03-002-01 俺君剣聖、六ヶ月夏。俺君西へ。乳歯が生えてきてヘヴン
その夏の日。
結局弟子達は森沿いになだらかな丘が幾つも続く、西へと繋ぐ街道を選んだようだった。残念。東に向かえば恐らく温泉なのに。
俺がいくら泣き叫ぼうと、弟子二人が選んだ道は変わらない。すまない温泉よ、また会おう。ああ温泉。
──じゃねぇ! 俺の温泉愛はそんなものじゃない! 温泉こそ至高、温泉こそ至誠、温泉こそ極楽、温泉こそ命! どうしてだよ弟子ども! どうして温泉を避ける!? おのれ、せめて文字が書ければ……ピコーン!
──文字? 文字だと!?
俺君今閃いた! 俺、天才かもしれない。
──そう、文字を書けは良いのである。
俺は手頃な棒を手に入れようと……草むらに敷かれたなめした革のマントの上、俺君は必殺の寝返りを打つ!
──コロ、ぐるん。……あ、元の姿勢に戻った。つ儀はもっと力を込めて。
──コロ、コロ、コロ──加速度つけて! 「だー!」
──ころり。よっしゃー! 俺様寝返り成功! ええと地面地面……細枝発見。これで地面に文字を書けば……。
俺はその枝の先を地面に……いや、口に持っていくんじゃなくて。
俺は地面に文字を……こら、口に持っていくな。
俺は地面に、ぐおお、地面だ、口じゃない。地・面・に・文・字・を!
「お師様、その枝は食べ物じゃありません。いま、スラぶーを捕まえてミルクを作りますからね」
──飯……。俺はアリムルゥネの一言に、既に呑まれつつあった押さえ切れない衝動『食欲』が全身を走る。
俺は三大欲求の一つ食欲に頭と体の全域を満たされたのである。
──
街道の三人と二匹の旅は西日を受けつつ、今日も野宿の準備に入る。俺はアリムルゥネの背中におんぶされている。
アリムルゥネとルシアの二人の弟子は、テキパキと寝床の準備から簡単な鳴子の設置、焚き火の準備までこなした。
今日は良く晴れていた。きっと夜には天上に煌く星々たちが輝くだろう。
俺はそんな事を思いつつ、西の空に沈みゆく、赤い赤き太陽を見続けるのであった。
なめした皮のマントの上にクッションが敷かれた。掛け布団は狼の毛皮を繋ぎ合わせたものである。
俺はアリムルゥネの背からクッション(野盗共から奪った布を洗濯して再利用したものだ!)の上に乗せられ、人一倍面白おかしく遊んでいる。
そう。
俺君六ヶ月は右に左にごろんごろんして遊んでいたのだ! ああ、ゴロンゴロン気持ち良い。背中の奥の痒いところに手が届く。
──ハッ!? 俺の冴えてるぜ豆球が点滅している! 俺は突然思い出した。遊んでいる場合ではない!
俺は地面に落ちていた枝をグーで握ると(そうじゃない、ペンの握り方は……ええい、まあいいや)、地面に文字を書き始めた。どやー! と見せたかったが、その文字ときたら。
俺のこの腕がぐるんぐるん動く。手首が文字を描けとカクカクするぜ! 見ていろ弟子ども! 例え俺の指の関節が変な角度で折れ曲がろうとも!
──どぅりゃあ! 乾坤一擲、見よ俺さまの運命を!
── そして悶えろ弟子たちよ! 俺の成長に涙するが良い!
──結果。
あら、どうした事でしょう。俺君剣聖の初めて書いた文字は──。
俺君の書いた(いや、描いたが正しい)文字は誰が見ても「甲骨文字」「ストリートペイント」「前衛芸術」なのだ!
……どやーーーーー! と、心の底から叫びたい。
今書かれた俺の書は、どう見ても百歩譲っても謎の象形文字。書いた本人も読めないわ! 読めるかバカヤロウ! ぐわんばれ俺! ううう、しくしく。泣・ク・ゾ!
──そんな訳が無くて。
ただの落書きだ今畜生! ぐぬぬ、指先まで鍛えなおさなければならないとは! 覚えてろ、指先一本腕立て伏せが出来るまで筋肉を鍛えてやるからな! ……まさかそこまで筋肉を苛め抜かねばならないとは。これが人のいう暗澹たる思い、道は未だ未だ険しい、ということだろう。
読み書きの道、恐るべし。俺は額に汗して、今日のところは未成熟の手指を許してやることにしたのである。
怒り狂う俺さまの頭。確か怒りを静めるには、沢山息を吸って、ずっと吐く息に注目して、息をするたび一つ二つと数えていけば心は自然と平穏に。怒りは雲散霧消して──! 俺君集中! 集中ったら集中!
