01-003-01 俺君剣聖、三ヶ月。内なる敵に悩む
俺君の体は生後三ヶ月ほど。俺君の理性では制御が難しい。
何か話すにも、「ぎゃー!」としか言葉が出ない。ジタバタと手を足を動かすのがやっと。後半月もあれば首が据わると言う都市伝説は本当であろうか。
俺はそんな事を考える。しかし毎日修行三昧だった俺の事、直ぐに考えに飽きた。
瞑想こそ修行なり。世界の呼吸こそ、人体の秘めたる力の全てなのだ! しかしところがどっこい。
──目を瞑ると睡魔が直ぐにやってくるのだ。うおお、俺君剣聖、三ヶ月。ガンガレ! マジガンガレ!!
と、無理やる気を見せてみるものの。ふと喉元から込み上げる、一つの予感。
──うぇっぷ。
ゲップである。少し飲み過ぎたか。
俺は睡魔が現れる前に、自分の置かれている環境を調べようと、部屋の中を見渡す。旅宿だ。俺のために弟子たちが俺の事を心配してどこかの村にでも宿をとったのだろう。もしかすると買い取ったのかもしれないが。
南壁のに接した机には一冊、おそらく皮で装丁された赤い本がある。机より先に目に入ったのはそれだ。こちらに剥いている背表紙を読むに『だれでもできる魔術 初級編』とあった。弟子のアリムルゥネは魔法を使わないはずだ。だから、この本はルシアの持ち物だろう。
──ん? 今俺、普通字文字を読んだな。とりあえず共通語は読み書きできるようだ。語学は学ぶ必要なし、いや、精霊語を学んで精霊とキャッキャウフフしてみたい。でも、俺が遊んでいる間にみんなが年を取っちゃうのはやだな。と、なると先生は良く良く選ばないと。うん。一番早いのは、ルシアに聞くことだが……。
──ああ、ルシア。そういえば。変である。
俺の頭にふと閃く。なぜこんな本が? いまさらルシアが魔法のおさらいを? いやありえない。ありえるとするならば──ルシアの少し意地悪な笑みが浮かぶ──対象は俺だ。まだ小さい俺に、英才教育でも施そうというのだろうか。目の前のニンジン。いつまでもあの赤い悪魔のニンジンを取れず、機が昂ぶる俺。俺君ぶち切れてサイコキネシス発動! ……なーんて、狙ってるのかな。
俺は魔法は使えない。でも、今なら? 今、勉強を始めれば、すくすくと育ったあかつきには戦場の花、子供たちの憧れの先、俺は立派な魔法戦士に! ……なれるに違いない。
ただでさえ剣聖なのだ。だが俺は、もっと強くなりたい。この際、魔法や気を練ってみて学習するのも良いだろう。
俺は自分の慧眼に驚く。
──ピッカリーン! ピッカー! これだ! 今、俺は自分が天才では無いかと思った。いや、信じた。
単純な俺である、自分でも呆れる。だが俺のやる気も、いざやってみようとすると、動物的本能に塗りつぶされる。
うおお、まだ俺は自在に自分の体を制御できないのか!
「ぎゃー!」(腹減った、誰かいないのか!)
──く、くふふ、くはははは! そっか、今日はボッチか……。
いや、いえいえそんな事は無くて。
部屋の外から漂ってくるのは。、様々なスパイスと肉の焼ける香り。
きっと弟子二人は食事中なのだ。
俺の声が聞こえる範囲にはいないことはないのですね!
(おそらく)揺りかごに入れられている俺は、暇だった。とはいえ、暇を思えば睡魔が襲う。
そんな俺が、瞼を細めウトウトとしていると……。
音がする。誰か部屋に入ってきたらしい。
黒い肉感的な影──そう。あれは銀髪を背に流しているダークエルフのルシアだ。
──そんな彼女が俺のかごに寄ってきた。
彼女の左の赤い瞳と目が合う。目立つのは右目の眼帯。俺が彼女を見つめ、彼女の顔がニンマリと微笑む。
「あら。ライエン様。また起きられましたね。先ほはどの叫びはミルクですか、お締めですか?」
そのとき、俺の頭に理性が戻る。
「ぎゃー! ぎゃー! (腹が減ったじゃない! うんちや、しっこでもない! あの本寄越せ!)」
「あはは! ライエン様がなにを仰られている事なのか、なんとなくわかるぜ。──飯だろ? そう思って今日は離乳食を持って来たんだ。ジジイの頃のライエン様はニンジンが大嫌いだったので、今回はアリムルゥネに粥の料理を任せたんだ。ニンジンを融けるまで煮込んでる。大丈夫、ライエン様、わたし達に任せてくれ。きっとライエン様はニンジン大好きっ子に育つだろうよ! あはは! 期待して一日過ごせ! ──面倒はわたしたち二人が見るから!」
「ぎゃー! (ちーがーうー! 冗談じゃない!)」
ちょ、ルシアおま、お前はあの赤い悪魔の尻尾、苦く渋いニンジンなる物を俺に食わせようと言うのかッ!
やがて、今度はすらりとした細い体躯の白い肌、金髪碧眼の髪を後ろの高い場所で結わえているエルフ、アリムルゥネが湯気の立つ盆を持ってやってくる。
「ルシア、お師様の機嫌はどう?」
---
ここで一句。
ニンジンは 百薬の長 赤いのはなぜ? (ライエン)