07-003-01 俺君剣聖、俺君一才六ヶ月、森人ら
俺を背負うアリムルゥネの歩みが一瞬止まる。
──ヒュン! ……タ!
風を切って跳んで来た何か。それが近くの木の幹に突き刺さる。
瞬間、アリムルゥネが大声を張り上げた!
「こちらにおわすお方は大天位、爆炎の剣聖ライエン様なるぞ! それを知っての凶行か!」
「すわ、何事!?」とは、アリムルゥネの急停止で首がカックンカックンしている俺君。
ルシアが右目の眼帯をずらして三言。
「右三、左四、得物は吹き矢と石斧と槍」
「わたしたちは旅の商人だ。戦いは望んでいない!」ルシアの報告を受け、アリムルゥネが前方集団に声を掛ける。
浅黒い肌、顔には極彩色の化粧、何か動物の皮か昆虫の殻で作ったと思われる長袖長ズボンの着物。粗末なしかししっかりとした造りの石斧と槍。
俺君はこの辺りに彼らの集落があると見た。
アリムルゥネが「薬草に薬、それに宝石はご入用ではありませんか?」
まなじりが下がり、掛け声も優しさを含み穏やかだ。
彼らが何事かと言っている。
ルシアの肌が黒い色だが、それをさして責める調子も無い。
黒い色のエルフ、ルシアのことは特に木にされていないらしいのが幸運である。
彼らが人数差で勝てる、などと思わぬように、アリムルゥネが宝石の袋を開けて、彼らに見せた。
宝石を前に、彼らの眼の色が変わる。
そして、様々な宝石を見るその一点で、彼らの目が止まる。
──黒真珠と、黒ダイア《ブラックダイアモンド》》
「何と交換が良いかな、ルシア」
「そうだな……あまり高いものは持っていないだろうし……ライエン様?」
「西への地図だッ!」
「地図?」
「地図ねえ……確かに欲しいかも」
俺達三人は顔を見合わせる。
この先、古い街道の遺跡を辿るのも、怪しい道となっていたところだ。俺君達は結局、地図を描いてもらうこととした。
◇
「だー! 止まれ火事だ!」
「はあ?」とアリムルゥネ。
「え?」とルシア。
俺を背負ったアリムルゥネが一時遅れて。
「煙の匂いが」
「焦げ臭いわね」
「ライエン様、アリムルゥネ──異変だ。この先……ほら、この前の取引の地図でちょうど集落のあった場所とあまり離れてない箇所」
「もしかしてもしかすると集落そのものが燃えているとか。かまどの煙にしては、煙がちょっと派手過ぎる」
「行くぞ! 人助けだ!」
「さすがお師様、そう来なくては!」
「そうだな、良いことしようぜ!」
アリムルゥネが俺君を背負いなおす。そして、焦げ臭い匂いの方向へ音も無しに駆け出した。
ルシアがその後を追う。ルシアも負けず、足音など立てない。白と黒、直ぐに緑と黒に紛れたのである。
◇
緑層が薄くなった。密林の草栄えが誰かに刈られており、切り株や枝を落とされた樹木のあるようで、あちらかに人の気配がある。
羊皮紙に描いてもらった地図によると、この先は先に出会った彼らの村のようだ。
俺君は干し果実を口の中に放りこまれて甘さを楽しんでいる。
……と言うより干物が硬くて、よく噛み切れないのだ。
──しかし美味い……。
弟子、アリムルゥネの背で道なき道を楽々道中していた俺。
そんな俺様の首がカクンと後ろに引っ張られる。
アリムルゥネと背後、ルシアの気配が変わったのだ・
そして俺の耳と鼻に伝わる声と植物の焼ける匂い。
「火を消せー!」
「まだ家の中に子供が!」
「呪い師様は! 水を乞うたか!?」
「ダメだ、凄い火だ!」
「──村長、周りを囲まれて──!」
「ルーバ、私の手を離して! あの子がまだ炎の中にいるのよ!」
俺君はアリムルゥネの背中でそんな声を聞いた。安定しないアリムルゥネの背中で俺君は魔力を練る。水、水だ。あまり使ったことの無い属性……。
俺は一番高い火柱に向けて、練った魔力を放つ!
「水よ! スプラッシュ!!」
──ちょろちょろ……ジュ。少しだけ、炭化していた箇所が濡れた。……(涙。
「おいライエン様、遊んでるんじゃないぞ。魔力はこう使うんだ! ──レイン!」
ルシアの全身を何条もの赤い魔力が巡る。そして右手のアゾット剣に集った魔力は集落全体へ、そう、物凄い範囲と勢いで長々と豪雨を降らせる。
「ルシアー!」「あ、ライエン様」
俺は俺に近寄ってきたルシアの頭に手をのばし、つたない動きでよしよしと撫でた。
「……えへへ」
「御手柄ね、ルシア」
アリムルゥネはルシアを賞賛する。火の勢いが止み、次第に赤の火が落ち着き、炭化した木や木材を残して消えたからである。
逃げていた村人が戻ってくる。十軒のうち四件が燃えた。それに。なんと例の燃え盛る家に取り残されていた子供は生き延びていた。今はその子は母の腕の中にある。他にも、火傷などの怪我をした者はいたが、死者は出ていなかった。
村人達は今の雨を降らせたのが俺達一行だと知ると、村人は感謝の気持ちをその晩の料理で振舞ってくれた。
焚き火が燃える。少々火のつきが悪かったのだが、ルシアが魔法で薪を乾燥させる。
──便利なことだ。
焚き火が赤々と燃える。中央で豚が丸焼きにされる。腹の中には香草をたっぷりと詰めて。
獣脂が滴る。焚き火がはねて、火の粉が飛ぶ。
うまい具合に豚が焼けた。
──今宵はパーティーである。
俺君は──ルシアが豚肉の赤身をペースト状にして、少しづつ頂いた。
どぶろくにアリムルゥネが酔い、『剣聖ライエン』について村人に話を──凄く大げさにした──聞かせていたようである。
──俺君は最後まで不思議な目で村人から見られた。
ともあれ、俺君は焚き火が小さくなり、チロチロと滑らかに照らす中、いつの間にかアリムルゥネの背で眠っていたのである。
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ここで一句。
夏の夜豚で伝わるありがたさ (ライエン)




