03-005-02 俺君剣聖、八ヶ月夏。弟子のヤル気、爆発す
と、ひとたびやる気をなくしたアリムルゥネは泣き言を上げるが、それも一度限り。彼女は一転、元気を出して叫び始めた。
アリムルゥネは叫ぶ。
「スラぶー? 戻っておいで」
その声に、スポットスライムの群れの動きが止まる。
「スラぶー?」
二度目の呼び声。
スポットスライムたちはピクピク動く
そして、スライムたちはお互いを見てまわす。
「スラぶー?」
スライムたちは、震え出した。そして、一匹が飛び跳ねたかと思うと、ひとところに集まり合体し始めるではないか!
──にょーん。
アリムルゥネは目を疑った。見る見るうちにスポットスライムが大きく!
──でぶーん。
アリムルゥネは軽く目を擦り、次に頬っぺたを捻る。
そこには、集まり合体したスポットスライムがいたのだ。遠巻きに駆けるのは恐らくこの牧場の持ち主であろう白シャツに作業着のおじさん。おじさんはスポットスライムの三倍ほどの単色スライムに乗って、異常事態にオロオロしているようだった。
見学していたルシアがアリムルゥネに、
「……グレートスポット」
と、相手を教えてくれたが、アリムルゥネもルシアも、どうも闘志が湧かないらしい。
巨大な牛乳の雫に間抜け面。……それは戦意も下がろうというものである。
そして牧場の主人? は逃げ腰だ。
「ぎゃー! (でかすぎる、連れて行けないぞ。それに何より、この牧場のスポットスライムはこの牧場の主人のものだ。俺たちのものはスラぶーだけだ! スラぶーだけこちら頂いてこい)」
「お師様がミルクですって」
──ぶーーーー! 俺君は思わず噴出した。アリムルゥネ、観察眼が腐っているぞ、お前の脳みそは珪藻生物並だな!
「ライエン様は待たせていろよ。今はスラぶーだ。あのまま街に突撃でもされて見ろ、大惨事になるから」
そしてルシアから俺はさっくり切り捨てられる。俺を信じてのことか、それともルシアのザックリした性格が今の言葉を呼ぶのか。
──どうでも良い! 被害が出ない内に、このでっかいのをどうにかしろよ!
「どうする?」
「分離させる」
「どうするとスラぶーはデカスライムと分離してくれるのかな」
「突くと分裂するかもしれないからやってみろよ」
アリムルゥネが小鉄をロシナンの背から受け取る。
鞘から抜いて、白刃を持つと、アリムルゥネの目つきが変わった。
「この小鉄は人ではなく魔を斬る剣!」
彼女は深い深呼吸を一回。
そして刀を上段に構える。
「いくぞ、でか可愛い怪物! でももっと小さく可愛ゆく微塵になあれ!」
アリムルゥネの足元が爆発する。土砂が大量に飛び散る。弟子の背中に背負われた俺は、首を右に左にそして上下にガックンガックンと前衛的な赤子のあやし方を試されながら、強烈なG加速を増加させられつつ、一陣の刃となってキングへと突っ込んだ。そしてアリムルゥネはキングの鼻先で一閃。
──剣を媒体にアリムルゥネの気が収束される!
剣気がグレートに放たれ、グレートは縦一文字に真っ二つに。そしてアリムルゥネは返す刃に無限を命じた。
「砕けろスライム、粉微塵になれ!!」
と、先ほどの剣気はそのまま小鉄にまとわりつかせ、グレートを足元の地面の土砂ごと吹き飛ばし、スライムの身を砕け散らせたのである。
──おおお、あのアリムルゥネがここまで成長して……今の剣気、そして容赦の無さ。よく学んだ。褒めてつかわす!
俺君は涙を流す。
「お師様、大丈夫でしたか?」
──アリムルゥネの満足顔。牧場に平和が戻ったのだ。
めでたしめでたし……
──んな訳あるか!
この牧場の養殖スライムがスラぶーもろとも壊滅したぞ! どうしてくれる!
俺君は今さらながらに地面の草原に寝転がせられた。
俺は直ぐに寝返りを打って、勢いをつけて転ぶ。ぐるん、ぐるん、ぐるん、ぺと。……お?
