08-005-03 俺君剣聖一歳八ヶ月、自然薬草園の変 その二
薄暗い……ああ、俺君が覚えているのはハエ取り草の記憶。
「お師様! お師様ー! ああ、わたしが背中から降ろしたばかりに……ぅうう!」
「ライエン様大丈夫か!?」
緑の檻の外から弟子たちの声が聞こえる。
そう。ここは緑の牢獄。俺はアリムルゥネと敵との間に挟まれてしまい、頭の大きさと、ジャングルの柔らかな土壌に脚を取られブラリ。そして見事に敵の触覚に触れてしまったようだった。
──今回の敵。それは緑濃い一体。
俺君が今いるのは『ジャンピングフライトラッパー』の葉の中。巨大ハエ取り草である。甘い香りを放つ葉の上に生き物が乗ると、葉を閉じてしまい、分泌する溶解液で溶かしてしまう怪物。一般的にはそう思われているが……。
「お師様が危ないですぅうううううううううう!!」
その硬さ、鋼鉄のごとき葉っぱへ万力のように挟まれた俺君は弟子、アリムルゥネの絶叫を聞く。
ああ、俺君の観音様! まるで不死鳥の召喚の命を捧げて祈るように! おお、アリムルゥネよ!
「アリムルゥネ! 葉に取り付き、光の剣で葉の天井に穴を開けろ! ライエン様救出は任せた!」
「上の葉に穴!?」
「そうだよ! お前の理解が早くて助かるぜアリムルゥネ!」
ルシアの指示がとぶ。
──だーーーー! 俺様葉の牢獄の中で窒息してしまいそう!
「弟子どもーーーー!」俺は葉を叩いた。ぬるりと滑って敵に傷一つ与えられない! おのれ、これが雑草魂か!?
俺君は上下を葉っぱに挟まれている。葉っぱの中は凄くいい香りがするし、それはあまりに気持ちの良い空間で俺君はうっかりすると寝てしまいそう。壁を叩いていた俺様の力、甘い香りで窒息しかかってみるみる俺君の力が弱っていく。
──タラーリ。
うん、何か液が葉っぱから出てきた。俺君知ってる! これって消化液だよね!
……って! 冗談じゃないんだよ! 酸だかアルカリだか知らないけれど、俺君はこれしきの謎消化液では溶かされないぞ!
ほら、俺の全身を包む剣聖マントは全くダメージを受けていない……あ。ピカーン! 俺君閃いた! この消化液って汚れを落すのにもってこいじゃないのか!?
──つまり。
ザ・植物風呂。
おおおおおおおおお、俺君剣聖一歳八ヶ月、世界の真理にまた一つ到達した!
俺君は自分の発見に感動すら覚えた。
俺君は温泉が好きだ。岩に寝転ぶ岩盤浴が好きだ。蒸気で溢れるサウナが好きだ。俺は野外に湯船のある露天風呂が好きだ。
そして今、
──俺君の目の前に新たな温泉の境地が広がる!
「お師様!」
「ライエン様!」
外野は煩く、葉を通して見える光は電光か爆炎か。それとも、弟子二人の破れかぶれのでたらめ攻撃か。
──急がねば。
俺は速攻でお包みの上から体全体を消化液に浸らせる。
──溶解液が浸透してきた。お、良い感じで気持ちよい。
うん、グッドだ!!
──これは俺君一人だけの発見にしておくのはもったいない。ぜひ、世界各地の人々。そう、他の温泉狂にも知らしめて回らねば!
と、プカプカ浸っていると、天井に異変が合った。光が穴を作り、その光は人が入れそうな大きさの四角形に動き、その四角形は俺君の目の前に落ちてくる。
──うぉわ!?
開く。天上から指す光。天井の切り掻きの端に白い手が掛かる。
誰かと思えば、それは俺君の大切な弟子の一人、光の剣を持った妖精騎士アリムルゥネだった。
「お師様! 大丈夫ですか!」
とのアリムルゥネの問いに。
「良い湯加減だ! アリムルゥネ、ルシア、一緒にこの植物温泉に入らないか? 魔法の掛かった装備品は融けないぞ! すんごい気持ち良い!」
「へ? すんごい気持ち良い!?」
「ルシアも呼べ。地上の天国がここにあるから」
◇
「俺君凄い! 温泉革命!」
「そうですね、凄いですお師様!」
「恐れ入ったぜライエン様! まさかこんな所に秘湯があるとはな! 凄い発見だ、うん。これだからやっぱりライエン様の弟子は辞められないぜ!」
「気持ち良いよな、二人とも! 俺君の温泉の見立てに間違いは無いよな!?」
「ああ、鑑定──」
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鑑定;弱アルカリ性、皮膚病に絶大な効果有り
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「おおー! 凄いぜライエン様。世界に役立つ事をしたな!」
「そうです。お師様は立派なお方です!」
「あはは! ありがとうアリムルゥにルシア! あはははは!!」
森の中に俺君たちの声が木霊する。
心も体もリフレッシュした俺達、三人と二匹は、溶解液を詰めた保護処理済の樽を持ち、ようようと街への帰り道についたのだった。
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ここで一句。
蝉時雨浴びつつ浴びる温泉よ (ライエン)




