04-001-02 俺君剣聖、九ヶ月秋。ハイハイ。念願の本を探す
牧場のおじさんは俺達の活躍にたいそう喜んでいた。こちらが災いを招いてしまったとはいえ、失った以上の数のスポットスライムを渡したからである。むしろ、お礼にと大きなチーズの塊をくれた。スライムのミルクのチーズだそうだ。
アリムルゥネもルシアも、たいそう喜んでいた。
俺もその晩、貰ったチーズを充分加熱してもらい、ふぅふぅとルシアが冷ましてくれたとろけるチーズをルシアの持つスプーンで俺君の口に……舌チロチロ。
「ぎゃーーーーーー!(熱いのだ!)」
「お? 冷ましたつもりが冷えてねえ。ちょっと塊が大きかったか? それとも元々温度が高すぎたか?」
ルシアは首を捻りながらまたふぅふぅを再開した。
「あーん」と口を開けろとルシア。
俺はルシアの猫撫で声に戦慄を覚えたが、その自信満々の表情と、食欲に負けた。
舌チロチロ……。
おお、熱くない! よくやったルシア! んで、「カプッ」と糸成す塊を一口にパックン! う、うま……!?
「ぎゃああ! (熱い、芯が、中のほうが熱い!! 助けろルシア!!」
「あはは! ライエン様、まだ熱かったか。それともとろけるチーズは食べにくかったか?」
「ぎゃああ! (乳児が虐待反対!)」
「えへへ、困ってるライエン様のお顔、何度見ても可愛! ついギュッとしたくなっちまう」
俺は充分にクッションのあるルシアの胸に、思い切りギュッと抱きしめられた。
◇
この街の逗留生活にも少し鳴れた。そして何と言っても俺君、ハイハイができるようになったのは大変な収穫である。これであっちこっちに移動ができる。俺様は寝転びアタック後、ハイハイ行進をしてお宝を探すのだ。お宝とはもちろん、ルシアが持っているだろう『魔導書』である。
そう簡単にはいくまいと思う諸兄もいるだろう。
しかし、そうではないのだ。
ルシアはわざと本の背表紙が俺に見える場所──例えば俺君のベッドと同じ高さだ! に置き、タイトルが見え、俺が頑張ればいつでも本が取れるように机の端っこに半分以上はみ出して──俺の動きを観察している節がある。
俺も釣られた魚のように、弟子達が俺をベッドから降ろした隙を見て──こんなときに素早さアップの腕輪が役立つ──弟子達が止めるのも、その手と言う手をすり抜けて、その赤い魔導書に手を伸ば──伸ばす──ぐぬぬ、伸ばーすー!?
俺は顔を真っ赤にし手を本へと伸ばす。
あ、掴まれば良いのか! と頭の上に豆球がピコーンと点灯する。
で、手頃な椅子に両手で掴まるものの、前に進むーって、ずるずると足が重く、前に進めず、まして椅子に掴まる事などで気やしなかった。俺は悲しくなる。
このままでは赤本のことなど、夢のまた夢!
──うおお、俺君も将来の栄達を決めかねない希少本が目の前に! 新たなる知識! 新たなる技! 新たなる気づき! などその全てが収まっているかもしれない念願の一冊がそこにあるというのにッ!
おお、どうして俺の手に届かない! 俺の全身の筋肉よ、俺に力をッ!!
──どうして、どうしてなんだッ! これが俺様を待つ神々の試練かッと、俺は涙した。
「うう、ううう、ぎゃーーーーーー!(天空の神々よ、どうして俺に修羅の道を進めというのかッ!)」
「もう! お師様、お締め換える途中で逃げ出さないで下さい」
アリムルゥネの俺君を叱咤する声。その声はとても優しい。観音様そのものだ。
でも俺は。
「ぎゃー! (嫌だ嫌だ! 世界は俺が思っているより、ちょっとだけ優しいはずなのにッ! 確かに目の前にぶら下げられたニンジン、しかしそのニンジンは俺の手には届かないッ! こんな仕打ち、どうしてだよッ! 酷すぎるだろ!!」
「ギャッ! と零す俺。俺君はお締めを脱がされ、アリムルゥネの腕からそのまま脱走。知的興味の赴くまま本の奪取を頑張ったのに。なぜだ、なぜ机の上の本に俺の腕は届かない!
「はい、早くお締め変えちゃいましょう!」
俺が悔しさに呆然としていると、アリムルゥネが俺のを優しく抱き寄せてくれた。
「うう、う、うーーー(はーなーせー!)」俺はジタバタと転がってみせる。しかし、そんな中、ふんわりヘヴンな粉がお尻を撫でる。
──観音様の一撫で天花粉よ。先ほどの凄まじく不快な思いも許すことができる。ああ生き返る。と思うとむー、瞼が重い。今頑張って体を動かしたからだ。あの赤本め、俺はいつか読んでやるぞと心に誓いながら、あまりの気持ち良さに三大欲求の一つ、睡眠欲に身を任せたのである。
──zzz、zzz……。
頬っぺたがプニプニされる。
アリムルゥネだな。俺君添い寝してもらっている。ああ、花のような匂いだ。
そして俺は赤本のことなどコロッと忘れ弟子の胸ポンポン叩きの前にコテッと寝入ったのである。
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ここで一句。
ニンジンを キャッチしても 毒ニンジン (ライエン)




