03-003-01 俺君剣聖、七ヶ月夏。旅商人に出会う。
北に森、南に荒地の丘が連なる街道を西に進む俺達三人と二匹。
先頭のスポットスライムのスラぶーは、ポヨンポヨンとアリムルゥネを急かすように右へ左へ時々揺らぎながら、前へ前へと進んでいる。アリムルゥネの背には俺が背負い紐でおんぶされていた。
「だーだー(そら行け弟子よ、東の温泉は諦めるから、俺君まだ見ぬ西の土地でまずは温泉を探すが良い!)」
「あー、お師様。ミルクですか?」
──ち・が・う!
アリムルゥネは神速の速さでピョンピョン跳ねていたスラぶーを捕まえる。アリムルゥネの神速が俺にかける重力加速度。おかげで俺の首はカクンカクンと振り回された。
「おぇっぷ」
俺がゲップをする頃には、カクンと折れた俺の首を無視し、アリムルゥネは哺乳瓶を出してスラぶーからミルクを絞っている。
──そして程なく、その哺乳瓶は俺に渡され、んぐんぐと俺君はミルクを飲み始めたのである。
ルシアが寄って来る。
「この先から私の邪気眼を恐れもせず、堂々と道の真ん中を通って人が来る。風の精霊によると、旅商人みたいだ」
アリムルゥネは見る。
それは道の向こう、遥かな向こうの黒い点であった。
「──どうするアリムルゥネ。どうする? 先制攻撃する? あの程度、あっさり制圧できそうなものだけど」
──いきなりグーでパンチとはどうしてだッ! どうしてそうなるルシア!
「何人かいるみたいだけど。雑多な装備から見て、彼らは商人の護衛かも。──わたし達の敵じゃないと思う」
──おいおい、アリムルゥネ、お前も脳筋か!
二人は制圧方法を話し出した。このまま行くと、俺君七ヶ月にて賞金首。
「ぎゃー! (い・や・だ!)」
俺の叫びに弟子二人の視線が集まる。
「ま、あの程度私たちの敵じゃない」
「そうね。全力も出さなくて良いかも」
──おいおい。進む、進むよ襲撃計画が。
そして動くルシア。ああ、イヤリングのおかげだ。一瞬でイヤリングからルシアの全身に赤き魔力が駆け巡り、ルシアの褐色の肌が真白に染まる。
「──準備はいいぜ。アリムルゥネ」
「一手間ありがとう、ルシア。これで心置きなくぶちのめせる」
こちらがこんな物騒な相談をしているとは夢にも思わないだろう。
二頭牽きの幌つき馬車が一両、四人の護衛に守られながらこちらに近づいてくる。
「よーし、来るぜライエン様。今度はちびるなよ?」
「ぎゃー!(誰がちびるか、バカ弟子が!)」
「ライエン様、これから戦闘に入りますよ!」
──ええと、あの商人なにを持っているかな。サイズ自在の魔法の腕輪や足輪は無いだろうか。指輪も欲しいが、いつもベロベロ舐めていそうで、歯並びもガタガタになりちょっと嫌だ。ネックレスも捨てがたいが、おんぶされる俺はともかく、おんぶする弟子二人の立場に成ればNGだ。ネックレスが背中に当たって、弟子達の背中も痛くなるはず。うんうん、魔法の装身具……イイネ!
──言い値かも。……ぼられない様にしよう。
「では、ルシアが先制攻撃します。乱戦の可能性もかなり高いので、ルシアが吹き飛ばした後の覚悟だけはしておいてください!」
アリムルゥネが笑顔で俺に。
「ぎゃ? (え?)」
──と、俺は耳を疑った。
「ぎょ? (なんだって?)」
「輝けろ邪気眼、弾けろ魔力! 銀の邪眼の名に懸けて、敵を薙ぎ払え!」
──俺はルシアの溜めに溜めた赤い魔力がルシアの銀の右目に収束する流れを見る!
「ぎょ、(ルシアダメーーーーーーーーー!)」
「食らえ、でたらめビーーーーーーーーム!」
──そして目測で御互いの配置が望めるようになった、その時だった。
俺の声など無視してルシアの右目から放たれる必殺光線! 俺の目にしたルシアの魔力は白く輝き銀の瞳に収束する。
ルシアの右目から放たれた光線はルシアのビームが北側の森と草むらとの境の下ばえに向けて着弾。轟音を上げて炸裂し、草むらと土壌を次々と抉り飛ばす。
──「ギョ! (襲撃!! 民間人を襲撃かよ! 俺君ちびる一歩前! 勘弁してくれ!!)」
ルシアはガッツポーズ!
