01-002-02 俺君剣聖、三ヶ月。寝物語はなんだろう
あー、前も後ろもスッキリ! やっぱり大事なのは汗疹予防、烏瓜の粉、天花粉だよね! うん、俺君すべすべさらさら気持ちが良い。瞼も閉じてウトウトだよ。
──アリムルゥネがお包みの上からゆっくりとしたリズムで手をポンポン、実に気持ちよく、俺の睡眠を手助けするように胸の辺りを叩いてくれた。うーん、気持ちい……。そして暫く。
──寝物語が始まる。
『昔々、親父さんと女将さんが居ました。二人はカブを畑に植え、収穫を楽しみにしておりました。でも、全てのカブが大人人荒れるわけではありません。親父さんと女将さんは、中途半端に生えたカブを、育っている途中で引き抜き、空いている畑の端に植え替えました。
そのうち、太陽を燦燦と受けて、大きく立派な葉っぱが広がります。
親父さんと、女将さんは、カブの植わっている畝を見て、
──「収穫ばい、こら太か」
──「ほんなコツ! イチョウ葉に包丁を入れて、薄切りして酢漬けにすると美味かばい!」
──「ほんなコツか」
──「あんた何ば良いよるね。あんたの好物たい!」
──「そうじゃった。からからから!」
親父さんはカブを引っ張ります。でも、抜けません。お婆さんがカブを引っ張ります。でも、抜けません。
──「成長しすぎたの」
──「そうたい。襲ってくる前に抜いてしまわな、カブを食う前にカブにくわれてしまうど!」
と、親父さんは納屋に走ります。納屋の中で見つけたのは、昔の装備、暗黒騎士専用装備の対野災用決戦兵器である大鎌だったのです。
──「お前、下がってろ!」「おやおや。腰に気-つけないかんばい?」「わかっちょる」
親父さんは鎌を振るいます。厨二のころ、暗黒騎士を目指して挫折。でも、昔取った杵柄。鎌の扱いはなかなかのものです。
さく、さく、さく、と始めのうちは次々とカブの首をクリティカルで跳ねていましたが、次第に疲れてきました。
しかし、まだまだカブは植わっています。親父さんは疲れてきました。スタミナ切れです。そしてついに、腰から地面に倒れこみ、座り込んでしまいました。女将さんは親父さんに走り寄ります。
──「あんた!」
──「おまえ!」
恐怖に震え、これからの惨劇を思うと二人は抱き合いました。
──そしてついに!
今、立ち上がる栽培種カブ。その大きな影が、息を切らし腰を下ろしていた親父さんと女将さんを覆いつくします。
茂る、巨大で世界の全てを覆いつくさんと揺れ続ける葉!
──親父さんと女将さん、人生最大のピンチ! そこでこの私、妖精騎士アリムルゥネが駆けつけたのです!
私は人ではなく魔を切る剣たる小鉄を抜き放ち、巨大なカブと二人の間に割って入りました。そして名乗りを上げます。
「さあ来い、美味そうなカブ! この妖精騎士アリムルゥネが成敗してくれる!」
──……。
「あ、お師様寝た。しくしく。コレからが私の武勇伝の本番だったのに。むー。私も寝る。じゃあね、お師様!」
胸に優しく掌を落とすトントンが止む。
アリムルゥネは俺の頬を二回ツンツンプニプニした後で、スースーと寝息を立て始めたのである。
──話の続きが気になって眠れないだろ。いくらカブ、いや、スーパーカブが災害級の怪物だとしても。
なぜそんな物を栽培するのか、だって? それは当然……美味くて滋養強壮にと、体に良い野菜であるからだ。
──……。
◇
扉が開く。
部屋に飛び込む客がいる。それは、見知った気配と息遣いだった。ルシアかな?
俺君剣聖、お前達は弟子。
俺にだって弟子の気配くらい、簡単にわかるのだ! えっへん。
──そう。俺は眠ったフリをする。
「いけない、あんなに熟睡してただなんて! 恐るべきは携帯頚椎安定枕の巻物。安かったから買ったけど、そうでなかったら買うんじゃなった。臥薪嘗胆には臥薪というけれど、わたしも薪の束の上で眠るんだった。こんな場所で使う者じゃないわね、あの枕。もう夢心地、ヘヴン状態だったしな……しっかし、この私とあろう者が……手落ち。すっかり寝入ってた」
ルシアは刃を黒く塗った刃物片手に部屋の中を慎重に見回しているようだ。
「って、なんだよ。なんの騒ぎだ? ライエン様、アリムルゥネ! ……無事?」
刃を黒く塗った短剣を手に、ずいぶんと遅れて俺の寝室に現れたルシア。
彼女の顔は厳しい。だが、危険がない事を知り、無事な俺の顔と、胸の上下を認めると、ルシアの顔が血の気の無い顔から笑顔に変わる。ほっ、と一息。
「良かった。アリムルゥネも寝てるし……間に合った、というよりアリムルゥネがよろしくやってくれたみたいだ。──感謝するぜ、アリムルゥネ。しかし、──ふぁぅあ、私も今のうちに睡眠をとっておくか」
と、ルシアも人差し指で俺のホッペを二回ツンツンすると、にこりと笑って、
「おやすみ、ライエン様。遅参の件はかんべんな。今日のお叱りは新たなる成功で埋め合わせするからよ」
「すー(ムニャムニャ)」
ライエンが二人のベットから離れる。
「ん? 起きてるな? でも、感謝するぜ。弟子の失敗を見過ごしてくださる懐深き私のライエン様」
と小声でこぼし安心したのか、この部屋から微笑さえ浮かべて出て行ったのである。
狸寝入り、ばれてたか。ルシアは気配の読み方が上達したな? アリムルゥネはイマイチか。
ルシアは明日にでも褒めてやろう。アリムルゥネは逆に叱ってあげないと。
──とはいえ。
……そう。今の俺は言葉が話せないんだった。残念。
◇
「──ぎゃー!」と。
「もう! なんですかお師様……って、ああ、濡れてる。匂いがする……まーたお締めですか。ちょーっと待って下さい!」
──お、アリムルゥネ君、正解。
アリムルゥネがポットからのお湯でガーゼを何枚か濡らす。人肌より熱かったのか、彼女はガーゼをブンブンと回し、冷まし始める。
俺のお締めが取られた。
──うん、出てますね。
アリムルゥネは俺の両足を掴み、前とお尻を拭き拭きし始める。次に天花粉。俺様のお尻にすべすべ肌触りが戻ってきた。
ああ、ここは天国か! 実に気持ちいい……。と、俺はまたもウトウト……。
──と、至玉の時間が過ぎた。
「はい、お締めを新しくして! はいお師様、出来上がり!」
アリムルゥネが俺のお腹をポンと叩く。
「じゃ、お師様。今夜はまだもうちょっとお眠しましょう! そうしましょう。──では、おやすみなさい」
そして俺の魂そのものと言っても良い宝物であった剣聖のマントの残骸が、今回も活躍したのである。
顔の横に弟子の寝顔がある。
俺が要らぬ力を抜くと、俺も自然と寝息を立て始めたのである。
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ここで一句。
春告げる、野菜片手に 鍋さらば (ライエン)
もっとも俺は鍋なんてまだ食えないけどな! ミルク最高! というかミルクアレルギーが出なくてよかったよ!