05-002-04 俺君剣聖、俺君三ヶ月、草原の黒い雲との決着
「わにゃっにゃ。るー。(わかった、ルシア)」
「話が早くて助かるぜお師様。ほら、イナゴの大群で太陽が翳る。ここはゼゼの戦士たちに恩を売っておこうぜ。いくら精強で知られるゼゼの傭兵団の持つ弓矢や刀でどうにかなるものじゃない」
ルシアが右目の眼帯を取った。銀に輝き出すルシアの邪眼。
「いくぜライエン様! 今、このルシアが四大を制し東方の賢者に願う、私の技を食らいしモノどもに公平なる死を授けたまえ! ──デス・ク──」
「ほら、今ですお師様、魔力供給です!」
──よし! 俺の魔力を受け取れ! 今までやってきて、俺も魔力タンクに慣れて来た! それ、ルシアよ受け取れーーーー!」
「デス・クラウド!! 全てのものに真の平等を! ──ああ、肩がこるぜこの魔法! 畜生、せめて代用品でも良いので魔力の塔が建造できたなら!」
──範囲拡大が思うようにいってないようである。
どう見てもルシアがピンチだ。俺は充分に魔力を供給してきたつもりだったが、なおも供給路のギアを上げねばならないようだ。
俺は寝物語にアリムルゥネがしてくれた昔話を思い出して、その聖人の必殺魔法を思い浮かべつつ、ルシアに赤き流れを固定する。 俺の体からごっそりと持っていかれる凄まじい魔力の束。
「ルシア、効け! とっておきの呪文だ!」俺は生えていない乳歯の奥歯を噛み締める。
「おう、受け取るぜライエン様の力──!」右目の邪気眼がキラリと光る。
「しゅあにゅのこにょにょはハハへのびゃぶみ、のせびゃいにょりのいじゅみわにゅ!」
俺が元気一杯に脳裏に浮かんだ台詞を叫ぶ。
「はぁ!?」
ルシアが秒で聞き返す。
「だーーーー!(耳でなくて心で俺様の声を聞け!)」
俺君も必死である。その聖人を思い浮かべる。働きづめの大衆に、体や心の疲れを癒して回ったという無私の聖人である。
「指圧のー心は、母心。押せばー魔力のぉ泉湧く! って聞こえるんですけど!」
そのアリムルゥネの通訳に、
「ぶーーーーーーー! 」ルシアが噴出した。なにかおかしな事を言っただろうか。もしくは既にイナゴの先遣隊が?
「るー(がんばれルシア!)」
と、俺の供給する魔力の声援に魔法の維持が怪しくなりつつあったルシアが体制を取り戻す。
「輝け邪気眼、めげるな私! 食らえデスクラウド!」
俺の赤き魔力供給の糸を繋いだまま、ルシアが輝いた。そして、俺も巻き込み輝く。
「あ、黒い連中がバタバタと、いえ、天から降る雨のように地面に落ちてゆく……!」
アリムルェネが目を見開いた。そして、天空で身動きするモノが一匹もいないことに気づく。
村人らの声が聞こえてくる。
「天を覆うほどのイナゴが一面に!?」
「あのエルフが皆殺しにしたのか?」
「いや、どんな技だよそれは」
「賢者……東の大賢者様に迫る魔法の腕前か」
「イナゴを集めにいこう。あれって、上手に料理すると美味いんだ」
「おう、では女子供に袋を持って家から出てくるように伝えて回れ。みんなでイナゴ拾いにいくぞ!」
疲労困憊のルシアと俺君。
「ねえ、ルシア」
「なんだよアリムルゥネ」
「イナゴって食べれるの? そして、デスクラウドで命を絶たれた生物は、毒なんて残ってないの?」
「デスクラウドは連中の周りの空気を抜いて、窒息させただけだ。毒は使ってない。佃煮にしても、炒っても食えるぜ」
「美味しいの?」
俺君はその時、アリムルゥネとルシアの瞳が一瞬輝き、俺君へ視線を移したのに気づく。
──俺の背中をたらりと冷たい汗が流れるのに気づいた。
「ぎ、ぎゃー! (止めて止めてへんな事考えないで!)」
アリムルゥネとルシアが「カルシウムも必要よね」などといいつつ、逃走体制にあった俺様に飛びつこうとする。
ルシアが右、アリムルゥネが左……俺は右手と左手の魔法の品の効果を信じてまさかの中央突破に掛かる。
──ガシィ! 三名が地面を蹴る。
ひょい! 俺君左、ルシアはかろうじて右。俺君ルシアに近づき大地を踏みしめフェイント、ルシアは見事に引っ掛かる。
タッ! 俺は体を右に振る。アリムルゥネにもフェイント。アリムルゥネも引っ掛かるが、彼女は直ぐに反転、俺よりアリムルゥネのほうが素早い!!
「捕まえた!」
「ぎゃー!(実験台は嫌だ!)」
「昆虫はタンパク質、ビタミン、ミネラルが豊富でその血糖はトレハロースと言って良質な脂なんです! わたし達も村人を追いましょう! もっとも、今夜は英雄のお師様を主賓に焚き火を囲って大宴会っぽいですけどね!」
「おーりぇしゃみゃ、ほにょんにょ食えにゃいしのみぇない(俺様ほとんど食えないし呑めない)」
「羊か山羊のミルク、チーズ、煮込み粥くらいでしょうね! でも、いつもと違った味が楽しめます。ほら、お師様も喜んで!」
「あー(アリムルゥネ)」
「おい、行くぞイナゴ取りに! 村人が凄い勢いで拾ってやがる。私の邪気眼も急げといっている。負けられるか、急げ二人とも!
「はいはい」
アリムルゥネが微笑んで返す。
「あー、るー」などと俺が口にしている間、俺は背負い紐でアリムルゥネの背に固定されるのだった。
天には太陽、見渡す限りの青。
そして青は大地の色に染まりつつ。
俺は村人に先を越されつつ、弟子二人とイナゴ拾いに出向くのだった。
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ここで一句
イナゴ来て空に黒羽が群れ集う (ライエン)




