01-002-01 俺君剣聖、三ヶ月。今日もベッドの上で気づきあり
瞼が……開いて……!
俺君、三ヶ月。起きた。
どこだここは。お包みの中はぽかぽかだけど、首筋が少しひんやりするぞ?
右、左、右、上。と、首が動かないので目をギョロリと回す。
薄暗い天井。ああ、ここはベッドの上か。やがて見つける気配が一つ。
それは俺の隣で寝ている暖かい存在。
その名も群狼のアリムルゥネ。俺の弟子だ。そんなこいつが、奇妙な呼吸をしていた。
スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー、スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー」
わかるのは、腹式呼吸であるという事だけだ。苦しいだろうに。もしや、苦行か?
日頃ほわわんとしているアリムルゥネだが、こんな夜更けしかも睡眠中に一人で修行とは。
ああ、アリムルゥネも俺君に『勝手に技を盗め!』と言う事かもしれない。
恐らく、『気』だ。気の使いからを教えてくれているのだろう。
──俺も真似する。だがしかし!
「ぐぼっ、げーほげほげほ!」
うまくいかない。むむむ、ここはアリムルゥネと真剣勝負!
だけど、中々呼吸が拾えない。ただ、 吸って吐いての呼吸をするだけなのに!
──むー。俺は弟子の寝顔を見る事ができず、めちゃめちゃたまるばかりの俺のフラストレーション。
ぐぬぬ、おのれアリムルゥネ、仮にも俺がこうして起きてしまったというのに、横着である。
──だから俺は。
「ぎゃー!」
と大声を上げた。
すると。それは突然の事だった。掛け布団が部屋の入り口のいずこかに向けて投げられた。
そして畳み掛けるように、弟子の大声である。
「おのれ何処の賊か! ここを爆炎の剣聖、ライエン様の寝所と知っての事ではあるまいな!」
と、目をカッと開いては、寝台の上から跳ね起きる姿がある。
短衣姿の白い肌。アリムルゥネがそこにいる。
──冷える、冷えるよアリムルゥネ。お布団、お布団!
「私は剣聖様の弟子『群狼の』アリムルゥネ! 族よ、逃げるのなら今のうちだぞ!」
その手にはベッドの傍らに置いてあったライトソード。その魔法剣に圧倒的な光が宿る。
部屋の中が赤々と照らされた。見れば、どこか俺の知らぬ、そこそこの建屋っぽい。斜め見れば、掛け布団は部屋の入り口に投げられていた。
掛け布団を投げて敵の意表をつき、うまくいけば手足に絡ませ行動の自由を奪う事ができる。闘技場の剣闘士奴隷が使う、網の応用である。
──兵法天下一。えっへん、布団飛ばしは俺君も得意な技の一つだ。アリムルゥネが会得していて当然なのだ! 俺様師匠、俺偉い!!
しかし、待てど暮らせど弟子の手により投げられた布団はピクリとも動かない。ドアにも開いた形跡は無い。窓も同じだ。
そう、異常な気配や人影など、全く見当たらないのである。
「……賊……じゃないんだ。はあ、びっくりした。良かった。──扉吹き飛ばさなくて」
──ん? いま物騒な事を口にしませんでしたかね、アリムルゥネさん。
アリムルゥネは布団を拾い、俺に布団を被せる。そして毛布を肩口まで上げてくれた。そこには、警戒戦闘モードであったアリムルゥネが安心待機モードに入った事を知る。彼女は俺と彼女自身がもう一度眠れるように、俺の胸をポンポンと布団の上から叩いてリズムを取りつつ寝物語を呟き続けるのであった。
──それは、こんな話である。
『♪坊や~、良い子だ金出しな。でなきゃ頚椎ポキリと逝くぞ♪』
──怖ええよ。
俺はガチで固まった。そして、その声の冷たさに、ちょっぴり漏らした。
ああ、なんという事。アリムルゥネの98%は善意と優しさでできていたはずなのに!
俺はどうなる!? 手も足も出ない、そうだ、空を飛べと!
俺はルシアがやるように、魔力を集めて練ってみた。アリムルゥネは気づかない。
よし! いまだ!
──「ぎゃー!(見やがれ俺様の大魔道! ふりゃい!)」
………………。
…………。
……。
──うう、何もおきない(涙;; ──失敗だバカヤロウ! あ、気が緩む。ダメダメ、俺様気を緩めちゃダメ……ぁあ……。
う、あ。……漏れた。漏れましたよアリムルゥネさん、ごめんなさい!
「あ、お師様お締めですね?」
と、ケロッとした声が! と、同時に俺の最後の警戒心が脆くも解けた。俺この日、自分自身に正直に成る事を学んだ。
「うべべ……(漏らしました……)」
「はーい、お締め換えますよ~」と、見えるは切り裂かれた剣聖マント(注:今はお締めです)。
「ぎゃー!(畜生、アリムルゥネ覚えてろ!? 大きくなったらギャフンと言わせてやるからな!)」
……と、俺はなすがまま、なされるままに、今日も弟子のおもちゃとなったのである。
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ここで一句。
春模様、お締めも魔力も あと少し (ライエン)