09-013-03 俺君剣聖、三才十ヶ月、巨大ダンジョンにて近接戦闘の弱みを痛感す!
ほのかに甘い香りのする土剥き出しの通路を進む。
この匂い、この場所に巣食う巨大アリの分泌する匂いだ。
──俺君? 俺君がこんな場所で今、なにをしているかって?
決まっている。俺君は、女神ナナン主催の宴を邪魔しに来た巨大アリに天誅を加えにきているのだッ! 狙うは密林都市クスライエンの広間に、突然現れた巨大アリ。俺君達はそのアリが開けた地下へと続く大穴より、俺君自身と弟子二人を加えた三人でこの巣に巣食う巨大アリの殲滅しに潜ろうとしているところである。
──そして俺君達は暗い穴へと歩を進めた。
松明と魔法の明かりが土壁の通路──ただのアリが掘り返した土の匂いの強い、むき出しの土の穴だ──を明るく照らし出していた。
──岩と岩を叩き合わせるような、ガチガチといった音がする。大アリが大顎を打ち合わせる音だ。
俺君の横をよぎる炎。松明が俺君の前に投げられる。
そして細い影が俺を追い越してゆく。
「どっせい!」と革鎧の妖精騎士が華麗に飛んで、ライトソードの刃をアリの関節に叩き込む。俺君達を押さえ込もうと動いていた黒い脚を、まとめて切り跳ばす。
金髪が流れる、黄金色の暴風。ライトソードが煌く。
俺君の弟子、『群狼の』アリムルゥネが額に眉を寄せ、光の剣の刃で次々とやってくる黒いアリを片っ端から溶断する。
ルシアの無詠唱魔法。マジックミサイルが大アリの頭を吹き飛ばし、壁になっていた大アリをまた一匹、沈黙させる。
──そして、つかの間の静寂。
俺君は見る。目に見えて倒れたアリが減った。ルシアが出鼻に放ったデスクラウドの効果範囲外に達したと思しき周囲。蠢く黒い外骨格が幾つも見える。
それまでは原形を留めた綺麗な巨大アリの死骸の回収を行いながら、通路──穴だ──を下りつつしばらくのことである。
それなりに回収を終え、死骸の山を越え進むと、土壁に生えたヒカリゴケがぼんやりと巣の中を照らし出している一角に出た。今回街の広場に開いた、新しいアリの道ではない。元々この地にあった古い──アリの巣の心臓部だ──今回の拡張前の巣の一角に出たのであろう。
俺君は一休憩したいところだが、集う残りのアリがそれを許さない。
「あー、アリだぞお師様。アリムルゥネ、ライエン様のカバーを頼む」ルシアが気が抜けた声を漏らす。
「心配ご無用!」とアリムルゥネの掛け声と共に、ライトソードの輝きが増す。
だが、今も目前に迫る巨大アリども。自分達の仲間がどうなろうと、ひたすら突進を繰り返してくる。
大顎が鳴る。顎から蟻酸がダラダラと滴り落ちていた。
──そう、まだまだアリどもが湧いて出てくるのだ、この巣では!
◇
──なおも俺君達のアリの巣踏破行は続く。
迫るのは今日、飽きるほど見た巨大アリだ。
と、俺君の眼前に巨大アリ。
そいつは脚を全て地につけていて──俺君のチャンスだ!
「えい!」俺君はジャンプして大蟻の眉間を狙いに行ったが、未だお子ちゃまの俺君が、剣技で活躍できるはずも無く。
俺君の一撃はあっさりと避けられ、後ろ首の襟を人外の動きで俺君の背後に迫ったアリムルゥネに物凄い力で掴まれて後方に投げ飛ばされる。
──おおお、おおおおお! 俺君、空を飛んでるし!?
一方の弟子、アリムルゥネはライトソードで働きアリの首を刎ねていた。
──ズン。と、巨大ありはまた一体、地に伏したのである。
俺君達の前には、巨大アリが立ち塞がり、その都度戦闘を強いられた。
「うわわ、これ、いつまで続くんですかお師様! 次から次へとアリさんが湧いてきますぅ!」
「キリが無いぜ!」
うおおおおおお! いつまで続くんだこのアリの猛攻は!
ゴミ捨て場に、不幸な先人の遺品が転がっているかも、などと甘い思いもあったが、キリが無い。やはり幾らなんでも何事も一度では無理があるか。俺君は頭を切り替える。
俺君は戦局を一変させるべく、ルシアに魔法の詠唱を頼むことにした。
「アリムルゥネ、とりあえず猛攻を耐えろ! ルシア、この巣の探索を放棄する。お前の魔法ではこの巣の全貌が見えるんだろう?」「ああ、透視の魔法な? うん、見えてるぜ。広大だ」
「女王アリの居場所はわかるか?」
「通路を通らず、穴掘りの魔法で巣の壁をブチ破っていけばすぐだぜ」
ルシアが笑う。
アリムルゥネは非難する。「そんなショートカットがあるなら早く言ってよね!」と、またもアリの関節を切り飛ばしながら唾を飛ばす。
ルシアが赤い魔力を放出させる。
「早速いくぜ、大穴空けやぁ!」
──すごごごご!
通路の真中にドでかい穴が開く。
「続いてライト!」と、眩い光を放つ石ころが投げ入れられる。
下の部屋には卵が、エサ室が、キノコ栽培室が。そしてその下、松明を投げ入れた地の底には腹の巨大なアリが」
「あのデカさ、女王アリか!?」
「恐らくそうだ。一気に片付けろ、ルシア! 出番だ、あの一撃で敵を葬る魔法、なんだっけ。そう、デスクラウド、もう一度デスクラウドだ! ルシア、俺君の魔力を供給するから俺君の魔力も使え!」
──俺君は迷わない。
「デスクラウドを拡散させ、一気に巨大アリどもを片付けるんだ!」
俺君の呼びかけに、目を見開くルシア。
「初めからこうして置けばよかったな! でもいい思い切りだぜ、ライエン様! その案、悪くない」
ルシアの邪気眼、右目の銀の瞳が輝いた。俺君の魔力、赤い糸の魔力供給バイパスが開く。
「おおお、キタキタ来た! ライエン様の魔力がくるぜ! では食らえアリども、デスクラウド!!」
──ルシアの魔力が、俺君の助力を得て爆発する。
アリの巣が魔力の赤に一瞬染まり、目の前に押し寄せていた働きアリが全て崩れ落ちるのを最後に静寂。
先ほどのそれを越える沈黙が巣の中に訪れたのだった。
──崩れ落ち、ピクリとも動かぬ女王アリを見て思う。
俺君感謝する。
これは俺君一人の手柄じゃない。弟子二人がいてこその勝利だと。
──俺君がそんな事を思っていた矢先。
カタカタカタ、と小さく小刻みな音を聞く。
見れば、アリムルゥネが震えている。
「デスクラウド……何度見ても、慣れません」
「おおお、おおおお。ルシア頑張ったな」
と、ひざが笑う弟子君アリムルゥネと、その威力にただ感心する俺君だった。
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かの魔法 使い所は 選ぼうぜ (ライエン)




