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07-006-01 俺君剣聖、俺君一才六ヶ月、雨中。守護者と出会う

 雨である。おりから降り出した雨の中、俺君達はジャングルを進む。

 パチパチパッチン、パチパチパッチン! 俺君口内に感じるパチパチパッチン。が俺君達を歓迎してくれている中、正直に雨粒を食らって全身ずぶ濡れのびしょびしょになるよりずっとマシだと、アリムルゥネの背におんぶされた俺は思う。


 ──って! うん、俺君感じるパチパチパッチン!


「アリムルゥネ!」俺君は叫んだ。


 何か来る!

 俺君が呼ぶが早いか、彼女が先か!

 アリムルゥネが腰の小鉄を抜き放つ!

  そして右足に全筋力の移動を見る。彼女は右に跳ねつつ、背におう俺君の首をカックンカクンさせながら、打ち落とす棒手裏剣二つ、かわす手裏剣一つ。


「──わかってます。敵ですね? 心配ご無用! ──お師様こそ頭を下げていてください!」

「任しぇた!」とは言ったものの、俺君張り巡らす警戒神経三百六十度全警戒。俺が自身に投げかける気合は決して弟子達に戦闘の全権を渡すものではないのだ!


 それを証拠に、俺はふとジロリと空中に目をやる。


「敵が透明で見えないって何、この化け物! いや、雨が敵の表面ではじかれているから……良し!」

「ライエン様、右目が疼くぜ。敵は見え難いが──私にはこの右目の邪気眼があるんだなぁあ! あはは!」


 ルシアの顔が壮絶な笑みを見せる。


「ルシア?」

「そう簡単には敵の姿は見えないぜ! 雨粒を見ろ! アリムルゥネ! 敵の肌が雨粒を弾いてる!」

「おお、俺君も見えた! ルシアの言うとおりだ。隠れ蓑だぞ!」俺もアリムルゥネの背で叫ぶ。

 俺はぐるりと首を回すとルシアを視界に入れた。彼女の右目の眼帯が外され、銀の魔眼を煌かせるルシアを見る。


「お師様、回避!」アリムルゥネは腰を下げ「うん!」と応じる頭の上を銀色の閃光が突き抜け。

「くうぅ、痛い!」敵の剣はアリムルゥネを捕え、彼女が歯を食いしばる。


 ──そして、敵の剣筋がかわった。


「敵二の太刀!」


 木の幹に当たったものは気弾により大穴を穿(うが)たれ、下栄えを薙いだ風は一直線に上部を刈り取っていた。


「お師様、コイツ、強いです。小鉄を持ったわたしと同等ぐらい!」

 小鉄並の剛剣だと!?


「そして、姿が森に融けてよく見えない」

「ライエン様は見切ったよな!?」

「間違いなく隠れ蓑だ!」

「おおかたそんなところだろうと思ったぜッ! でも今まで良く頑張った! 枯れ葉を巻き上げるので姿を掴め! 勝負は一瞬だぞ!?」とルシア。

「ありがとうルシア!」アリムルゥネは小鉄の柄をしっかりと握る。

「これぞ邪気眼の力! ──風よ!」ルシアの単語詠唱。


 (ごう)! と宙を舞う多量の枯れ葉と腐葉土。


「見て!」ルシアが叫び、「貰った!」アリムルゥネの小鉄が張り付いた枯葉のおかげで人型の体を現していた生き物の胴? を見事に薙ぐ。

赤い液が舞い、生き物はどう、と地面へ落ちるものの樹の枝に鞭のような道具の先を射出し、木の上に飛ぶ。敵は大木の幹に止まった

 ──敵の気配がなおも膨れ上がる 俺君危険を感知!


「お師様樹上!」


 ──そのとおりだアリムルゥネ! 俺君、すかさず上を見て確認だ。

 俺の体を魔力の赤き筋が何条も巡っては両の掌、左右の拳に全力を集めて俺は!


