01-001-05 俺君剣聖、齢八十八にて開眼す
「これ?」
ルシアの視線が白マントに落ちる。ルシアは迷いもせずに、白マントへ手を伸ばした。
「ぎゃー! (止めろルシア、いい加減にしろアリムルゥネ! 泣くぞ、って泣いてるんですねわかります(涙!?」
もちろん二人の弟子は、俺の意向などガン無視である。話が通じていないとも言う。
「そう? ね、ライエン様! ほら、アリムルゥネ、ライエン様の体をお拭きして」
「はーい。ではお風呂上りますよ~お締めもとりあえず、この綺麗な布に取り替えましょうね~」
ルシアが温風除菌ふんわり効果の魔法を使う。すると次第にマントが乾き、俺とアリムルゥネの肌もしっとり感はそのままに、緩やかに優しく乾いてゆく。ルシアの魔法は便利だな。俺の知らない魔法が山ほどだ。
ルシア、アリムルゥネ。双方、目の中に桃色のハートがある。鎧は衣服ともども剥ぎ取られた。そして再び立派なマント……もとい、お包みに体を包まれる。俺はこの不埒な二人の弟子どもに、とりあえず抗議の声を上げておく。
「ぎゃー! (俺の装備があんな乱雑に扱われて……しくしく。まして剣聖のマントが俺のお締め代わりになるよう引き裂かれ……! 高いんだぞ、貴重品中の貴重品だぞ、ああ、俺の伝説級の品々が!)」
──ああ、人の言葉が話せない……(涙)。
「ぎゃー! (俺君剣聖!)」
「おかしいわね。こんなに丁寧に接しているのに、泣き止まないなんて、さすがお師様、わがまま!」
森、いや、どちらかと言うとその生態は街。妖精たる街エルフのアリムルゥネが同じく黒エルフのルシアに俺を抱えて渡す。
ルシアが自らの福与かな胸に俺を抱く。白と黒。白のアリムルゥネと黒のルシアが俺をまじまじと見入っる。
「うーん、ミルクかもな。……しっかしライエン様小さくなったな」
「ぎゃー! (違うわバカ者!)」
ルシアの赤い瞳が輝く。その声は、かなり上気していた。気のせいか、鼻息が荒いような。
「アリムルゥネの持ち物は……ああ、ペタンコ。期待できないか」
「なにを言うんだってばルシア! それは! もう怒っちゃうぞ! そうよわたし、まな板だけど! いいの、剣士に肉はいらない! 剣を振るうときの邪魔になるだけじゃない!」
「はいはい。聞かせてもらったぜ、アリムルゥネの実に見事な勝利宣言」
「違うもん! そのうちわたしのも大きくなるもん!」
「どうだろうな。せめて私からも祖霊に祈っておくよ。でもそうなると、私が……なんとかしなきゃ」
「止めてよ、あなたの祖霊って暗黒神じゃない! それに悪かったわね、役に立たなくて」
「いや、そんな事は無い」
ルシアの瞳が一瞬輝く。
そしてルシアがしずしずと自分の鎧を脱いでゆく。そして、俺を掴むといきなり、胸に抱きよせる。
片腕を引き抜いて、漆黒の肩を出す。黒光りする肩だ。
──おおお、ここにも観音様じゃ観音様……! じゃねぇよ。いくら温泉に映える姿だと目に焼き付けようと、俺様弟子に媚びるほど落ちぶれていない──。
「ほら、ミルクはこっちだぜ、ライエン様!」
──ぶぅうううううううううううううううううう! 目の前に黒い豊かな丘が現れて、俺の首はカクンと折れた。
ルシアは首のカクンと折れた俺を抱きなおし、その口を自分の見事な胸へ押し付けるのだった。
そうとも! 見事な谷間、観音堂が現れた。その谷を俺のプニプニホッペは一瞬で埋まる。
──素晴らしいクッション! 俺はルシアに歓声を送る、いや、送りたかったのだが……無理だった。
ミルク。その栄養価の高い分泌物。
生命の神秘の一つであると俺は思う。
などと、冷静に分析して賢者モードになろうとする俺。
「うーむ……ミルクのお時間でちゅよ~」
「ぶぼば!?」
俺はまたも噴出した。普段のルシアを思えば、驚きの台詞であったから。
──その猫撫で声とルシアの笑みに、俺は口を開けたまま戦慄し硬直する。しかしその隙をルシアは見逃さない。
「そうれ、痛恨の一撃!」ルシアが力任せに俺を寄せる。「アブラカタブラ……」
──だがしかし! ルシアが俺を抱きながら何事か聴いたことも無い呪文を唱える。俺は突如駆け巡る魔力と、俺が口を押し付けているものに張りが出た事実に驚愕した。今俺がルシアに見た赤い筋はなんだ!? あれこそ魔力の流れなのか? ああ、誰も答えない。
「ライエン様、黙って飲めっての!」
と、俺の耳をルシアの叫びが切り裂く。
俺の鼓膜が悲鳴を上げた。
「ぶは、げぷ、ぎゃー!(何するんじゃー!)」
「お? あれ? ライエン様。ちょっと私、力を入れすぎた? まさかな。私に限ってありえねぇ」
と、俺を抱く力が僅かに緩む。動きを見、傍でルシアと俺の様子を見ていたアリムルゥネが甲高い声を出す。
「あー! わたし知ってる、それ禁呪! 癖になるってばルシア。どうなっても知らないから」
「禁呪だなんて、そんな事は無い。滅多に使われる事が無いのは婦人の恥じらい。私の部族では、そんなに珍しいものでは無かったんだぞ?」
「あれ? そうなの?」
ケロッと真偽不明の説明をするルシア。一方、アリムルゥネは自身のおでこに右の人差し指を当てて視線を一度宙に向けるも、
「そんなものかな? って、そんなわけあるか!」とあっさりと信じたようだったが、違ったようだ。「どうやって魔法の秘密を盗んだの?」
真剣なアリムルゥネの問いに、「ばれたか」とルシアが笑う。
「『婦人の恥じらい』なように見えたが、なんて本当と思ったのか? 蛇の道は蛇と言うじゃないか。とある人が教えてくれたんだ」「またまた」
「森にいるときに教えてもらったのは本当?」
「そうよ?」
「信じられない」
「まあまあ、私に任せて」
「むー。また誤魔化す! でも、ま、いいや。今はともかくルシア。お師様のことをお願い」
アリムルゥネは眉根を寄せたが、結局はルシアの言い分を信じたようだ。
「了解。アリムルゥネ。さっきは分かってくれてありがと」
二人の弟子は仲直りしたようである。その一方で、俺はルシアになされるままに、ウマウマと乳臭く食事を取ったのだった。
──本能の勝利だ。
自らの意思より、本能が。
──そして本能のうち、迷うまでもなく食欲が勝った。
紳士淑女諸君に申し上げたい。三大欲求の一つ、食欲が勝ったのだ! ホントだよ?
──「鑑定」ルシアの呟き。呪文である。即、鑑定の結果が出た。
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鑑定;ライエン? (ヒューマン) 零歳三ヶ月。
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──俺君、ライエン。当代の爆炎の剣聖。
今日この後より今までの俺は逝き、俺の新たな人生が始まる。……弟子どもが企んだとおりに。
俺君の修行は続くのだ! 世界の温泉待っていろ! そして弟子ども、覚えとけよ、今日の仕打ちは忘れないからな!!
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ここで一句。
春告げる 観音様の 頬に朱が 字余り (ライエン)