──どうするんだよ俺の首! い、いや、今俺はなにをしている?
いつもより視界が広い。頭が重い!
こ、これは──! お座り、お座りだ!! 上下左右に揺れる頭。頭が猛烈に重いけど、それでペタンと転ばない! おおお、俺君レベルアーップ! たららたったたー! やったー 俺君座ってるよ! 嬉しい限り! やったぜ俺様! お座り万歳!
俺は一人はしゃぐ。
しかし、北から少し寒風が吹いて、俺は今直面している大問題に思考をうつした。頑張れ、俺君の灰色の脳細胞!
と、テンションアップはこのくらいにしないと。
牧場の主のおじさんはお先真っ暗な未来を思い泣いていた。
──そうなのである。飼いスライムを駆逐した俺達には、これから贖罪の日々が待っている。それとも賠償金か? 両方か?
「……アリムルゥネ」
「え?」
「お前、この街で暫く牧童をしろよ。私も手伝うから。私達が荒らした牧場を再建させないと」
「ええ?」
「ほら、目の前を見ろよ、スポットスライムが……いえ、スラぶーが起き上がってこちら、ライエン様の仲間になりたそうにこちらを見ているぜ。ほら、見えるだろ? 私たちについて旅をしていたんだぜ? それこそ栄養豊富な残飯を食わせたのもある。ロイヤルゼリーやプロポリスも試食させた。他のスライムの数倍の栄養を与えていたんだ、体力は単なる養殖個体の数倍なんだろ」
「え? あれがスラぶーなの!?」
アリムルゥネの目が丸くなる。小鉄を鞘に戻し「あ、スラぶー! 例え強くなったと言えど……てい!」と彼女は良く狙い、ついに革の紐をいち早くスラぶーに巻きつけた。
今度こそ逃げられないように、ちょっと強めに紐を巻いているようだ。
「これで一件落着!」と、アリムルゥネ。
「そんな訳無い無い。先ほど言っただろ? 牧場の親父さんが泣いているって! あんなに沢山いたスポットスライムが、野生のままのスポットスライムに特選した餌を食べさせ、立派に育て上げていたスラぶーを除いて全滅したんだぜ? 全額弁償の上、農家再建に暫くの間、魔物の餌でも持って野生のスポットスライムを捕まえてくる毎日決定がだな。運良く大群に遭遇しないものか……ああメンドクセ。でも、この辺りのケアはしっかりやらないと。──剣聖ライエン様の名前に傷がつく。それじゃ、ダメだろ?」
「あうあう、旅は?」
「暫くお預けだ」ルシアの常識人発言に、
「そうね。仕方ないか」とアリムルゥネががっくり折れた。
「ぎゃー! (泣く、泣くぞ俺は。ああ、修行の旅先でこんな事になるとは!)」
なに、泣いているのは俺だけではない。
──見よ!
俺は牧場の主人であろうおじさんを見る。三又フォークに麦藁帽子を被ったおじさんが、おじさんが手塩にかけて育てたスライムを襲った惨劇と、これからの生活についてほろほろと男泣きに泣いていた。
そんな中、ルシアがおじさんに近づく。おじさんは警戒しているのか、フォークを槍のように構えている。
ルシアが大きく手を振り、アゾットを地面に下ろし、万歳して近づく。
「おじさん、わたし達の話は聞いてたか? 暫くは私達が牧場の仕事手伝うぜ。元気出して。スライムも太って生きの良いのを森近くの草地から集めてくるからさ。なに、簡単なことさ。腕前は見せてあげただろ? ──キングを一撃だぜ?」
「ふう、だいたい分かっただ。おらの牛スライムを全部買ってくれて、牧場の壊れたところも修繕してくれるだな?」
「おじさん、盛るねえ。アリムルウネ、どうする?」
「この街に暫く滞在しましようよ。もっとも、毎日スライム狩りに野山を駆けてもいいよ?」
──さすがアリムルゥネ。頭の切り替えが早い。
そうだな。俺も少し、のんびりするか──……ホントかなぁ?
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ここで一句。
どのグレート 目当ての黒と 混ざる白 (ライエン)




