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05-002-02 俺君剣聖、俺君一才二ヶ月、草原の海と付与魔術


 遊牧民のテントから少し離れた場所の傍に野営する。


俺は焚き火の傍にちょこんと座りながら、ルシアの作業を見ていた。アリムルゥネは装身具の大口商談に行っている。見返りは、宝石の原石、もしくは砂金である。


「亀亀亀よ、亀さんよーと、ライエン様、パンチでグーだ。焚き火の中の焼けた鉄の棒を拾って、この亀の甲に刺してくれ」


 ──無茶苦茶な要求であった。


「おっと、魔法を使っても良いぜ?」

「むー……」


 ルシアと目が合う。ここは俺の踏ん張りどころ!

 俺は魔力を腕に流し始める。そして、魔力が掌を離れていくのがわかる。だんだん近づく焚き火。でも熱くない、熱くないから今なら触れる。いけ! 頑張れ俺! 見事鉄の棒を──。


 ──集中! 集中俺君、 ──集中!


「ところでライエン様、アリムルゥネの背中と私の背中、どっちが気持ち良い?」


 ぐおば!? ぶーーーーーーー!


 俺はいきなりの不意をついたルシアの一言に、たまらず噴出した。


「る・し・あ・~!」

「ん? 鉄の棒はどうなった?」


 ──え?


 あ、焼けた鉄の棒が俺様の足の上に。


「ぎゃあああああああああああああああああ! (覚えてろルシア!?)」


 俺のお包みに火がついた。

 ルシアが直ぐに召喚する水の精。水の精から俺に魔力のバイパスが開かれる。

 凄まじい流水。鉄の棒は俺に焼印を施しながら、一瞬で冷めた。俺君はびしょびしょ。


 ──びっしょり……ヒリヒリ……ううう、うう、泣くな俺!


「きにゅ、にゃをせ!(傷直せ!)」

「あはは! はいはい、お師様、今怪我を治すからな。ちょーっと待ってろよ? 先ほどは水、今度は大地だ」


 ルシアが召喚する精霊を教えてくれる。先ほどのが水の精、次に召喚するのは大地の精だ。

 ルシアの足元から光が掌へと伸びる。そして魔力が掌に集中、彼女の右手が輝き始めた。暖かく白い光。土の精霊の力である。実に心地よい、その光の照らす場所は俺の傷。見る間に傷が繊維一つ、筋一本のレベルで修復されていく。


 ああ、ルシアは地獄の極卒かと思えたが、そんなとんでもない思い違いだった。観音様である。ありがたやありがたや観音様観音様。

 俺は思い出す。やはりこの世界は俺に厳しいと見せ付けておいて、ほんの、ほんの一片だけ俺君に優しいのだと。


 ──そうでなければ……俺は、俺君は、やってられるか! いや。そのような事を言っても始まらない。

 世界が俺に優しいのなら、俺はその優しさをまず俺の弟子を手始めに帰してゆこう。

 俺君そう思う、一歳と二ヶ月の冬のことである。


 ──と。一連の騒動の間に、ルシアは亀の甲羅で見事な(くし)を作ってはゼゼの民の注文をこなしていたのである。


 ◇


 アリムルゥネはロバのロシナンの背中から、ありえないほどの大きさの宝箱を取り出していた。ルシアが収納魔法でも使っているに違いなかった。


 ──しかし、宝箱!?


 おもむろに開けるアリムルゥネ。漏れ伝わり、地面を塗らすのは白い煙。


「輝け邪気眼! いでよ、氷の玉座に相応しき花を!」


 ルシアが右目の眼帯を外しながら魔力を練っていた。

 次の瞬間、忽然と宝箱は消え、優しげな赤い花と、クリスタルを手に取っていた。

 そして……。


「ライエン様、わかるかな?」


 と、クリスタルの上に絹のハンカチを乗せる。


「ハイ、ルシア!」


 と、今度はアリムルゥネの手に渡されていた赤い花が、先ほどの絹のハンカチで隠される。


「さ、仕上げだね、ルシア」

「その通り!」と、絹のハンカチをルシアがさっと振り払う。


 ──お。おおおー!?


 ルシアの手には一本のクリスタル。そして、その中には先ほどの赤い花が一輪。


「おお! 巧くいった!」


 ルシアのテンションがいつも以上に高い。


「やったぜ、試してみるものだな! 私の芸も一つ増えたってわけだ。あはは! ライエン様、アリムルゥネ、協力に感謝するぜ! あはははは!」


 クリスタルの中の花を愛でるルシアであった。弟子が喜ぶのは嬉しい事だ。弟子の成長、そしてそれに感化される他の弟子と、何より俺君自身の成長。俺は正直に喜んだ。喜んだ──と、言うのに。


「おーし、次はライエン様がクリスタルの中に入るかどうかやってみようぜ!」

「そうね、色々と便利かも」


 背筋を凍らせるルシアの一言と、どうしてルシアに賛成するのか全くわからないアリムルゥネの一言。


「ぎゃー! よちぇ、よちぇ、にゃめろーーーーーー!(止せ止めろ!」


 ルシアが音もなく俺に近づく。俺君一才二ヶ月はさめざめと泣いた。


 うう、うう、ううう……。

 俺がさめざめと泣いていると、アリムルゥネが背中からギュッとハグしてくれる。

 俺様の涙が止まる。

 そして目の前。ルシアが俺とアリムルゥネの二人がしっかりとハグされる。


「冗談に決まってるだろ? ライエン様」

「本当に。真っ直ぐにすくすくと御育ちになっておられます。お師様」


 ──俺様、愛するべきは何かを、ちょっとだけ気づいたような気がする。


---


ここで一句


 ふと気づくなにげないこと見事春 (ライエン)


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