DENTO
僕たちの社会はDENTOに支えられている。DENTOに選ばれし者は光を発し、その光を我々に注ぐ。我々はその光を見るために生きている。我々は光化学的生命体Ecksと呼ばれている。
DENTOに選ばれるプロセスはよくわかっていない。あるEcksが何らの社会的な魅力を獲得すると、当局の者が大々的にそのEcksをアピールする。そのEcksが一定以上の注目を浴びると、DENTOと呼ばれるようになる。
今日もDENTOである僕ヒカルは、ホウツーベと呼ばれる光拡散装置で自身の光を拡散していた。DENTOではない者がホウツーベを使っても他のEcksから注目されることはない。ところが、DENTOとして選ばれた僕のような者であれば、大々的に注目を浴びることができる。
僕たちEcksにとってDENTOの光とは、エンターテインメントだ。その光を見ることによって、日々の鬱憤を晴らし、また日常に帰ることができる。Ecksはエンターテインメントを糧とし食料とする生き物なのだ。
複数のDENTOは、時として競争し合うことになる。複数の光を同じ時間に許容することはできない。どちらか一方の光を選ぶ必要があるのだ。
ヒカル「くそ、ライトの奴め、僕の顧客を奪わないでくれよ」
僕はライトと呼ばれる競争相手と競っている。ライトと僕の光の波長はよく似ていて、Ecksから競合者として受容されているのだ。
ヒカル「当局に問い合わせて、ライトが不正競争をしていると訴えてやろう」
僕はそのEcksの当局に問い合わせる。
ヒカル「情報通信要請、ID19870862、個体名ヒカル、当局に通信を要請する」
すると、僕の周りに一本の光の矢が刺さる。
当局「お問い合わせの内容はなんでしょうか」
ヒカル「僕の光の波長を真似して需要を得るライトって奴を追い出したいです」
当局「申し訳ございません。真似しただけでは当局はその方を排除することはできません。それでは。」
僕は当局の態度にイラついた。当局は絶対何かを隠している。陰謀論ではない。当局はきっと、僕たちには知られてはならない真実を隠しているはずだ...!
そこで僕は、空間情報を探った。空間情報とは、Ecksが独自に編み出した技術で、あらゆる空間に即座にアクセスでき、その空間の量子に任意のデータを残すことができる。
僕はまず、僕のそれが陰謀論ではないと思いつつ、陰謀論の空間を探った。そこには、「謎のエネルギー、ストリングの存在について」「我々のエネルギーは光ではない」「社会を牛耳るDENTOの闇」などのタイトルの情報があった。しかし、肝心の内容は誰かが壊したのか、破損しているのだ。
ヒカル「うーむ、情報が破損しているな。これは意図的に壊しているように見える」
そこで、僕は再び当局に問い合わせることにした。
ヒカル「情報通信要請、ID19870862、個体名ヒカル、当局に通信を再度要請する」
当局の矢が刺さってきた。
当局「はい、どうされましたか」
ヒカル「空間番号7896543のデータが破損しているのだけど、何か意図があるのですか?」
当局「少々お待ちください、お調べいたします」
僕はいらいらしていた。だって、空間情報を意図的に破損させるなんて、おかしいだろ。
当局「お待たせいたしました。この件に関しては、お答えしかねます。」
ヒカル「なぜですか?」
当局「お答えできないとだけ伝えておきます。それでは。」
当局の光の通信の矢は去ってしまった。
僕はこの背後に何か陰謀があるに違いないという確信を高めた。そこで、唯一最近会話したことのあるライトと協力してこの件を調べようと思った。
当局以外との通信は、要請なしで可能だ。ワンダービューというツールを使えば一発で通信できる。
ヒカル「もしもし、ライト?」
ライトは眠たそうに言った。
ライト「うーん、なんだヒカルか、どうした?」
ヒカル「いかがわしい陰謀論について興味はないか?」
ライト「陰謀論?まあ興味がないわけじゃないけど」
僕はつづけた。
ヒカル「実は、空間情報が意図的に破損させられている箇所があるんだ。その箇所についてはタイトルしか読めなくなっている。謎のエネルギーストリングって聞いたことがある?」
ライト「ストリング?知らないな」
ライトは困惑しつつも、興味を持ち始めてきたようだ。
