01-001-03 俺君剣聖、温泉の試練
──おい、どうして頭を押さえつける! 止めろバカ者! 滑る溺れる息が詰まる! ……って、なんだこのお湯は!? 体が融けている? いや、これは! そう。弟子二人に何も起こっていないからだ。異常は俺の体だけに起きている。
俺の全身に大小無数の泡が纏わりつく。泡は吹き出し弾け、いつまでもおさまりそうに無い。
明らかに二人と違う。違うのだ!
──ボコッ。ボコッ……しゅうぅううう、ぱぁああああ……。ああ、俺の肌にまとわりつく多量の泡と言う泡。まるで、南国で飲んだ炭酸水のようだ。
「あれ? お師様の様子おかしくない?」
「え? ライエン様? そういえば……気配が小さい……嘘? わたしの邪気眼が読み違えるなど!? ……ううう、魔力の暴走が止まらない。右目の封印がうずくぜ」
「はいはいルシア、冗談はそのくらいにしましょうね。それにね、今ピンチなのはあなたよりもお師様だってば。そろそろお師様をお湯から上げてもいいんじゃない?」
「そうだな」と、ルシアは右目に宛てていた右掌をなんでもなかったかのようにさっくり外す。
二人が俺の名を呼ぶ。そしてお湯が波打つ。二人が俺を探しているのだ。俺の異常に気がついたと見る。
「お師様!」「ライエン様!」弟子二人が絶叫していた。
──そして、二人が見つけた俺見て。
「こんな!」「小っちゃ!」
俺君、唾を喉にゴクリと行った。
お、俺はどうなって? 小さい?
「だから言ったじゃない」
「アリムルゥネも賛成しただろ!」
「まさかこの魔法の湯にここまでの効能があったなんて!」
「やっちゃったのは仕方ない、これからのライエン様を考えなって! というか、急いでライエン様をお湯から取り上げろよ!」
「そ、そうね、それもそうね。ルシアの言うとおり」
おい、俺の不安を煽るな弟子ども! 意味深な言葉を繰り返すんじゃない! 何があってもあわてるな、頭が真っ白になったときには地面の上の蟻を見よと、昔の賢人が言っていた! ……蟻、蟻、さすがに居ないな、ああ、綺麗な苔ならあるな。濃い緑の……と、目をぐるりと回して苔を発見、しかし、俺が伸ばした腕は、なんだか節々のはっきりとした見慣れぬ腕に。
──血の気が引いた。ちょっと、どういうこと!? 見れば見るほど恐怖をおぼえる事全身。俺は目による全身サーチを止めた。そう、俺の腕! いや脚も普通じゃないんだ。
俺は頭を押さえる。無い。髪が無い! あれほど長かった白髪交じりの髪と髭が消え、替わりに申し訳程度にふんわりとした、短い髪の毛が頭の上に。
骨と皮、筋肉質だった俺の体。俺は声を上げる。
「ぎゃー! ……!? ふんが、ふ! (こ、言葉が出ねぇ! その前に口の中の入れ歯が変なんだけど! 口が閉じねぇよ!)」
──おい、弟子ども! 俺の体おかしいんだけど!? 入れ歯入れ歯! それに白髪の色はどうなった! 白髪ではなく若かりし頃の燃えるような炎の色か!?
どういうこと? 俺は体が味わう違和感に内心怯えつつ、弟子に聞いてみたいのだけれど、なんだか声が上手くでない。
感じる冷や汗。節々が丸く、フラフラのプニプニに。きっと俺の骨格は骨密度も軟骨も増え、替わりに老いたると言ってもそれなりに鍛えてきた張りのある筋肉が消えている。もうDHAプラスEPA、それにセサミンとコンドロイチン補給とはオサラバよ! ……って違う。もう俺、どうしたらいいんだ!
「ぎゃー、ぎゃー! ほぎゃーーー! (俺ってどうなるの! 死を覚悟して綺麗どころのエルフの弟子を二人も連れてきた、黄泉路へ旅をする前の俺君総決算桃色物見遊山の旅のつもりだったのに!)」
ここにきて、二人の弟子どもが黄色い声を出し始める。瞳の中に、桃色のハートが浮かんでいた。
「お師様! 髪がフサフサの赤色に!」
「ライエン様! ははは! コイツは傑作だ。入れ歯が口の中で暴れてるぜ! 今外に出してやるからちょっと待てよ」
──痛ぇよ待てねぇよ!
万力のような力で顎を掴み、口を無理やり開かせたルシアが俺君愛用の木彫り入れ歯を取り出しに掛かる。
「ぎゃぁあああああ!! (なにをするか、このバカ弟子があ!)」
──入れ歯の方が口よりでかいよ!
「痛いか? 痛いよなライエン様。ちょっとだけ我慢しろ。そう、我慢でだ。今に痛くなくなり、気持ちよくなるからな。とっても気持ち良くな・る・か・ら・なー!? ふんぬぅ!?」
ルシアが指を俺の口に突っ込ませたまま、なにやら魔法の呪文を唱える。いや違う、力任せに……って冗談だろ!
「ぎゃー! (よくも俺様を罠に嵌めやがったなこのルシア! おい、アリムルゥネも覚えてやがれ!?」
ルシアの細く黒光りする指が、俺の口の中をかき混ぜる。そして、入れ歯の端に手を掛けて!
みるみる入れ歯の大きさが縮む。
そして俺を覗き込む、観音様慈愛の左目、赤い瞳が俺をヘヴンに導いた。
「ぎゃー! ぎ、ぎゃーーー! (口の端が痛い、あ、あ、あっ! 引っ張るなバカ……ぶーーーーー!」
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ここで一句。
古き歯を 愛して幾年 我が一部 (川柳 ライエン)