02-004-02 俺君剣聖、五ヶ月。俺君、違いのわかる乳児
「そら、口開けろよライエン様 早くしろよ。スプーン持っている私が疲れるだろ!?」
で、俺がいつまでも口を閉じたままだから。──ルシアが切れた。こめかみがヒクヒクしている。
──ドガス! 口をこじ開けられた先、歯の無い歯茎に思いっきりスプーンをぶつけられた。カボチャの甘味などどこ吹く風、俺は突如沸き起こった激痛に「ぎゃーーーーーーーー!! うーーー! ぎゃーーーーーーーーーー!!」と、火がついたように泣く。
──これが泣かずにいられるか! 歯茎をゴリゴリと擦る痛みときたら!
ああ痛い。俺は口も裂けんと大口を開けては泣き叫ぶ。
しかし、これぞ好機と見たのか、ルシアは開きっぱなしの俺の口の中にスプーンを突っ込んだのである。
「こちとら美味しくご準備させていただいたんだ、さあ食えよ、存分に!」
「うんがぐ!?(お仕置きリストが手にあれば、まっさきに今日の事を書き付けておくのに! 命拾いしたな、ルシアよ)」
「それでどうなんだよライエン様。……美味いだろ!?」
──トロリ。カボチャ味の糊が、俺の舌の上に乗る。程よいぬくもりと、程よい甘み。俺は黙った。
と、それだけなら良かったが。
俺は己の本能の命ずるまま、
「んぺっ!」
──えへへ。弟子の行為を無にしてしまいましたとさ。
俺は吐き出し、アリムルゥネの背中を黄色に汚す。
それを見た弟子二人は、それぞれ残念そうな顔を見せてくれた。
「アリムルゥネ? 悪い、ライエン様が吐き出してまた拭く汚した」
「わたしの言った通りだったのよ。ルシア。賭けはわたしの勝ちね」
ペタンコ胸のエルフが誇らしげに両手を腰に当てる。
「アリムルゥネの勝ちかあ。もう一月程ってトコか? 離乳食を食い始めるまで」
「そうね、無理しても仕方ないわよ」
「こうして見ると、何度見てもライエン様小さいよな。まあ、五ヵ月ちょっとだし、こんなものか。……それよりも……ライエン様もそうだけど、アリムルゥネの胸も全く成長の兆しも無いような」
「……死にたいの?」と蒼い瞳がルシアを射、降参とばかりにルシアが銀貨一枚、アリムルゥネに向けて弾く。
そして彼女は見事キャッチ。「賭けに勝った、やったね!」とアリムルゥネ。
ちなみに背抱き紐に結わえられていた俺には被害なし。
白の弟子が言う。
「カボチャ、どうする?」
「ミルクと混ぜて、セロリや芹を浮かべ、スープにでもするか? 私たちも食べなきゃな!」
「ん、わかったルシア。今日はルシアの好みの味ね」
黒の弟子が、自分の好みも混ぜて白いエルフに微笑み、俺の前から粥を下げた。
──代わりに。
俺にあてがわれたのは、スラぶーのミルク哺乳瓶である。
「むー えぐえぐ」
俺にあてがわれたのは、人肌に温めたスラぶーのミルクが入った哺乳瓶である。
「……(ああ、美味い)」
俺は溜息をつく。そして食後のコーヒーのように、ゆっくりと食事を楽しんだのである。
……スライムミルク一品だけだがな!
──本物の味がわかる男。爆裂の剣聖ライエン。
ああ、あの頃のかっこよさはどこに。
──俺君。せめてステテコパンツが必要だったのであろうか。
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ここで一句。
客人や 香り漂う 夏来たる (ライエン)




