03-005-01 俺君剣聖、八ヶ月夏。スラぶーの大冒険
今、俺君一行は東西に走る街道の途中にある、半ば要塞化した宿場街を前にしていた。俺達はこの街に立ち寄ろうとしているのだ。
北の郊外には一面の畑や牧場が見える。牛ややいの匂いが漂ってくる。農村が発達して宿場街、そして外敵から守るために守備を強固としたのであろう。
一方で、この街の南にある丘陵地帯には大蟻の住処が多く見られ、街のごく近くでも蟻の巣の塔が散見される。この街の人々は大蟻に痛い目に合わされているらしい。
だからこの街には『蟻殺し』と号する傭兵めいた専門職の集団がいるそうだ。強固な蟻の皮で作ったキチン質の硬い革鎧を身につけているのが特徴だ。彼らは一般の冒険者とは違い、蟻殺しだけでギルドを作っており、彼らだけで共有される蟻と蟻の巣に関する情報がある。例えば巣の場所、深さ、遭遇しやすい獣道、巣の中で作られる滋養成分、蜜や食用キノコの採取場所などである。
蟻殺しギルドではこうして大蟻を討伐し、採取、加工、販売など情報や副産物などを売ることで生計を成し、彼らは生活している……そうだ。
え? 俺君の知識?
──残念、全てダークエルフのルシアの知識でした! あ、今ルシアは念のためエルフに変装しているよ?
ともあれ俺達は街道を西に行く。目の前に見えていた畑や牧場、街をぐるりと囲むやや低めの石壁が見えてきた。
そして泥作りの何本もの尖塔が、街道の南の丘陵地帯である荒地に立っている、嫌でも目立つ自然の造形と言えよう。
「見ろよ。何本もの土の塔が南に見えるだろ?」
「うん。でも、なにあれ」
「ぎゃー! (あれは大蟻の巣だ! 南のステップで見た事がある! 絶対近づくなよ? 絶対近づくな、とは絶対行け、と言う事じゃないからな!? 勝手に判断するなよ!? 相手は蟲、ヒューマンとは考え方から行動様式まで何から何まで違うからな!? 死にたくなければ近づくな!)」
「──あれは大蟻の巣……って。ライエン様、お締めですか?」
「ち、が、う!」
「えーと。濡れてませんね。ミルクです?」
「なんだ、ミルクかよ。全く食いしん坊だなライエン様は」
街を前にして、弟子達二人は騒ぎ始めた。
そして俺はルシアを見る。
「かもね」ルシアがスポットスライムのスラぶーを手にしようと、猫のように跳ねていた。
スラぶーも素早いが、ルシアのほうが数倍素早い。
ロバのロシナンに革紐で繋いでいた白黒スライムのスラぶーが、擦り切れ緩んだ紐から抜け出そうとする。
しかしルシアは今、草原に潜む潜む肉食獣の目。
あれよあれよと言う間に、ルシアはスラぶーを捉まえた。
──と、俺はその瞬間をさらに見た。
俺様の目が飛び出しそうにまん丸、そして目が飛び出すほど大きくなる!
──そう。
なんとスラぶーがルシアの一瞬の隙をつき、ポロンとルシアの胸を蹴り、クッションの反動を得、プヨンと加速度のついた体で石畳を蹴って街道の北へ猛然と躍り出たのである。
白黒模様のスライムはあっという間に北、森を遠目に見る草地に転げ出たのだ。
「あー! スラぶー逃げた!」アリムルゥネが叫び、
「分かってる!」ルシアが黙らせる。
街の郊外まで近づいたとき、スラぶーは素早いジャンプ移動で、瞬く間に餌場、近くの牧場へ入っていった。ルシアやアリムルゥネが連れ戻そうと躍起になって風のように走っていったが、スラぶーは一足速く、牧場の柵を高々とジャンプ! 囲いの中に逃げ込んだ。
──その柵の中を見て弟子達は固まった。なんと、牧場で飼われていたのは全てスラぶーと同じ種、スポットスライムだったのである。飼われていた何十匹ものスポットスライムに混じったスラぶーは、どの個体がスラぶーだったのか全く区別がつかない。柵で囲まれた牧場の入り口でアリムルゥネとルシアは突然の事に呆然と立ち尽くした。
「やるじゃない、スラぶー。考えたわね」
「単なる単細胞生物と見て甘く見たぜ」
「単細胞ってなに?」
「お前みたいな脳筋のことさ。──アリムルゥネ」
「……」
──二人の動揺は否応でも俺に伝わった。
「ぎゃあ!(おい、ここはスポットスライムの養殖場か?)」
「ふう」と、大きく溜息をつくアリムルゥネ。「お師様の催促ね」
ロバのロシナンに寄るルシア。
「ライエン様、今にアリムルゥネがスラぶーを連れてくるからな?」
「え? わたし?」
「もちろん。じゃ、任せた」とばかりにルシアがロシナンの背から革紐を取り出し、アリムルゥネに投げる。
「えー」と低い声。心底嫌がっている証拠と見た。
「ぎゃー!(どちらを向いてもスポットスライム、スラぶーはどこだ?)」
「そうですね。私がスラぶーを取ってこないと、お師様のミルクがありませんからね! はあ仕方ない、仕方ない、一つ呼んではお師様のため、二つ呼んでは姉妹弟子のため、三つ呼んでは両親のため、四つ呼んでは兄弟のため、五つつ呼んでは自分のタメ♪」
「歌ってないで早く行けよ」
「はいはい、全くルシアは人使いが荒いです」
紐を受け取ったアリムルゥネは俺を背負って牧場に急いだ。
牧場に着いたアリムルゥネは困惑する。
そこには沢山のスポットスライムがおり、クローバーなどの牧草を食んでいたのだ。
右も左もどいつもこいつも、スラぶーにしか見えなかった。
間違い探しの洗礼をあび、スラぶー特有の黒白模様はどうだったっけ? と頭を捻って思い出そうとするも、他のスライムと見分けがつかないとアリムルゥネが大声を上げ、アリムルゥネに寄ってきたルシアも喚いた。!
「分からないです~」
「こりゃ大変だ。同情するぜアリムルゥネ」
「スラぶーの捕獲を手伝ってくれても?」
「いや、久々に右目の邪気眼が痛み出してな……」
「都合のいい事!」
と、アリムルゥネはルシアに噛み付いた。
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と、ここで一句。
木を隠すは森の中、猫隠すは 招き猫の山 (散文 ライエン)




