04-001-05 俺君剣聖、十ヶ月秋、片言言葉を話し出す
俺君十ヶ月秋。一人で立てことは良いのだが、俺君今だ何かに掴まらないとどこにもいけない。だから俺は歩けるかどうかの朝鮮よりもハイハイが早いためについハイハイを選んでしまう。いかん、このままではいかんと俺君、柔軟体操に筋伸ばしを床の上で始める。時々ベッドから床に降りるときに誤って頭から落ち、「ぎゃーぎゃー」喚く。
──そして。
そしてどちらかの弟子がやってきて、その度に俺をベッドの上に再び乗せる。
いつの間にか俺の手には哺乳瓶、そして瞼はウツラウツラ……。なのだッ!
──Оh……。振り出しだ、また再挑戦だよ頑張れ俺! でも今は眠いので俺もう寝る弟子どもまた明日な!
と、決心したかと思えば思えば。
起きて俺君、妖物の取り付いていた赤本を読む。
手や肘がぐるんぐるん回り、ページを一ページづつ開こうとしても、十回に九回は失敗するトロさ。
その度に襲う、無力感。だが俺は!
──根性、根性、ド根性!!
──と、力みすぎて疲れた俺、涎を本に垂らしながらコテリと眠るのであった。
◇
入門編を謳うこの赤本には体内魔力炉からの魔力の得方、体への魔力の通し方、力の収束の方法、効率的な魔力の放出の仕方が書いてあった。
いままでの俺は蒸し暑い夏に窓を開けたまま冷房器具をかけっぱなしにするようなもの。または凍える冬に窓を開けたま暖房器具ををかけっぱなしにするようなもの。つまり、魔力路に繋がる回路のうち、一本開閉栓が開放されていれば充分な用をたす魔法の発動に、魔力栓を十も二十も開けて、使う用途も決められて無い──下手すると足を引っ張る──不必要な魔力を外部へ漏らしている状態であったという事。
──それから数日。
それは突然であった。
「あー」
「え? お師様?」
「るー」
「ん? 私のことか? ライエン様?」
二人の弟子は交互に御互いの顔を見る。そして、二人同時に俺を見た。
「これは……これはもしかして!」
「ライエン様が言葉を話せるように!?」
──朗らかな空気。三人の顔に花がさす。
アリムルゥネは両手をパチリ。
「凄いです! ああ、今夜はお祝いにお餅をつこう!?」
アリムルゥネにルシアも応じた。
「そうだな、そうと決まれば私、ヨモギにイチゴを狩ってくるぜ! 待ってろ? アリムルゥネはもち米を買って来てくれる? 今夜の飯には間に合わせるから」
などとルシアとアリムルゥネはすぐさま動き出す。
アリムルゥネは背負い紐で俺を担いで商店街に。
ルシアは単独で凶暴な怪物、ヨモギと栗を狩りに。
◇
アリムルゥネは商店街なので命の危険などまず無いだろうが、一方のルシアは野生のヨモギとイチゴが相手だ。どちらも万が一がありうる。もっとも腕の立つルシアのことだ。一人での狩りも心配は無いだろうが……。
──ヨモギ。いわくつきの薬草である。不意に絡みつかれると血を吸われる。だが、その薬としての薬効は確かなものである。
魔草ヨモギ。とある昔、ヨモギが若い頃。蓬の茂みの近くにて、仇討ちの決闘があった。
片方はとある宮廷で相手に無礼を働いたとして何度も何度も毎日毎日叱咤され続けたこの若い男。この若い男は我慢に我慢を重ねた。そしてその日、怒りを爆発させ相手に剣で切りつけたのである。若い男は処罰され、当日王様から斬首の刑の命令が下る。不服を感じたのは若者の母違いの兄、ジュラ。そして今一方は、喧嘩両成敗というのに王様から何の罰も受けなかった初老の男、メド。
ジュラはメドが王都から領地に下る際の一行を狙った。
ジュラが用意したのは多量の炸裂弾。一行が崖と崖に挟まれた道で待ち伏せしていたのである。
当のメドはそのような謀略が進んでいるなどとは夢にも思わず、家臣の他、数名の用心棒に囲まれての旅情であった。
ジュラは崖の上から土を踏みしめる。幾粒かの石が崖下の道へ落ちる。
ここぞとばかりにジュラは炸裂弾に火をつけ崖上から道目掛けて投げるに投げた。
驚いたのはメドの一行。凄まじいい音と共に前後左右上下と次々と炸裂弾が弾ける。
崖上から大声を上げて崖下へと駆け下りてきたジュラとその仲間。
──雄叫びは剣気と変わり、ジュラは鬼となる。
メドの前後は炸裂段の爆発に阻まれ、白煙と土炎で視界がとおらない。メドは用心棒を呼ぶが返事が無い。
──そしてまた一つ、メドの目の前で炸裂弾が弾けた。メドは馬から落馬する。
起き上がるも、メドの目の前に立ち塞がる男が一人。ジュラである。
「メド、俺はジュラ。弟の敵だ。──死んでもらう」
ジュラは抜刀。驚き、剣にも自信の無いメドはジュラの白刃から逃げようとして、ジュラの一党の腕利きに逃げ道を阻まれ押し返される。そしてメドは振り返り見る。憤怒の形相をしたジュラを。
「──成敗!」
そして、ジュラの白刃が走る。
──一閃。血煙。そして、その血潮が足元のヨモギの茂みに飛び散った。
大将を失った一行は、ジュラら数人の仇討ち人らにかすり傷一つ負わせることも出来ず、行列は一行は総崩れとなったのである。
その後、赤の斑点をその葉にもつヨモギが生えるようになり、このヨモギは切り傷に良いと言われ、薬として人々の役に立つようになったという。
「よー」
「そうだぜライエン様。ヨモギだ」
「よーよー」
「ああ、ダメだな。ライエン様、まだまだそれじゃ話が出来るとは言わないぜ」
「ぎゃーーーー!(ずるい!)」
「んー、ミルクか?」
素早くスラぶーミルクを渡される俺君十ヶ月。俺は黙々とミルクを飲み始めた。
「やっぱりスラぶーとライエン様との相性がいいようだな。それと時折食べさせるロイヤルエルブンゼリー。コイツが効いてないとは言わせないぜ。な、ライエン様!」
ルシアがプニプニと頬っぺたをつつく。
「栗取りにはてこずった。あれもこれもライエン様のためだけどな!」
ルシアが次々と栗の実の皮をむいていく。
──栗の実。
イガイガに包まれた種子を食べる。
もっとも、イガイガは注意しないとイガの先に毒がある。神経性の毒で、麻痺して肺に来て呼吸が止まり、心臓が止まる。
超がつくほど危険な実だが、イガの中の種子は美味い。ちょっとイガイガに気をつけていれば、子供でも拾うことの出来る、採取の簡単な食物だ。
実は甘露煮が美味しい。ああ、この二人は今夜どんな調理を食べさせてくれるのだろう。
俺はそう思うと、急に睡魔に襲われた。
──うん、俺寝る。任せた弟子ども……。
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ここで一句。
あーだーうー なんの事だか まだ知らず (川柳 ライエン)




