04-001-04 俺君剣聖、十ヶ月秋。ついに掴まり立つ
──諸兄には教えよう。
ルシアのニンジン、赤い本は俺様が取ったぜ! 自慢!
ある日、ハイハイでその机まで出向き、息も絶え絶えになりながら椅子に腕で掴まり(マッスル!)
さらにゼイゼイ良いながら膝の曲がった足を伸ばす(マッスーッ!)
マッスルマッスル筋肉こそ世界! マッスルマッスル筋肉こそ全て!
マッスルマッスル筋肉があれば厄介ごとの九割九分が解決する──うぅぅう、マッスーゥ!!
──そんな訳あるかッ! 俺は自身が浮かべた妄想に嘔吐した。
そうなのである。筋肉だけで満足するようでは、兵法天下一を自認する俺君、剣聖の資格無し! 果て無き強さを求めてこその大天位。だから俺は、魔法使いのように魔力を欲し、修行僧のように気を練る事を望む。
その一つ、魔力である。ルシアのやり方を見よう見まねで試しているが、どう考えても、実施で実験を試しても、魔力の漏れが激しすぎる気がする。魔法としてこの世界に力が顕現する前に、魔力を収束する過程で魔力が俺の体から無駄に流れ、いわば捨てられているのだろう。エネルギーの変換効率が悪いに違いない。
そこで、今日取った赤本が意味を持つ。
俺君は掴まり立ちをし、机の上の本を勢いよく手で払い、床に本を落とすことで手に入れた。
──その時。
「ぎゃーーーーーーーーーーーー! ううう、ぎゃーーーーーーーーーーー!(角が、角が! 部屋の角に獣が、じゃなくて本の角が俺の足先にダイブした──! うう、うぎゃー! い・た・い・の・だ!)」
俺は部屋の隅を見る。今のところ何事も無い、何事も無い……が。警戒しすぎか?
畜生、出るなら出て来い角の怪物! どうせこの本のガードマンか何かだろう。きやがれ怪物弾けろ闘気、俺の剣気に震えろ怪物、理解できたら直ぐにも爆裂せよ! 俺は兵法天下一、爆炎の剣聖ライエンだ! どこからでも掛かって来い!
──静か。弟子達も入ってこない。ふむふむ。って、う。りきみすぎた。……お締めです。
「ライエン様、凄い声だったぜ。なんだよ、少し疲れているじゃないのか?」
あ、ルシア。ちょうどいいところに。あら、アリムルゥネも。
「そうですよ。って、もうお師様? ハイハイができるようになった途端、あちこちが散らかって。あー、机の上にも手が届くようになられたのですね? ルシア、危険だから机の上に物を放置しないで」
「え? ああ。気をつける」
アリムルゥネの手が部屋のあちらこちらに伸びる。
俺君は全身でダイブし、赤本を隠す。
「ああ、お師様その本が読みたいのですか? ……ルシア、この本をお師様に見せてみる?」
「構わないぜ。ライエン様ももう十ヶ月だろう。ただ、挿絵も少ない専門書だ。ライエン様が見てもわかるかな」
「構わないんじゃないの?」
「──うーん、それもそうだな」
ルシアが渋っていると、アリムルゥネが俺の異変に気づく。
「あ。お師様。お締めですね。本の前にお締め変えましょう」
「ん、今呪文かけるから待ってろ。 見て驚け感じろふんわり、そら肌触りはさっらさら、と。……出来たぜ」
ルシアが豊かな胸を張る。
今のルシアの魔力の流れを見るに。肌と汚れを分離させ、付着した汚れだけをどこぞに転移させ、使い古しのお締めを新品と取り替える。
「ぎゃー!(ま、魔法の本!)」
と、俺様は直ぐお座りして本の表紙に手をかける。晴れて俺君お望みの赤い魔法書が俺の手に!
アリムルゥネとルシアが優しい目で俺を見下ろしていた。
──ヘイヘイ! 魔道書カモン! 自慢!
──おお、これぞ俺が求めに求めたルチアの本、赤表紙! その名も「魔法入門編」。
俺の目にはその革張りの本が光って見える。本自体が魔法の品なのだ! えっへん、この魔力探知の力はルシアからコッソリ盗んだものだよーだ。鑑定の精度は悪いけど、だめ元程度には言い訳がつく、そんな魔法である。うん、今に俺もルシア並の魔力を得られるようになるといいな。
俺は赤表紙の文字にドキドキだ。どんな事がかいてあるのだろう。
「魔法入門編」とあるからである。
俺はお座りして、姿勢を正し、深呼吸をし、俺は二人の前で表紙を開けーーーーーーーーー!
本が色とりどりに光り出す。部屋全体を強烈な明かりが埋める。
──ピョン。ぷっぱ!
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー!(何事!?)」
俺の視界が真っ黒になった。そして首の辺りが一周チクチクする。
もしかして俺──。
「お師様、お師様しっかり! 今本をお師様から引き剥がします!」
「ああ、この本も古いからな。怪異に呑まれていたのか。魔は払わないと読めないぜ」
──畜生! 本ごときに俺が負けるか! 十ヶ月とはいえ、剣聖を名乗る者がお前のような怪物に負けてたまるか!
アリムルゥネの指が本の歯を引き剥がす。俺はその隙間に手を入れる。そして反対側にも手を回し、本の歯と首の隙間に手を突っ込む。
俺様集中! 俺君頑張る! 集中ーーーーーーーーー! アリムルゥネの力も借りて、集中ーーーーーーーーー! あ。
──ビリビリ、バキ!
と。俺は本をこじ開けて、アリムルゥネは本が魔力で練成していた本の背骨を折り砕く!
「やったなライエン様。アリムルゥネも金星だぜ」
ルシアが「あはは」と笑う。本が襲い掛かってくる可能性。
──俺も忘れていたぜ。年を経た書物に魔が宿る可能性がある事を。
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ここで一句。
守護者ある 命を守るは 幾星霜 (ライエン)




