いや、悪くないんじゃないっすか?」
「テーマにあったカラーを決めて、本のタイトルはそのカラーに合わせていきたいんだ」
「あ、それ面白そう。R18ならピンクとかブラックとか?」
「ピンクだとエロ限定のイメージだからブラックかな」
「そっか。タイトルってことはブラックなんとか、って感じよね?」
「ですね。ブラックリストとかレッドデータとかどうっすか?」
「あ、じゃあイエローカードでR15作品集は?」
「子どもも見るかもしれないならR15で集めて売るのはムリだよな」
「そっか。あ、じゃあオレンジブック」
「アメリカのNCSCの?」
「違う、アメリカだけど薬の実験結果とかまとめたやつ。うちお姉ちゃんが薬剤師でさ」
「国家規模の危機の話と薬師や薬剤師の話か。いっそまとめちゃうか? 少なそうだしさ」
「うっわ、楽しくなってきた。じゃあさじゃあさ、他の色も決めようよ。沢口、ホワイトボード!」
「ういっす」
「そうすると酒が足りないわね。誰か酒調達してきて!」
なぜ酒が必要なのか。だがそのよく分からない注文に誰も疑問を持っていないようだ。
社員全員が酔っ払いながら本腰に入った。
「あ、いや、今日はとりあえず決定だけで、休み明けに案を持ち寄って話し合おうかなって……」
慌てて岡田が止めようとするがもう遅い。
「何言ってんのよ! 鉄は熱いうちに打てって言うでしょ! 今やらないでいつやるの!」
マキが完全に酔った目で岡田を睨む。
岡田の肩に長年の悪友である高崎が手を置いた。
「やめとけ、もうムダだ。マキ先輩にスイッチが入った。他のヤツらの目を見ろ。あいつらもムダにやる気だ。お前の敗因はこんな面白そうなことを酒の席でぶち上げたことだ。もう手遅れなんだよ……」
「た、高崎……」
「マキ先輩! 俺ホ◯◯ト◯◯ータでお菓子がいいと思います!」
「高崎いいいいいいっ!」
裏切りの高崎にすかさずマキのダメ出しが入る。
「商品名はダメに決まってんでしょ!」
「じゃあオレンジブックもダメ?」
「ダメだろうな」
「えーーー、じゃあクリスタルスカルで厨二病」
「それ採用!」
ニャーロッパ出版の緊急会議は深夜、日付が変わっても行われたという……。合掌。