01-001-02 俺君剣聖、手に汗握り温泉に挑む
俺は息を呑む。拳に握る、生温い汗。
そして俺が湯船の端まで駆け、アリムルゥネの名を叫ぼうとした、その瞬間!
水面に変化が見えた。湯の下から右手が上がり、アリムルゥネの差し出す右手、グーに親指が上に立っている。
──「ぷはあ!」
俺はずぶ濡れの弟子の満面の笑みを見た。アリムルゥネの笑顔と合わせて、湯殿へのゴーサインである。
少し子供っぽい。こんな娘なのだ、アリムルゥネは。
だけど、斜め上から分析された、突飛な意見に俺達はずいぶんと助かっている。
「では、私も続くとしようか」
続くルシア。アリムルゥネと違い、そろりと音も立てずしずしずと湯に浸かり始める。そして見開かれるルシアの両目。
「この湯、凄い魔力を感じるな……なにか強力な魔法が掛かっているんじゃないのか?」
ルシアの赤目が輝いた。ルシアと彼女の魔法の才能の相性は凡人を遥かに超越している。
「でも、どのような魔法か、いまいち良くわからないわね……」
「お肌すべすべ~」掌と掌を擦り合わせながら年寄りじみた感想を漏らすアリムルゥネ。果たして聞いているのか、いないのか。
「精霊よ、え? あ、うふふ、そうなのかよ! あはは!コイツは傑作だ。ライエン様、実際自分では言ってみればわかるんだと。そうだな、そうしていただこう。老け込むには早すぎるぜライエン様。その一生がこんな中途半端で言い訳が無い。──私はそう思うぜ」
この泉から発せられる魔力にルシアは興味があるようだ。ルシアがアリムルゥネに耳打ちしている。ルシアの言葉にアリムルゥネは頬を朱に染めながら、一度二度と目が点になり、そして笑い出す。終いにはアリムルゥネはルシアに何度も首を前に振って見せていた。
「それイイ! わたしはルシアに賛成! だってわたし、お師様にもっと長生きしてもらいたいもの」
「そうそうそれそれ! そうだろ!? そうこなくっちゃ! で、何か起こったときは!?」
「心配ご無用、……ご無用よね?」とこそこそまたしても精霊さんとのヒソヒソ会話。
「おー! 大丈夫だって!」
「私も精霊の声を聞いた! ライエン様は大丈夫だ。いつでも用意できてるぜ!」
──「えへへ」「あはは」と笑うアリムルゥネとルシア。
二人の弟子は「どうぞ!」「さあ!」と湯船の中で俺の迎えを整えた。
──俺には精霊の声は聞こえない。
しかし二人の言う魔力の感じられる泉。岩石に幾つもの白と黒の筋。それはどんな魔力だろう。でも、先行して入浴した二人に極端な変化や異常はなさそうだ。アリムルゥネやルシアの笑顔。ここ暫くはあんな笑顔を見た事が無い。
──よーし。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、武器を脇においては湯船に近づいた。
アリムルウネとルシアの視線がギチリ、と俺に固定される。
そして続く、ルシアの含み笑いとアリムルゥネの興味津々な視線あり。
俺? 俺は枯れて久しいとはいえ、いざ混浴!
──ビバ! ブラボー!! 俺君、機嫌MAXなのだ! この状況でこれだけの感想しか思い浮かばないのは、先ほど二人が言っていたように、俺君八十八歳、といった高齢のためだろう。とわいえ、生涯現役、まだまだ若い! 冬虫夏草や猿の腰掛を求めるにもまだ早い!
「まあ、お師様もどうぞ!」
「ささ、ライエン様も早く浸れよ」
頭からずぶ濡れの二人に引きずりこまれるように、俺は手や足を掴まれ、あれよあれよと浴槽の中に頭までお湯に浸される。
──ざんぶ。と一波。ああ、心が洗われるようだ。うん、凄く気持ち良い。ずっと浸かっていたい……。ん? 俺は目を見開いた。左右を見る。ああ、お湯に浸かって目を開く事一瞬。
──こいつらは! ああ、後光が見える。ああ、ありがたや、ありがたや。
この二人は俺にとって、観音様の化身に違いない。しかも慈悲深き観音様が二柱も並んで拝めるとは。
ああ、白と黒。肌色が眩しい!
──おお、湯煙がしっかりと仕事をしている。
ああ、なんまいだブ、なんまいだブ。心身ともに若返る!
ありがたや、ありがたや。俺がこの秘湯で心身ともに命の洗濯をしていると。
──あれ? なんだか変だぞ? またも体がお湯に沈んでゆく! おい、なんだ!?
大きな掌が四つ、俺の頭に触れてきた。
俺は湯から頭一つ飛び出した。そしてまた沈む! 良心回路が悪意を感じたようだが、気のせいのようだ。
「どうしたの?」「湯煙でよく見えないんですけど!」
ほら、聞こえてくるのは二人の声。
だが、俺の体は沈む一方!
俺は手足をジタバタ動かした。
そうするうち、二人のどちらかの手が、俺の頭を掴む。
──ボゴリ。俺は息を吐いた。
一度は浮き上がった俺。大きく息をするも、直ぐにまた湯船の底へ。俺君ピンチ! え? ──嘘!
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ここで一句。
白き湯気 観音様の 輝く光 (ライエン)