02-002-01 俺君剣聖、野盗を哀れ見る
戦い終わってお締めをしめて。はい バッチリ赤子の出来上がり。「ぎゃー!(涙;;」
二人の弟子が、スタンで麻痺していた野盗の痺れが抜けるのを見計らい、彼らに近づく。
一方は神々のごとき美しい顔と体の黄金率、また一方は──こちらがより強烈だ──黒い肌を取り戻したルシアの麗貌と、そのまるで猫族特有のしなやかでふくよかな姿態。それら地上のものとは思えない輝きを見せつけながら、彼女らは近づいた。
今だ縛られたままの野盗が喉に唾を飲み込み、絶句様子が見るだけでわかる。
「……ダークエルフだ……」
「殺される、殺されるぞ! いやだ俺は! 逃がしてくれ、俺だけでも逃がしてくれ、金はある、金貨十枚だ!」
「お。俺は十二枚!」
「ずるいぞお前ら! 俺こそ助けてくれ、命ばかりは! 頼む、故郷に妹がいるんだ!」
メリスがアゾットで手近な盗賊の鼻の先をなぞる。
たらり、流れる赤い糸。
「……ひい!? 助けて」
「どうする、アリムルゥネ。神への捧げものにする?」
「え? わたしが決めるの決めちゃうの? いつもどおりルシアが決めちゃってよ」
──白いエルフが自分達の事を『好きにして』と吐き捨てる。盗賊たちの顔は真っ青からさらに血の気が引いて白くなった。
「暗黒神への生贄なんて冗談だろ!?ウルフ●●トの伝説どおり、暗黒神への貢物は大人一人がやっとの事で一抱えできるような、瓶一杯の酒に変えてくれ!」
「ゴブリンやコボルドに仕える奴隷行き!? 冗談だよな!?」
これである。ダークエルフとは恐怖の化身と恐れられているのだ。
そんな種族を目にした野盗は、口やかましく、われ先にとそれぞれ喚き始める。
──敗残の脱走兵の成れの果て。いまや命乞いの集団だった。
ルシアは最初の野盗に興味を失う。そして立ち上がり、短剣の先を野盗に向けて一人、二人、と数えゆく。
「出せよ。今わたしは機嫌がいいんだ。金目の物を出すんだな。すると、ひょっとすると命があるかもしれないぜ」
ルシアがこう口にして始めて、野盗が自身を縛っていた縄の戒めがない事を知る。
緊張のあまり、縄が解かれた事に気づいていなかったのだろう。
「ひええ!?」
何も代価を出さずに起き上がり、逃げ出し野盗がいた。
「アリムルゥネ!」
「はいはーい!」今の野盗の動きを追っていた、彼女は土煙を上げて駆け追いすがる。
──ビームモード。
ビシュン! 空気を切り裂く音共に、オゾンを焼きながら桃色の直線上の力場が放たれ、野盗は「ぐっ!?」と胸に大きな風穴を開けた。野盗は倒れ、血の一滴も流さず、そのまま倒れる。そしてピクリとも動かなくなる。
──これらの全てを見ていた野盗の全員が、腰巻の内に挟んでいた宝石袋、首飾りのように何枚もの銅銭を穴に通していたもの、などなど、光物を全て投げ捨てるように地面に捨てる。
「もう構わないよな? おまえら、命があってよかったとは思わないか? ──もっとも、お仲間のうち何人かは間違った選択をしたようだがな。──どうでも良いから、早く決めろ。もしかすると因果が転び、助かるかもしれないぜ?」
底冷えするルシアの声。
野盗の一人がガクガクと震え始める。ルシアがアゾットの歯を赤き舌で舐めると、股の間から小水を漏らすものも出た。
──限界である。
「ひぃい、お助け!」
後は簡単であった。一人が帯紐も締めずに立ち上がれば、衣を脱いで走り出す。
そして、全員が続いた。その殆どが、下着だけの姿であった。
──剣聖ライエンの弟子、いや、二人のダークエルフが姿を変えて、人里に狩りに来ている──という噂が、流れるも、一風変わった噂の伝わり方をした。幾つものバリエーションに富んだ今回の野盗との小競り合いで広まったのは、剣聖ライエンは姿を現さず、おそらく高齢のため死去したものと扱われ、ライエンの実力に勝るとも劣らぬ過ぎ腕の弟子がダークエルフの奴隷をつれて旅をして回っているということである。そう。
一つ確かに言えることは『群狼』は群れて『群狼』のままであり、かつて魔王四天王を倒した『群狼』は『子連れ』──恐らくライエンとの子──母親になっていたという事である。
──噂って面白く、反面恐ろしいね!
「ぎゃー! (びびった……今度こそ本当に尿漏れだ。お締め換えてくれ!)
「ん? お師様なんですか? ああ、野盗の持ち物ですね? 気になります? それは気になりますよね、分不相応にも宝石なんて持っているんですもの。あ、お師様、銅銭を舐めるのはお止め下さい。──病気になっちゃうぞ! ってね、あはは!」
アリムルゥネよ、俺君のお締めを換えて……畜生、こいつもルシアも戦利品に目がねぇよ! って、う!?
──懺悔しよう。俺君、またも追加でアリムルゥネの背中で尿を漏らす。
俺様剣聖八十八歳、跳んで三ヵ月半の出来事である。……トホホ。
「ぎゃー! ぎゃー!(馬鹿弟子ども! 気づけ、お締めだコラ!)」
俺はアリムルゥネの背中で手足をバタバタ動かし、首をぐるんぐるんと回す。
俺君怒り心頭に来ていると、アリムルゥネが棒手裏剣二十本ほど見つけて喜んでいる。打ち合わせた音はちんちん鳴る青銅の響き。
「やりました、手裏剣です! こんなに一杯!」
アリムルゥネは喜んでいたが、突っ込ませてくれ。──お前、先ほど遠距離武器として古代の遺産? である敵にビーム兵器を使ってたよな!?
「アリムルゥネ。コイツらの背嚢にリンゴが三個入っていた。鮮度も上々。食うなら近日中に食えよ。あ、ライエン様にはまだ早いから。お前だけで食ってくれるか?」
と、アリムルゥネ。ルシアの言葉を受けて、途端に青い瞳が輝き出す。
「え? リンゴ? ……食べる!」と、言うが早いか真っ赤に熟れたリンゴを一個とって口に運ぶ。俺はリンゴの軌跡を目で追った。
──シャリ。噛んだ。
「美味しい!」
と言って、充分理解している事を口にしてくれる。ああ、俺も食いたい。
「お師様、歯も生えてないのですから。今はスラぶーのミルクで我慢してくださいね!」
植物の王様、蜜リンゴの実と厳選された家畜のミルク。
ああ、スラぶーのミルクもいいが、ルシアのも捨てがたい。まして、リンゴなど!
菩薩眼。俺は弟子二人にそれぞれ目を向ける。欲は修行の妨げなり。と、俺も師匠から教わったが、どうやらその真理は正しいようである。
そう思うに至った俺、三ヵ月半。涅槃は遠い……。
「ぎゃー! ぎゃー!! ……(リンゴ。リンゴ食いたい) ……てか、お前ら俺のお締め、いつ換えてくれるんだ? ……しくしく」
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ここで一句。
欲深き 放してくれぬ 業の空 (ライエン)




