09-010-05 俺君剣聖、 三才五ヶ月。はて。俺君はゴーレム屋さんだったのだろうか
『バー&イン 三本松』の一番奥まった席。
大公に三十体ものゴーレムを納入し、三人で一息ついていたところである。これで大公の持つストーンゴーレムは四十一体になったはずだ。
「それで、ライエン様は青銅をお求めに?」マドレス。ウェーブの腰まである黒く長い髪、目鼻立ちのしっかりした顔を特徴付ける緑の瞳。そしてアリムルゥネの腰ほどの背丈。
そんなマドレスの黒く長い髪が揺れた。
「だって、精錬所に行っても『鉄は無い!』って頑固なドワーフの親方が」俺君は愚痴る。
「近隣には銅と錫の鉱山があるんだろ? それで、その代わり近場にも交易路にも鉄鋼山もなければ砂鉄が取れるような山や川もない、と」
港湾都市レンクール。俺君はストーンゴーレム三十体の納品を終え、次の種類のゴーレムの制作意欲が湧いた。
俺君達が『バー&イン 三本松』の給仕娘兼用心棒ことレンクールの真珠、マドレスが俺君達に話しかけてくる。
大公の依頼の口利きをしている彼女にとっても、ストーンゴーレム『大福二号』改三十体の納入は喜ばしいことだったのだ。
「時々帝国本国の交易船が、鉄と真珠、もしくは、フカのヒレ、干しアワビ、干しタケノコ、などと交換に港に入ります。そういった時に鉄は入ってきますが何しろ焼け石に水。このレンクールでは鉄や鋼は幻の金属なんです」
マドレスが笑う。このレンクールは帝国初めての海外拠点なのだ。帝国がこの街を重視している証拠に、皇族である大公を街の太守に据えている。以来、現地民の赤い民と大金衝突もなく、むしろ友好的とも言える範囲でこの唯一の拠点レンクールを大きくしていたのである。
「あの、ライエン様はどんなゴーレムでも造れるんですか?」
「ええと──」俺君が言いかけるが、ルシアが俺の口にガバリと手を当て声を封じ、マドレスに答える。
「そこは秘密だぜ! いくら相手がマドレスでも答えられないなあ」
「ごめんね、そういうことなの。マドレスごめん!」と、アリムルゥネが胸の前で両手を合わせた。
◇
「──鉄、ですか」と、細い目をしてアリムルゥネ。
「帝国からの交易船が運んで来るのが全てだぜ。その使い道の大部分が量産された鍬や包丁だ。おっと、それに剣や槍の穂先、矢の矢じりの形でレンクールに入ってくる」耳が早いルシアの情報。まず間違いないだろう。
「ここ、レンクールで鉄を手に入れようとするのは無茶な話のようだな」俺君はルシアに意見を求める。
「やっと分かっていただけましたかライエン様」と、ダメ押しされた。
「赤い民や女神ナナンが鉄の事を知らないかな」そう。俺君達三人とちょっとだけ仲良しな現地の民、赤き民。
「ああ、あの集落の民、それにあの酒好き女神様なお子ちゃまか」ルシアの言葉に純白のトーガを黄金の帯留めで留めた黒髪碧眼な赤い肌の少女、女神様の姿が浮かぶ。
「何か知っているかもしれない」俺君は直感する。
「でも、あの女神様の住む廃棄都市、鉄製品らしきものは見当たらなかったぜ?」
「錆びて土になっていたのでは?」
「……そこまでボロかったか? あの都」
ルシアは天井を向いて思い出そうとしているようだ。
「建物や石畳、屋根の上まで、広葉樹や《つる》植物で覆われていましたよ。建築物よりも緑鮮やかな都でしたけど」
とはアリムルゥネの観察眼。
「──うーん。しばらく拠点を廃棄都市に移すか? ジャングルは誰もいないんだろ? 形ばかりの盟主に大公か赤い民の長を当てれば、帝国も文句言わないだろ」
「いいや、盟主はライエン様だな」
「俺君が盟主だと?」
「そうだよ。私らにあれこれ指図するのはライエン様一人で充分だぜ」とルシア。
「はい、お師様こそ相応しいと思います。剣の腕一本で切り開く冒険の先に自分の王国を得る。在野の剣聖に相応しい立身出世譚かと」とはアリムルゥネ。薬草学に精通したルシアやアリムルゥネがいれば、あのジャングルは宝の宝庫だろうし、手付かずの遺跡が見つかれば、一冒険できる。まあ、武者修行だな。そして所得品を赤い民へ売ったり譲ったりできれば、今後色々と便利だろう」
「──討伐命令が出たりしてな。ジャングルに無数のゴーレムを操る幼児がいるので、誰か助けてください、なーんてね!」
「まあ、本当にそうするとなると、本当に鉄が欲しくなるな。アイアンゴーレムはしばらく夢か」
「あはは! ライエン様。夢は大きく壮大に、な! あのさ、私思うんだけどライエン様。大公に邪魔されないように、赤い民にもストーンゴーレム『大福二号』改を四十体進呈しようぜ。以前のサンプルを含めて四十一体になるはずだ。おいそれと大公が赤い民を攻めようなどとは思わないように戦力を増強してやろう。同時に赤い民側にも、大公のいるこのレンクールに手出しが出来ないよう、念のため、強く言い含めて」
「あの青年隊長のキットがいる限り、レンクールを襲おうとは思えながな」
俺君は赤い民の集落、そこでであった若者の事を思い出していた。
──んー。いずれにせよ、もっとストーンゴーレム『大福二号』改を量産だ! なぜ『二号』改って?
それは一番コストパフォーマンスに優れ、使い勝手もいいからだ!
うん、これほどのゴーレムを量産できる俺君凄い、俺君偉い、俺君最高!
「さぁ行こう、レンクール北の石切り場へ!」俺君はテーブルの表面を叩くと気勢を上げる。俺君ヤル気爆発!
「あー、お師様、もう少しで食べ終わりますので待っていてはくださいませんか」
「そうだぜお師様、食事の最中に立ったり大声を上げるのはマナー違反だぜ」
──おおお、おおおおお。
俺君、弟子に厳重注意される。
ああ、どちらが師匠か弟子か分からないぞッ!
俺君は反省する。
「あー、マドレス! ピラフもう一皿!」と、突然アリムルゥネ。
「ロブスターも追加な!」と、当然のようにルシアが続く。
俺君は驚いた。
ま、まさかの追加注文。
──おおお、おおおおお。涙。
俺君は男泣きに泣いた。
そして。
「お前らの血の色は何色だ!」
俺君渾身の叫び。
俺君はルシアに小突かれる。
「先ほど注意したよなライエン様」
「そうですよ。これからなにをする、なにをなさるにしても、まずは腹ごしらえです!」
そして、アリムルゥネにまでデコピンを食らう。
おおおおお、おおお。
「俺君最強大天位、俺君は剣聖ライエン、人呼んで爆炎の剣聖だッ!」
俺君は半泣きで叫んだ。
──ドゴゥ!
うごば!? 俺君肝臓を打たれて『く』の字に折れる。
「静かにだぜ?」「そうですよ? 『め!』です!」
ああ、あああ。
うずくまる俺君。
二人の弟子の視線が生暖かい。
「お師様も何か食べます?」
と、アリムルゥネ。
──今頃かよッ! 俺君は涙した。
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ここで一句。
俺君は ゴーレム屋さんと 覚えられ (ライエン)




