09-012-04 俺君剣聖、 三才七ヶ月。都クスライエンの下水道清掃
剃刀一枚の隙間無く、積み上げくみ上げられた巨石だけで作られた下水道。
──凄い。
これが、ヒカリゴケの淡い明かりに浮かび上がる地下水道を見た俺君の第一印象だ。
近くで、遠くで。ネズミと蝙蝠の鳴き声がする。
そう、この下水道には生き物の気配に満ちているのだ。
スラぶーの駆るシルバーゴーレム『大福六号』の肩に俺君はいる。
バシャバシャと歩む『大福六号』。その行く手には飛び上がる魚の群れ、牙も鋭い乱杭歯、赤い目をしたピラニアが久しぶりの獲物かと水面を飛び跳ねたかとおもうと、水中に消えていく。
そして、その目は赤く、体は白い。
まさかとは思うが、吸血魚?
──コイツら全部、吸血鬼? ってことは、討伐対象!
俺君は天井を仰ぐ。
キリがない、キリが無さ過ぎる。だが俺君一呼吸、気持ちを落ち着けて次の行動を決める。
「アリムルゥネ、ルシア! 網だ網! 網を仕掛けて全滅させるぞ! 追い込み漁だ!」
赤い瞳のネズミが跳ねる、同じく赤い目、牙の長い蝙蝠が舞う。
「焼き尽くせ、ファイヤーボール!」
ルシアのアゾット剣の先から火球が飛んで、大爆発。
負の生命力により、奥で目玉だけ赤く光らせていた小動物の成れの果て共が粉々に砕け散った。
通路に煤けて煙る、それらの残骸。焼けて焦げる、腐肉の匂い。
「おおお、おいルシア、魚は追い込み漁……」
「ライエン様、事前準備は大事だぜ。吸血鬼化しているのはネズミもコウモリも同じだからな」
「魚の前に前菜か?」
「そうだぜ、メインディッシュは魚だ」
「お、おおう」
──まだ小動物の声がする。
「と、言うわけで……ファイヤーボール!」
ルシアの魔法。それは下水道の先で炸裂した。炎に浮かび上がる、ネズミとコウモリの影。
そんな物を横目に見ながら、俺君はアリムルゥネに網の端を持たせ、と『大福六号』の力を借りながら、割りと目の細かい網を水路の幅に余裕を持たせた長さで張ってゆく。
網の中ほどでピシャピシャ飛び上がる乱杭歯の魚達。白い魚影がいくつも見える。
「お、重いです、お師様」
網の一端を持つアリムルゥネが泣き言をあげる。
「ルシア、魔法で何とか……」
俺君は背後のルシアを見る。
ルシアは既に魔力を編んでいた。
彼女の手から赤く糸のような魔力が網全体を包む。
すると、みるみるうちに弟子アリムルゥネの顔から血の気が失せていく。力んでいた赤ら顔が、やがて穏やかな表情に変わっていったのだ。
そして、捕えた魚の数はそのままに、俺君とアリムルゥネの引く網が軽くなる。
「ルシア、ありがとう」
「なんの!」
弟子君たちのやり取り。ああ、俺君は今回もこの二人に助けられているようだ。
それにしても、それぞれの弟子君二人の仲が良くてよかった。
しかし、吸血魚? 食べようとも思わない。白い腐った皮膚とヒレ。
赤い瞳と黄ばんだ眼の周り。
時々高く跳ねた吸血魚が網を越えて『大福六号』やアリムルゥネを襲う。
俺君は『大福六号』の肩から魔力の矢を撃ちまくる。
そうとも。マジックミサイルだ!
綺麗に魔法誘導されていて、命中率が悪かったのも以前の話。
俺君の魔法の矢は的確に吸血魚を撃ち抜いていったのである。
アリムルウネも光の剣を射撃モードにセットする。
迸る光条は、網から脱しようとする吸血魚の数を見事に減らしていた。
「お魚、食べられそうにありませんね」
「腐肉だ」
「え?」と、俺君の声に首を傾げるアリムルゥネ。
「腐ってるの」
「腐ってる? 生ゴミ?」
「それはちょっと言いすぎだ。でも、コイツらは既に腐っていて、食べられないんだッ! 美味しい魚料理、と言うわけにはいかないんだよッ!」
途端にヤル気をなくしたアリムルゥネ。
弱まったのは弟子が網を引っ張る力。
「おいアリムルゥネ! 気を抜くな!」
「えー。はいです」
明らかな不満顔。腹ペコ病患者には怪物に対する俺君の説明が、大きくヤル気を削いだに違いない。だから俺君は──。
「アリムルゥネ、この仕事が終わったら、女神ナナンからピーナッツ豆腐とゴマ豆腐をご馳走してもらおうな!」
弟子の垂れた長い耳がピコンと直立する。
そしてその目に生気が、肌は朱に染まり、網を引く手に力がこもる!
「はい了解です、お師様! 早く特製お豆腐が食べたいです!」
目を輝かせるアリムルゥネ。
そして、赤く濁った目の吸血魚。
生者と腐った死体の最大の違いであろう。
そうとも。
弟子、アリムルゥネの力は生の喜び、つまり生きることの喜びを再確認したに違いないのだッ!
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ここで一句。
魚さん 食べられぬと知り ヤル気ゼロ (ライエン)




