02-003-01 俺君剣聖、四ヶ月。寝返りを覚える
街道沿いから少し森の中に入った場所にある、ルシアが精霊に聞いた木こり小屋。
だれも居ない、あばら家だ。
そこに俺達は一夜の宿を借りている。
ルシアが盗賊たちのボロを魔法で洗濯し、綿を詰めてふんわりクッションを造ってくれた。匂いはなぜかフローラル。恐らく魔法の、ちょっと豪華な簡易寝台である。
そしてもちろん、俺が寝入る時には、必ずアリムルゥネかルシアが添い寝をしてくれるはずだ。
俺君剣聖、四ヵ月。俺はクッションのあまりの気持ちの良さに、右へグルりん、白きアリムルゥネよ、こんばんわ。左へグルりん、黒きルシアよ、こんばんわ。って、ルシアは居ない。別室か。
と、言うよりも!
うおおおおお! やったぜ俺君レベルアップー! たららったらったー! ライエンはレベルが上がった、ついに寝返りのスキルを覚えた!
果報は寝て待て。俺様また寝る……。
俺君眠るって……ランラン、ランラン、嬉しさで俺君、らん、らんらら らんらんらん、らん、らんらららん。
──ぐおお、緑色をした巨大な体躯の蟲が! ああ、ヒューマンに敵対的な異世界起源種が! ああ、化け物が無数の赤い目が列をして突進してくる! うおおおおおおお! 怖いよチビるよ、だが俺も剣聖! この世界の運命を握るもの! 掛かって来い! 俺の名はライエン! 剣聖ライエンだ!
「ぎゃおう!(敵!)」
俺は目をバッチリ開けて、額を流れる汗を感じる。
──はあ、はあ、はあ。呼吸が荒い。
呼吸が荒い、といえば俺の隣。添い寝をしてくれているアリムルゥネ。
「スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー、スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー」
相変わらずの謎呼吸。俺様はこれが「気」の練法の極意を含んでいると目星を利かせているのだが。
このアリムルゥネ、隙だらけの様子を見せながらも、俺が知りたい秘伝や奥義の類は一切見せてくれない。
──ケチである! ああ、俺はお締め一貫でお前と勝負しているのに! 奥義の一つや二つ教えろ弟子よ。
ううう、色々悔しくて涙が出てくる。
とはいえ。
ま、いいか。もう一度寝よ。だけど夢の続きだけはかんべんな。俺様の瞼が降りて、俺は眠くなーる、眠くなーる、眠……。
「スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー、スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ぎゃー!(眠れねえ!)」
不満だ。なんとも言いがたい不安と不満がよぎる。
いや、アリムルゥネのせいじゃない。全ては剣聖を名乗りつつ、無我の境地を、剣の極意を今だ極めぬ俺様の不出来が現れていること! せっかくの機会だ。俺もその呼吸──。
「スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー、スーーーー、ハーーーーーーーーーーーーーーーー」
──うるせぇよ!
方針転換! アリムルゥネを起こしてやる!
俺は必殺技の「寝返り」を行った。アリムルゥネの方を剥き、泣いてやるのだ。
……ころん。
「……ううう! ぎゃー! (起きているのが俺君一人じゃ面白くない!) ぎゃー!」
「──うう?」
アリムルゥネの瞼が僅かに動く。
「ぎゃー! (練気の奥義教えろ)」
「ぬ!」と、彼女はカッツと目を見開き!
アリムルゥネが飛び起きた。掛け布団が吹き飛び、緑のチュニックの裾が舞う。その手には短い金属の棒、素早く抜刀、ライトソードが握られピンクのスタンモードで刃を生やす。
──一瞬で覚醒したアリムルゥネがこぼす。
「ん? ん? 刺客ではない……とすると、お締めですか? それともミルク?」
「ぎゃー!(お締め違う!)」
アリムルゥネの手がお包みまで伸びてきて、首を振る彼女。
「ミルクか……ルシアに替わりますね。お師様はクッションの上で楽にされていてください」
ううう、俺君剣聖、四ヵ月。涙を流す。偶然とはいえ、アリムルゥネに意思が通じたからだ。
あうあう、弟子たちには感謝をしないと。二人交代交代で俺の面倒を見ていてくれる。
あまりのありがたさに泣けてくるのだ。「天上天我唯我独尊!」
「うわ、お師様いきなりなんですか」
「ぎゃー! (俺の言葉通じろ!)」
「ああ。温泉に入ってませんからね。禁断症状でしょうか。温泉って依存性ありますからね~」
「ぎゃー! (ヤクじゃあるまいに、禁断症状なんてあるものか!」
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ここで一句。
俺は温泉が好きだ。三度の飯よりも好きだ。最も今はミルク生活だけれども。
温泉は最高だ。浸かるたび、疲れた体、筋肉、神経、リンパ、骨、自律神経を直してくれる。物によっては切り傷も!
温泉は最高だ。ビバ、温泉! ビバ、テロマエ!! 温泉よ、全ての命と共に栄えあれ!!
(散文詩 ライエン)




