08-004-01 俺君剣聖一歳七ヶ月、群狼のの名はこんなところにも
「ありがとう、マドラス。うん、パンの良い匂い。朝一番の窯で焼いてくれたのね。ありがとう」
と、給仕娘兼用心棒のマドラスにアリムルゥネは微笑む。朝御飯にしては少々大目なのは、昼の弁当を兼ねているからである。
「んま。塩」俺君は麦を柔らかく煮た粥をチロチロと舌で舐めて、冷めてきたら匙一杯に入れて、弟子二人の話を聞きながら朝食を楽しんでいた。
「アリムルゥネ。『薬草狩り』、ジャングルのどの辺りを目指すんだ?」
「ここレンクールの街から半日ほど離れたもっとも近場。街の真東の地区。滅多なことでは地元の人でも近づかないというから、それなりに危険な場所みたい」
「誰の情報だ?」
「酒場のみんなだよ? ねぇみんな!」
アリムルゥネの声が太くなる。みなが揃ってジョッキを持った。
すると、客の一人である甲冑の男がジョッキを手に立ち上がり「アリムルゥネ嬢とその仲間達の健闘を祈って! ──乾杯!」
と、朝から何杯目なのかわからない乾杯を他の酔客と打ち鳴らす。
「そうだぜ『群狼の』アリムルゥネ。まさかあんたが伝説の妖精騎士だとはな」甲冑の男は鼻の下を擦りながら赤ら顔で微笑む。
「アリムルゥネは俺君の弟子だ!」
「ああ、お前は昨日も『群狼の』が自分の弟子などと言っていたな。剣聖ライエン? ありえないぞ、生きていたとしてももう九十歳近くの爺様だぞ。英雄願望もいい加減にしろよガキ。おおかた、大天位の剣聖様に憧れた両親が『ライエン』と言う英雄の名前をつけたに違いないんだ。でもな、良かったな、そんな他人に誇れるカッコいい名前で。両親はお前を捨てたんじゃない。エルフどもに押し付けたのでもない。お前にどんな事があっても、親は愛情を持ってライエン様の噂や冒険譚を聞くたびに、どこかの空の下でお前の事を思い出し、励まされ、そしてお前を祖だれる事がで着ない事を『済まない』と言って毎日を生きてあるに違いないんだ。だからライエン。強くなれ。強くなって『ライエン』の名を再び天下に示すんだ! そしてお前の両親が名前を取った大ライエン様に対し、小ライエンと呼ばれても恥ずかしくないように、自分を磨け。鍛えろ。一歳七ヶ月だって? 若いんだ。そんなお前に限界など無い。──おっと、つい話が長くなった。じゃ、行って来い! 美人のエルフさん二人に連れられて鍛えてもらえ。な? ライエン様に憧れる魔法使い」
「俺様剣聖!」
「──先ほど言ったばかりじゃねぇか! お前、剣が使えないんだろ!? 剣聖様は剣の腕を持って『剣聖』様なんだよ!」
「むー」俺は桃のような自分のほっぺたを膨らませ、不満の声を上げた。すると、その甲冑の男は俺の頭を掴み、ワシャワシャとしわくちゃにする。俺君、やっと逆モヒカンとは呼べぬほど髪の赤毛が伸びてきていたのに!
──ぐぬおおお! みんなが俺君をバカにする。この現状を覆すには、俺君が剣を振るってみるしかない!
「いくぞ、わが秘剣! か・ぐ・つ・ちー!」
「神剣カグツチだと!? この世で剣聖ライエン様だけが使えるという伝説の秘剣!」
甲冑の男が二三歩下がる。視線は俺に向けられたままだ。
俺はかの炎の剣に祈る。さぁこい、ロシナンに預けた俺君の剣!
そして瞬間、
──ズドン! 「ぐぅえっぷ!?」
俺君は呼び出したカグツチと、床に挟まれぶっ倒れた。うおお、腹にメチャクチャ重しが! がががのが!!
「おい坊主、大丈夫か!」甲冑の男が慌て、俺の可愛い体を押しつぶしているカグツチ? を俺から引き剥がそうと、両手で握って持ち上げようとする。
「うぉおおおおおおお! 重てぇ、何だこの剣は! こんな剣、人間の使えるものじゃない! まさかこの剣が本物のカグツチなのか!?
「お師様、バカですか?」とフラットなアリムルゥネ。
酷! 俺君はめげた。
「ああライエン様、また密かに編み出した荒行か? その割には顔色が悪そうなんだが」と、カラカラとルシアの笑み。
んなわけ無いだろ! 俺君は心をグサリと言葉の剣で貫かれた。
「だけどまあ、お師様にはまだ早いです。この剣は預かっておきますね」アリムルゥネの手でカグツチが持ち上げられ、俺の手から取り上げられる。
と、甲冑の男が目を見張る。それはそうだろう。曲がりにも騎士として鍛え上げた体だ。たとえエルフがその姿に似合わず猛烈な戦士だとしても、その細腕で何ができる、と常々思っていたから。
剣がアリムルゥネの手により取り上げられた途端、俺の気道に再び通る空気。
ふぅ、俺君ひとまず安心。ちょっと今のはあんまりだ。命の危機を感じたぜ。
「『群狼の』……」片手でカグツチを持ち上げたアリムルゥネに甲冑の男は驚き目を剥いた。
「あはは! いいかライエン様! 私たちの旅は一休みだぜ。この街レンクールにひとまず落ち着くから、魔法でもなんでも今日から少しづつ本格的に覚えていこうな! ただ剣技や体術はまだ無理だ。すまねえ」
「うん、わたしもルシアに賛成。お師様には気の感じ方、練り方から教えていくよ! ね、お師様? わたしからも剣術や体術は無理かな。ただ、呼吸法を合わせた柔軟体操は出来そうかな」
ルシアに続き、アリムルゥネが合わせて優しい言葉を口にする。
俺様、うれし涙。
──ああ、俺君は見放されて無い……。
感動した。
──だから。
「ありがっ、とぉう! ぐすっ、アリムルゥネ。ルシアぁ!」
感極まった俺。俺君、もしかして泣いてる!?
「大丈夫ですよ、お師様。このアリムルゥネは何があってもお師様の傍を離れません」
「おっとずるいぜアリムルゥネ。お師様の傍にお仕えする栄誉はこのルシアのものだからな!」
「えー、ルシア?」
「なんだよ、アリムルゥネ?」
「二人とも俺君の弟子!」
「そうですとも! ね、ルシア!」
「もちろんだぜ、アリムルゥネ。全く、ライエン様は私たちがちょっと試してみると、直ぐにこれだから……ライエン様は心の修行が必要なのかもな!」
「そうだね、ルシア」
「あはは! 全くだ!」
「じゃあ親父! マドレス! 行って来るよ」
「ああ、行って来い」「いってらー」
と厨房の奥から声が掛かる。そしてルシアはその甲冑の男に、
「あんたも時々ライエン様の話し相手になってくれると助かる」
と、男の喉元に人差し指で野の字を書いて見せながら、微笑んで見せた。
全てを見ていた甲冑の男。ルシアに「お。おう!」と自分の胸を叩いて見せ、そう呟いた。
そしてその甲冑の男は三人がウェスタンドアから店を出て行く背中を見送る。
「まさか、あの赤毛のガキが本当の本当に爆炎の剣聖なのか? あの子供が!?」
いくら考えても出てこない答え。迷いの目。ドアを見つめ、たたずむ男の問いに答える者はもういない。
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ここで一句。
南風心のドアは両開き (ライエン)




