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03-005-03 俺君剣聖、八ヶ月夏。俺君ずりばいを始める

 この街に数件ある宿兼酒場の一つだ。この街道も人通りがそれなりに多いのか結構大きい石造りの頑丈な建屋である。宿の構えが立派なのは、この宿場町に活気がある証拠でもある。


 ──見たところ、石造りの二階建て、その奥の大部屋だ。家具調度もしっかりとしている。アリムルゥネとルシアの話を盗み聞くに二人の弟子が俺のため? に少し高級な大部屋を貸し切ったようである。広さはエコノミーの二倍ほどある。俺の布団は特別製で羽根布団だ。それに、十時と三時のフルーツの盛り合わせ、そして毎日の湯タライのサービスの提供である。

 馬小屋、エコノミー、スイートそしてロイヤルスイートと言えば、スイートとロイヤルスイートの間のサービスであろう。


 立て続けに迷宮探索を行ってきたせいで、その財宝を宝石に変えて持ち運ばねばならないほど金はある。弟子達はその金を放出する事に決めたようだ。スポットスライムの牧場のおじさんに宝石や銀貨で腹を疎しないのは、アリムルゥネやルシアに何か秘めた目的があるのかもしれない。どの道急ぐ旅ではない。この街に滞在する事。そのことに俺は依存は無かった。もっとも、依存があったところで俺には二人に伝える手段が無いのだ! ……言葉を話すことはもちろん、文字を書くのにも失敗した。実に残念たる毎日だ。毎日微々たる生長しか見せない俺。弟子らが楽しんで俺に接してくれるのが唯一の救いである。


 そんなこんなで俺。


 店主が用意してくれたお湯の入ったタライの傍にいるアリムルゥネに俺君は注目していた。


 ──お風呂。ワクワク! ビバ! お風呂! あの湯気。実に暖かそう!

 

 俺はクッションの上に寝かされていて、直ぐにでも始まるであろうお風呂でヘブンな体験を心待ちにしている。


 ──だが。

 なかなかアリムルゥネが呼びにこない。なぜにお湯の番? 程よい熱さになるのを待っているのだろうか。

 俺は寝返りを打った。と、ととと、俺君ピンチ! 俺君の頭のバランスが!


 ──寝返り俺君バランス崩し、床にペチリと頬からダイブ!


「ギャ(痛!)」


 と、俺君が災難に見舞われても、アリムルゥネは救いに来ない。


 ──なぜだろう。俺は考える。俺は考えて……ピコーンと豆球が輝いた! そうだよ、そうなんだよ。相手が来ないなら、自らで行けば良いのである。


 ではさっそく。


 俺君は頭……首を上に上げる。床と密着していた頬が離れて空気に当たる。

 そして、うつぶせの状態で頭を上げ、俺君はぺたんと座る。……おお! 座れた。座れたがお尻がお締めで丸い。この前の草原のときは草布団に腰を降ろしていたせいでお締めの感触を僅かしか感じなかった。しかし今は違う。石材で作られたこの宿屋の床は平だ。俺君は頭の重みで左右に揺れるものの、ばっちりお締めを挟んで床にぺトンと腰を落ち着かせようとするも、頭が揺れる。

 そのうち頭が前に自由落下。俺君急いで両腕を前に出し、上半身を支える。そして腕をつきながらも自分に向かい引き、頭をゆっくりと上げて上半身のバランスをとる。、


 ──おおおおお! 凄い、凄いぞ俺君! やったー、お座りだ! やはり俺、お座りをマスターしてるじゃないか! その証拠にバランスの取り方がなんとなく分かってきたじゃないか!


 よし、次だ! 次のステップ行くぞ!

 もう一度頭を間に屈めて腕を前に! お、石材の間に引っ掛かる。もう一方の腕を前に! お、今度も引っ掛かる。

 そして手を前に、右手をもっと前、左手をもっと前。


 ──ずりずりずりずり。上半身に下半身が引き()られた。


 俺はガシガシ前へと進む。右、左、右! と腕を交互に出し。

 お、進んだ。進む進む、前へと進む! 俺君、腕の次は足をも使って(と言っても引き摺るだけだが)、どんどん前に! 腕と足、協力して……いや、ほとんど手の力だけで前へ進むぞ!

 

 イェイ! 俺様アリムルゥネの立ってる場所、御湯の入ったタライへGO!


 ──やったー! 俺君レベルアーップ。俺、生後八ヶ月にて「ずりばい」を覚える。うう、泣けてくるぜ感動一番!


 そしてアリムルゥネが自分の足元までよってきた俺に気づいてくれた。

 そして信じられないものでも見るように俺を見たのである。


「お師様?」

「ぎゃー!(お風呂……いや、ここまで来るのに疲れた……)」


 ──ふんぬぅ! コラ俺君。お風呂を前にして眠りの舟をこぐとは何事だ! ……と横切る黒い全身タイツのお月様。俺はこいつを知っている。精霊使いのルシアが言っていた、眠りの精霊サンドマンだ!


 アリムルゥネが目を丸くした。アリムルゥネにも見えるのか?


「凄いですお師様! 一人でこちらに来られたわけですか!?」違うらしい。だが、今の一言で俺の眠気は見事に飛んだ。


 ──そう、俺はここまで「ずりばい」でやってきたのだ! 俺って偉い! 誰の助けも借りなかった! 俺って凄い!

 俺様最高! そしてゴールにビバお風呂!


 俺がずりばいをやって、アリムルゥネの足にしがみ付く。


「凄い凄い! お師様はずりばいをマスターされたわけですね! おめでとうございます! お師様ももう七ヶ月。あの春の日の出来事から今は夏。ちっちゃいお師様も、大きくご成長なさるわけですね!」


 アリムルゥネが「あとでルシアにも教えてあげなきゃ」と笑っている。


「ぎゃ、きゃきゃ!(俺様凄い! 俺君自慢(じまーん)

「あはは! お師様笑ってる!! ああ、ルシアにも見せてあげたい。……どうしてこんなときにいないのかな」


 白の弟子の優しい目つき。

 俺の目に、弟子の蒼い瞳が映る。

 俺の目に、しっかりと今日この時の事が焼きつく。

 優しくゆっくりとした時間。それは何事にも換えられないものであった。


 ──もちろん、もう直ぐ待っているお風呂の時間も至高のものだろうけど!


---


ここで一句。


 夏の日に 這い次ぐ手足 湯の香り (ライエン)


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