「魔力撃!」


 うん、放つが早いか俺の頭を狙ってた手裏剣三本、全て魔力の拳で打ち落とす。ゴリゴリと削られる俺君の魔力。やはり俺の体にはまだ早く辛いのか! うおお俺君、急激な眠気が!? まさか魔力が尽きると毎回こうなるの!?

 でもまだ敵の気配に動きあり。アリムルゥネが見逃すはず無く、小鉄で二刀目、袈裟懸けに!


 ──ぱっと咲く赤い花。敵の見えざる刃はアリムルゥネの金髪を少し薙ぎ、その下から彼女の小鉄は左脇を突く。

 が、俺様違和感。今の弟子の一撃……浅くないか!?

 赤は舞った。だが僅かだ。考えられるのは敵の防具。

 必殺の一撃となるはずのアリムルゥネの突きは、寸前のところで急所を逃したらしい。

 それどころか、アリムルゥネの顔が歪む。見れば、彼女の脇腹に深い切り傷が!


「くぉお!! ぐっ!」紅い糸を口の端から零しつつもアリムルゥネは諦めない。なおも押す。

 しかし敵もやる。未だ滴り落ちる赤い雫は先程よりも遠くにある。


 ──敵はアリムルゥネから離れたのだ。


 敵は俺君らの攻撃のやんだ一瞬を見計らい、森の中へと逃げ去る。

 その距離は、今からアリムルゥネが追撃しても、捕らえられるかどうか怪しい。

 

 脇腹を押さえて彼女の報告。


「お師様、相手が逃げます! っつ!」


「追うなアリムルゥネ! 相手は恐らく森神だ」

「お師様が正しい。これ以上はまた怪我するぜ、アリムルゥネ。その傷、深いだろ!?」

「でも!」

「ヤツを追い詰めても良い事ない。使えそうなお宝の隠れ蓑はお前が切り飛ばしたから、怪我の危険を冒してまで欲しい品物でもなくなったからな」

「ごめんなさい」

「いや、今回は仕方なかった。一対一ならいざ知らず、こちらはライエン様とロシナンにスラぶー。一人と二匹の足手まといがある。こちらの怪我が無くてよかった」と、ルシアが右目に眼帯を掛けなおす。

「そのとおり! アリムルゥネ、傷は無事か? るしあ、早く手当を。うん、よくやった。二人とも」


 俺君は記憶の欠片を思い出す。

 森の守護者、森神。もうずっと昔から森に住み、森の旅する人々の中で、不幸にも出会った旅人を襲うという。

 実物には始めてであった。俺君の全身が震える。

 俺の体がベストであれば──せめて剣が握れるようになっていれば、ぜひ手合わせをしたかった。

 だが、予想以上に強い相手だということも思い知った。


「ぅわわあ! 一対一で俺が戦いたかった!」


 俺は泣く。強敵に出会えたというのに正攻法で立ち会うことが出来なくて。

 ルシアから傷の手当を受けていたアリムルゥネ。

 その二人の弟子が俺君の叫びを耳にし、俺を振り向いて俺君の顔を覗きこむ。


「お師様?」

「ライエン様?」

「俺は強い! だけど、もっと強くなりたい! そうなれば、あんな敵に後れを取らないのに!」

 二人はうなづく。


「はい、お師様はお強いです。一発の魔力撃で敵の手裏剣を、全て見事に打ち落とされました。それに撤退を決めたタイミング……わたしなら良く考えもせず、敵の思うとおり、森の奥、敵の有利な場所に誘導されていたかもしれません。その深謀念慮、到底未熟なわたしには思いつきませんし、できません」


 アリムルゥネは恥じているようだ。

 なにも、そんなに恥じ入ることは無いのに。


「そうだぜライエン様。わたしはライエン様が向こう見ずなバーサーカーじゃない事を知って安心しているよ。あはは!」


 蛙の声が聞こえた。次の瞬間、森全体の虫や鳥、動物達の歌が蘇る。

 ルシアは笑う。アリムルゥネが続いた。そして俺は──なぜかスラぶーのミルクが入った哺乳瓶を口元に突っ込まれるのだった。


---


 ここで一句。


 アマガエル鳴き声を聞き耳寄せる (ライエン)

 

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