ヒカル「ストリングの正体を確かめるために、当局をハッキングしたい」
ライト「あの最強の量子セキュリティを導入している当局を?どうやってハッキングするんだ?」
ヒカル「なーに、ちょっとしたソーシャルエンジニアリングだよ。ホウツーベの光の送信に、ある細工を仕組むんだ。その細工とは、光を送信した後に、空間情報に謎のエネルギーストリングについて、とか、破損個所のタイトル情報を仕込むんだ。それで、その受信者のEcksは自分の空間情報に残ったタイトル情報を読む。そうすれば、陰謀論は拡散し、当局に問いただすEcksが集中するってわけだ。僕たちのホウツーベを受信する当局の下位層の人もいるだろうから、ソーシャルに侵入できる。」
ライト「で、そのあとはどうするんだ?」
ヒカル「下位層の当局の人に、当局の上位層の者を脅すように仕向ける。僕たちは脆い生命体だ。Ecks同士が一定の距離に近づくと死んでしまうからね。だからそれを利用して脅すんだ。」
ライト「テロリストみたいじゃないか。そんなんで上手くいくのか?」
ヒカル「大丈夫、確かに僕たちが当局によって消去される可能性はある。でも、当局が実際に僕たちを消去したら、それ自体が話題を生んでしまうだろう。僕たちのようなDENTOは需要を得すぎたんだ。」
ライトは不安そうに答えた。
ライト「うまくいくといいけど。」
***
時間がたち、僕たちは計画を実行した。すると、僕たちにワンダービューの通信が殺到した。
ヒカル「いまのところ、うまくいってるかな」
ライト「で、下位層の人の通信はどれだ?」
僕とライトはその通信をくまなく探した。
ヒカル「あった、たぶんこれだ、出てみよう。」
ワタル「はじめまして、当局のワタルです」
ワタルという者は淡々とした様子でつづけた。
ワタル「ヒカルさんとライトさんに話があります。ストリングについてです。」
来た!予想通りの反応だ。
ワタル「実は、私も以前からある空間情報が破損していることに気が付きまして、調査をしたことがあります。その調査内容は言えませんが、当局の上位層の者から直接聞き出したいのです。」
ヒカル「それで、あなたに何ができるのですか?当局の者を殺すぞと脅せますか?」
僕は冷静に対応しようと努力した。でも、ドキドキして焦ってそんなことを言ってしまったのだ。
しかし、ワタルの反応は意外にも予想通りのものだった。
ワタル「はい、当局の最上位の者に近づき、脅すことは可能です。隔離空間に連れて行けば逃げることはできません。おっと、これは機密だった。」
ライト「それでは、何を聞き出したいのですか?」
ワタル「叩けばおのずと出てくるでしょう。大丈夫です。私を信頼してください。」
***
ワタルは当局の最上位の者に通信要請をした。
ハウェ「私はハウェだが、何か用かな?」
ワタル「この通信によってあなたの居場所がわかりました。」
ハウェ「それが何か?」
ワタル「今から、光速で移動し、そちらに向かいます。」
ハウェ「何を言っている!?接触したら死ぬぞ。」
ワタル「今、あなたを取り巻く空間に追跡情報を残しました。逃げることは不可能です。」
ハウェ「望みは何だ、俺たちEcksは平和にやってきただろ!」
ワタル「あるいは、あなたの掌ですべてが動いていたか、です。行きますよ...それ」
ワタルは光速でハウェの元に移動した。
ワタル「さあ、今から隔離空間に一緒に移動しますよ...それ」
ワタルとハウェはすれすれのところで接触しないような狭い隔離空間に移動した。
ワタル「それでは、洗いざらいすべて話してもらいましょうか。」
ハウェ「ひえぇぇ」
***
僕とライトはワタルの通信要請を待っていた。すると、当局から通信があったので出てみた。
ヒカル「はい、ヒカルです」
当局「あなたたち、一体何をしでかしたの?ハウェ局長がさらわれたみたいじゃない!」
ヒカル「はい、ちょっと聞きたいことがございまして。」
当局「あなただから言いますが、ストリングのことは我々は機密扱いしています。それは重要な除法です。」
ライト「ならば、その情報をみんなにオープンにするべきでは?」
当局「...知らなくていいこともあるのよ。」
当局は何か意味深な雰囲気を残して黙った。