こんな所で民間人と戦闘。そして御尋ね者。冗談じゃない!!
おいルシア! どうしてくれるんだ!! 俺君惨事の予感に戦慄す。
──だが。
それは皆に迫っていた脅威、森から街道に走り出ようとした五六体のオーガー《人食い鬼》の群れへの足元を根こそぎ吹き飛ばしたのだった。
「ぐおおおおおおぉ!」
「ぐぎぃい!?」
「がぁああ!」
おのおののオーガーが膝から先の下半身をメチャクチャにされて横たわる。両足が無事なオーガーは一匹としていなかった。
いちはやく異変に気づいた商人の護衛四人が地面に転がるオーガーに迫り、簡単な戦闘のあと一匹一匹倒してゆく。相手は移動手段を失ったオーガーだ。猫の手を捻るよりも簡単にオーガーは屠られてゆく。
──そして、戦闘は終わった。
俺様本心から安心する。全く、行商人を襲うのかと思った。
俺は胸を撫で下ろす。ルシアとアリムルゥネが狙った先は、この沸いて出たオーガーだったのか。
複数体の怪物相手に一撃で移動能力を奪った。
うむ、二人とも褒めてつかわす! 大勝利である。
「ふ……見たか私の邪気眼。私の銀の瞳は無敵だ」
「はいはい。大活躍だったね、ルシア」
「なに、造作も無い。フハハハハハ!」
肌が白いままのルシアと、俺を背負ったアリムルゥネに商人らが礼を述べに来る。
革揃えの服、それはもう立派な絹製のマントで身を包んだ壮年の男だ。
「手助け感謝する。あなた方がいなかったらオーガー六匹など、こちらが全滅していたかもしれん。ありがとう。これと言った御礼は出来ないが、私の商品を買ってくれるなら、かなりの割引をさせていただきたい。精一杯の感謝だ」
◇
西の大草原を越えてきたと言う旅商人と取引を行う。
俺達は銀貨や金貨でなく宝石と交換した。保存食、長いマント、そして俺のために弟子達が特別に買ってくれたもの。そして戦のドサクサで行方不明となっていた、とある砂漠と大河の王国の宮殿から数奇な運命を経てもたらされたと言う黄金の腕輪である。二人の弟子はそれを俺に買ってくれ、さっそく左手首にはめてくれたのだ。ずいぶんと大きな代物だったが、俺の左手首にはめた途端、俺の身に吸い付くようにフィットした。うん、俺……大満足!
「ぎゃー!(俺様満足、アリムルゥネ、ルシア、腕輪を買ってくれてありがとう!)」
「あー、お師様お締めかな」
「どうだろ。湿ってないぞ。ミルクかも」
俺の耳に二人の弟子の声は入らない。眼が金の腕輪から離れないのだ。おおお、凄い値打ちモノ! ……もっともお締めとするべく引き裂かれた君●の●衣と並ぶとも劣らない聖遺物。
──星々の腕輪。反射神経とそれに伴う筋力を倍にしてくれる腕輪である。弟子達の話によれば。家一軒買えるほどの宝石と交換したとか。しかしこの腕輪、それだけの物を差し出す価値はある。一時期、この腕輪を量産できるという世界の因果律を歪めた術が広まったが、ほんの一瞬で廃れた。世界を創造した大精霊は腕輪の魔力を危険視した、あるいはこの腕輪を新規に練成するためには、何よりその職人に次元と時空を超える勇気が必要だったためとか。真偽の事はわからない。だが一つ確かなのは、この『星々の腕輪』が伝説の代物である事だけである。
──俺君ヘブン! この弟子達を選んで最高だった。先ほどのオーガー狩りは見事! そして俺君へのプレゼントはサプライズ!
おおお、本当にありがとう、アリムルゥネにルシア。感謝するぜ!
星々の腕輪の有効利用について考える。
これを使った後の先の一閃は、誰の眼にも留まらず答えをもたらすはずだ。
もっとも、今の俺は剣をまだまだ触れないが。弟子達にいち早く危険を知らせる叫びは二倍早く届けることができるかもしれない;; ……トホホ。でもなくことは無いぞ俺。もう一つ、俺君に弟子達が買ってくれたものがあるじゃないか。
──それは……。
革張りに金銀であしらわれた、まるで王侯貴族御用達と銘うっても比肩しない明らかな値打ち本であった。
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ここで一句。
星々の腕輪 流星 満天に (字余り ライエン)




