01-001-01 俺君剣聖、温泉探索。今日も名刀片手に迷宮の中
──それは、とあるマッパーの娘から金貨六枚で買った、古びた地図の示した奥。前人未到の領域にあった。山深くに刻まれた入り口の、深度調査未探査の迷宮である。俺は二人の弟子を連れ、まだ見ぬ地底温泉を求めて迷宮に挑む事にした。入り口から暫くは壁も床も岩をくり貫いてあったが、やがてそれは知性ある者の手による構造物と思われる、明らかに人為的な構造物に変わり、壁や天井、床を覆うヒカリゴケを初めとするコケ類の急激な緑の繁茂に、俺はまだ見ぬ温泉に向けて、否応にも気分が高揚してきた。
真新しい革の匂いに、花の香りが混ざる。俺の視界にエキゾチックな横顔が見える。黒い肌のエルフ、右の目に黒い眼帯をしている、銀髪赤目、長い耳。そして肉感的な豊かな体が押し上げる黒光りする薄手の革鎧姿。彼女はルシアと言う。彼女らの言葉で、魅力溢れるもの、と言う意味らしい。
──ガキッ……。
俺は踏んだ物を見る。また骨だ。そしてその骨は、奥に向かいに従い、多くなっていた。
ガスが出ているのだろうか?
──それとも?
骨の事を考えつつ俺は歩く。
そして俺達は、漂う湿気、湯気の気配に行き着いた。
黒い肌のルシアが立ち止まる。
「さあ輝け妖精よ! 来たりて灯せ! 明かりよ! 光の精霊よ、出番だぜ!」
熱さを感じない火の玉二つが、精霊使いでもあるに呼ばれて宙に浮いている。それらが照らすのが、レンガ造りのこの部屋だ。床には湯溜まりがあり、その湯から爽やかな森林の匂いがする。苔だろうか、野草だろうか。湯溜まりの周りに多数の骨を覆った苔が、びっしりと広がる。
俺は石ころを投げてみる。
ぽちゃり。
──何も起きない。
そしてもう一人の弟子、アリムルゥネが「ふふん♪」と笑う。。
油で揚げた黄色の革鎧に白い肌、腰に提げた大小の剣。金髪碧眼の娘が石を投げた。白い街育ちのエルフか、痩せてツルペタの娘、アリムルゥネが俺を真似する。
「てい!」
ぽちゃ。
「じゃ、次は水切りの要領で……!」
振りかぶる。そして見事に円を描いて遠心力をかけた横投げ。石は湯気立ち上る水面を三回切って、湯に潜る。
──何も起きない。まただ。
「安全と思うか? ルシア。アリムルゥネ」
「大丈夫じゃないんですか? お師様」
「さすがアリムルゥネ。……でも、でもいつもいつも思うけど、アリムルゥネは危機感が無さ過ぎる」
「そう?」
「自分で気づけよ」ルシアの流し目、アリムルゥネはむくれた。
俺は二人に尋ねる。
「温泉=楽しむものだ。この世界に約束されたつかの間の憩い。しかも俺は世界中の温泉という温泉を求めてきた。この温泉だけ例外、とするわけにいくか! 入るぞ温泉、アリムルゥネ! ルシア!」
「お師様って入る気満々、でもその前にルシア、精霊に聞いてみようよ。あの温泉の精霊に」
「ああ賛成だ。さっそく精霊に聞いてみる。もし許されることなら、私も汗を流したく思っていたところだ」
ダークエルフがエルフと仲が悪いと、一体だれが決めた?
見るが言い、双方とも俺の弟子。大の仲良しさんなのだ。種族の違いなどと言うつまらない事で俺の弟子同士で争わせるなど、とんでもない!
ほら、彼女らはそれぞれ二人で喧嘩もせずに、俺に意見を差し出してくる。
──ふと、黒白二人のエルフの長い耳がぴくぴく動く。
蟻の触覚、蜜蜂の触覚のように、上下に揺れて、時折だらりと。そしてピンと伸びる両者の耳。
「あ、大丈夫」「うん、いけそうだ」などと弟子二人で盛り上がっていた。
「湯加減はほど良いものなんだろ? 温泉好きなライエン様としては、先ほどからお湯の事が気になってたまらないと言った風情だ。始めるか? アリムルゥネ」
「はい、お師様どうぞ」
「いい湯加減だとよ。そうだな、アリムルゥネ」
「え、ええ!? ……はい、わたしったら視線がお湯に釘付けです。ルシア、お師様、調べるまでもなく精霊さんは『よい湯加減』と言ってますよ。まして、毒などとんでもない!」
ルシアの後を、アリムルゥネが継ぐ。
「三人で入りましょう、ルシア。あ、お師様は心の臓が気になります。まずわたしたち二人で試してみますので、暫くお待ちを」
「アリムルゥネ。まずは私たちが先に入って実際に湯加減を見てみよう。あまりにお湯が熱いのならば、考えよう。その方がライエン様もご安心だろう」
おとなしげに二人は言葉を編んだ。
──でも。そうと決まり、大人しいのはここまでだ!!
「──ではさっそく!」
言うが早いかアリムルゥネが荷物を降ろし、腰のものは横に置き、
浴槽にダッシュのアリムルゥネ。思い切り助走して着の身着のまま跳び込んだ! ざんぶ、ドボンととお湯の飛沫が飛ぶと、ブクブクブク、と泡が続く。アリムルゥネの頭が一向に上がってこない。
──アリムルゥネ! もしや、怪我をしたのか!? それとも何者かの罠が!