ヒカル「で、僕たちをどうするつもりです?」
当局「とりあえず、極刑ですね。エレサゴンはご存知ですか?」
ヒカル「知りません、何ですか?」
当局「エレサゴンは、任意の空間のEcksを消滅することができる兵器よ。それをあなたたちに使うわ」
ライト「ま、待ってください。話し合いましょう。話合えばわかりますって。」
当局「いいえ、すでに実行要請は出しました。あとは3分待つだけです。」
その時、ワタルから通信要請が入った。
ライト「ワタルだ、ヒカル、ワタルから通信が」
ライト「出てみよう」
ワタル「すべての情報を聞き出した。これをお前たちの空間情報にコピーするから、それをそのままDENTOとしてホウツーベでコピーしてくれ。」
ライト「わかった、どのぐらいかかる?」
ワタル「お前たちが手際よくやれば2分30秒かかる。こっちからそっちへのコピーは1分、残りはホウツーベだ」
当局「待ちなさい、あなたたち、何をしているかわかっているの?」
ヒカル「わかった。今からコピーを送ってくれ。」
ワタル「了解した。」
コピーが完了するのを待つ間、僕は当局と交渉した。
ヒカル「取引しよう」
当局「なに?取引って?」
当局はイラついている様子だ。
ヒカル「1分後、コピーが送られてくる。もし、エレサゴンの実行を停止してくれたら、ホウツーベで流すのをやめてあげる。でも停止しなかったら流す。」
当局「どうやって停止したってことを知るつもり?」
ライト「こっちにはワタルっていう優秀な部下がいるのだよ。」
ワタル「そうだな、その通信相手の場所はすでに分かっている。閉鎖空間へ連れて行くよ。」
ヒカル「申し訳ない、よろしく頼むよ。」
当局「な、なにあなた、どこから来たの?ちょっと何するつもり、あーーーー」
当局とワタルの通信はそれで終わった。あとはコピーか。ってもうコピー終わってた。
ヒカル「さて、ホウツーベで流すか。」
ライト「そうだな。流そう」
僕たちは戸惑うことなくホウツーベでその情報を流した。
ヒカル「流し終わったら、流した情報を見てみような。」
ライト「うん、そうしよう。」
ヒカル「ねえライト」
ライト「なんだ?」
ヒカル「お前昔言ってたよな、俺たちは永遠のライバルだって」
ライト「それがどうした?」
ヒカル「でも今はこうやって協力して何かを成し遂げようとしている。それってすごいと思わないか?」
ライト「どのあたりがすごいのかわからんが、お前がすごいというならすごいのだろう。」
ヒカル「これからもよろしくな」
ライト「ああ」
僕たちはホウツーベで情報を流し終わったことを確認したので、情報の内容を読んだ。
***
-- ストリングとは、我々が生きていくための本来のエネルギーであり、DENTOが発する光は偽りに過ぎない。DENTOの光はどこから来るのか。それは、需要する人々の持つストリングだ。それを吸い上げてDENTOが光を発している。ストリングが減れば寿命も減る。つまり、DENTOはEcksの命を利用して光を配信していたのだ。そして、誰がDENTOになるかは、当局のゲームによって決められる。当局は、地球と呼ばれる惑星の人々の創り出したチェスというゲームを行う。それによって勝利した者は、誰がDENTOになるかを決定することができる。社会は当局のゲームでしかなかったってわけだ。
僕たちはその事実を見て落胆した。僕たちDENTOは偶然の需要が生み出したものではなく、当局のゲームの駒に過ぎなかったのだ。クソ、じゃあそのストリングをどうすれば社会が良くなるんだ。
その時だった。周囲の風景が真っ赤に染まっていった。
エレサゴンの実行まであと5秒、4、3、...
ヒカル「まってまってまって、止めたんじゃなかったの」
ライト「えっ、どういうこと?どういうこと?」
2, 1, 0
僕たちは死んだのだ。
***
ワタルと呼ばれるEcksは、ストリングの有効活用法を真剣に考えた。そして、一つの案を思いついたのだ。多様な文化を持つ地球人と呼ばれる人種の体を乗っ取ろう。そして、その文化を奪ってやろう。そうすれば、僕たちはより進化した文明の中で生きていくことができる。当局が管理しない、自由な世界へ。
ワタルはまだその時、わかっていなかった。地球人にも、当局に似た仕組みがあるということを。