──集中ーーーーーーー! 俺君集中ーーーーーーー!
一---------ーつ、ふたーーーーーーーーーーつ。
沈まれ、おれさまの魂よ! この程度で怒るとは、おれさまの修行が甘いと言う事。
うう、でも腹が立つ!
我慢、我慢だ俺!
--集中ーーーーーーー! みーーーーーーーーーーーつ!
心頭滅却すれば火も待た涼し!! 頑張るんだ……俺……。
「だぁああああああ!(集中ーーーーーーーーーーー!!」
「お師様?」
ぁ。アリム──! イケネ、声に出してた! 俺はふと我にかえる。
で、俺はというと。
──ぐるるる、ぶぶぶ、ぶぅ!
だが、アリムルゥネの声を聞いたその時の俺は本能に従い、正直にお腹を鳴らした。
──おならと共に。
フッ、自然現象だぜ。俺はすかさず、
「ぎゃー(飯くれ弟子ども!)」
と声を上げた。
「ん? お締めですか?」
「腹が減ったんだろ。寝起きに直ぐ飯が食える生活。……羨ましいぜ」
ルシア正解。アリムルゥネ間違い。
どうやら俺の声は未だに誰からも解読されていないらしい。
俺は何とか喋ろうと、舌で口腔内をぐるりぐるりと撫で回す──!
……ん?
んーーーーーーーーん? なんだか口の中が違和感。なんだろう。
「ぎゃー!(舌の先に感じる違和感、何ぞ!?) ぎゃー!」
アリムルゥネがクッションの上の俺の顔をまじまじと見る。
「あれ? お師様、上と下に白いもの……もしかしてこれって……歯だ! 歯が生えて来てる! と、言うことはお師様の入れ歯って、もういらないの!?」
「んー? お? ……本当だ。前歯が生えてら」
「お師様、入れ歯卒業おめでとうございます!」
「そうだな、ライエン様にさっそく固いもの食わせてみるか? ……きっと面白い事になるぜ」
今、ルシアの物騒な言葉が耳を打ったが、きっと気のせいだろうと俺は流した。
「未だ硬いものは無理ね」
──そうそう、未だ無理だとルシアにもっと言ってくれ。
「アボガドなんてどうだ?」
「しっかり煮込んで……いえ、未だ早いわよ。脂質があるんで、一歳から一歳半ないと。私たちで食べましょう」
「そっか、残念。私達で食べるか」
「ええ、でも種にはしっかり止めを刺すのを忘れないでね」
──アボガド。多数のバランスよい栄養素を持つが、中でもオレイン酸が豊富な実である。
芽が生え、双葉が開き、本場が開く頃には根っこを地面から引き抜き、より滋養分の多い土地へとさ迷い歩く。それだけではタダの野菜と五十歩百歩だが、時々赤い実をつけるモノがある。この種のアボガドは危険である。知らずに近づくと、たわわに実った果実を守るため、何本もの枝をムチのように使い襲ってくる。この枝の使い方はローパーなど何本もの触手を使ってくる怪物とにている。そのことから、赤アボガドはローパーと縁戚関係のある怪物と同視されがちであるが、東方のとある賢者によると違うそうだ。
アボガド類はあくまで野菜。一方でローパーはいずこから来たのかわからぬ──おそらく魔界から人知らぬ手段でやって来たか、邪悪な魔導師による無害な生物の魔改造が行われたのか──正しい起源は不明だ。
ルシアはアボガドの皮を剥き、種を取り出し始める。──自分達が食べるために。
──しかし、歯である。
感動モノだ。総入れ歯の俺君はもういない。新たな歯を持った剣聖ライエン様がここに再誕したのだ! ビバ乳歯! キタキタ俺君念願の若返りの実感! ブラボー!! 俺は泣いたね。男泣きに泣いた。
これで俺も……ううう、長かった。待ち望んだ。奇跡だった。神様観音様ありがとう!
これで暫くはリコピンの抗酸化作用に頼らなくてもいい! トマトを無理に食う必要も無い!
俺君が目を覚ましたら「やっぱり俺君剣聖八十八歳の入滅する前、垣間見た走馬灯でした」と言うオチは遠のいたのだ!
──だよね?
---
ここで一句。
風薫る デンタルケアの 心知る (字足らず ライエン)




