02-001-02 俺様剣聖、乳児、三ヵ月半。爆裂、烈風! ……とやりたかった俺君の魔力解放
俺が一言。
「ぎゃー! (気をつけろ!)」
叫んだが、俺の意図に感づいてくれただろうか。叫びのニュアンスでわかるよね!
だが「え? 今頃お締め?」
と、アリムルゥネ。背負い紐を解こうとするアリムルゥネをルシアが左手で制し、足と手を止めさせる。
──嫌な予感。弟子たちも感づいたようだ。二人、戦士の顔で立ちつくす。
「どう見る? アリムルゥネ」
「幾人もの気配。何者かが集団でこちらへやって来てる。盗賊の鼻が言うの。私のかつての同業さんだって!」
盗賊出身アリムルゥネ。このことは、彼女の前半生と共にはっきりとしたことは知られていない。
追いはぎやスリで命を繋いでいたアリムルゥネにとって、今は亡き恩師との出会いは鮮烈だったようだ。
裏家業から足を洗い、師と共に剣の修行に打ち込んだ日々。
そんな至玉のような思い出を、アリムルゥネは持っている。
一方で、ルシアの目はまだ見ぬ敵を思って鋭くなった。
「ライエン様、今から弟子二人、戦闘準備に入るぜ」
ルシアは小剣を抜き放つ。
丘の向こうから走ってくる野盗の数、圧倒的な二十名。
こちらの人数を見、女だと侮り、ロバの荷物を見、お宝の香りを嗅ぎつけて!
──野盗が雄叫びを上げて駆けてくる!
アリムルゥネが大声を放つ。
「ここにおわすお方をどなたと心得る!」
ルシアが合わせた。
「恐れ多くも大天位、爆炎の剣聖ライエン様なるぞ! お前達、それを知っても剣を抜くか!」
野盗が笑う。後続のものも先頭集団に追いついてきたところだ。
数の絶対的優位を信じて疑わず、これから味わう事のできるあらゆる欲望に染まった顔々。
みな、元は澄み切っていたであろう瞳。だが、今では汚れきっていた。
「臆せぬとは! 悪事も突き詰めれば中々の人物のようじゃないか。お前達は進んで野盗の地位に落ちたのか! これを期に悔い改めい!」
ルシアが続ける。
「正義の刃を浴びたいと見える。ライエン様、この救い難き者どもに正道の一言を! うぐぐ、私の邪気眼の封印の第一の門が解かれそうだ。出来るだけ急いでくれ!」
ルシアの視線が背負い紐で固定された俺を見ていた。
──そう。ビシッと決めるルシア。
だが、肝心の野盗の皆さんの視線がどこにも定まらない。まさか背負い紐に結わえられ、担がれているとは思いもしまい!
「うー、だー! (え? ここで俺に振るの!?)」
アリムルゥネの背中から俺の声。
戦場に空っ風が吹く。仮想敵は一斉に白けた。そして声を合わせて笑いぬく。
「ぎゃはは! コイツは愉快だぜ、お締めをはめている剣聖様だとよ!」
「傑作だ、あはははは!」
──俺君剣聖三ヵ月半。人呼んで『爆炎の』剣聖。こんな侮辱は久しぶりだった。
「だー! (ええい、この狼藉者ども! 痛い目に合わないとわからないのか! アリムルゥネ、ルシア、少し懲らしめてやれ!)」
瞬時に切れる俺。だが、言葉の伝わらない事と言ったなら!
「ぎゃはははは!」
そうです。いつまでも笑われ続けるのです。
俺が密着するアリムルゥネの背中がさらに硬くなる。革鎧の上から筋肉の動きを感じる。
「では。お師様の言葉はありませんが、わたしには慈悲深きお師様の思いがわかります。この『群狼の』アリムルゥネ。お師様のために力を振るいます」
と、彼女はライトソードをスタンモードに。光の刃が物凄いエネルギーを撒き散らしながら直線を描く。野盗がちょっとだけ怯んだ。
「『群狼』の? ……エルフ……剣聖の弟子! エルフの女王から妖精騎士の位を授与され、長じてなお、剣の道を追い求め、今は剣聖ライエンに師事する剣鬼!」
「本物なのか!?」
「相手は立った二人、俺達は二十人だ」緑頭のモヒカンが喚く。肩パッドの鉄鋲がお日様を照り返す。
アリムルゥネ、右手の筒から伸びていた光の刃は投げ槍となってモヒカンのおでこに刺さり、その野盗はビクビク震えながら背中から倒れた。認め、探し、三人をロックオン。
肩筋から右に切り下ろし、返す刀で踏み込み驚く首を刎ね、背中に迫る気を見つけては、振り向いて脳天から切り下ろす。その誰もが電撃に打たれたように、筋肉を強張らせて崩れた。
「爆裂せよ! 炎の精よ、破壊の炎となりて敵を滅ぼせ! 火の玉!」
固まっていた野盗グループの中心での大爆発。ルシアの魔法である。爆発と爆炎に飲まれ、大地に沈む野盗が十人以上。
「に、逃げろ!」
誰が放ったか、その台詞。
「だー!(俺様の魔法だぞ!)」
キリキリ痛む頭、ルシアの使った呪文の魔力の流れを真似していく。レッツ、ラーニング!
いざ、その結果は!?
短くプニプニの手を「あばば、ぷげら」と振り回した俺の魔法は、
──プシュ……ポン! と可愛らしい音を立てて、手近な野盗の顔面に炸裂した。
「ぎゃ!」と倒れ顔を抑えて転げまわるその盗賊。
──成功だが、失敗。初回だという事を考えれば、大成功と言えよう。どう見ても魔力の制御に失敗している。
だが、こちらに魔法使いがいる事を知ると、転がり呻く仲間を見捨て、われ先にと逃げていく野盗たち。
生き残りを縛り上げてゆくアリムルゥネ。
「『群狼』? 『子連れの狼』の間違いじゃないのか!」脱兎のごとく一歩先を走りゆく、野盗の喚き声が聞こえる。
──俺剣聖、勝負の人数に入らない件。……トホホ。
「ぎゃー! ぎゃー!」
でも俺、頑張ったよね! 一応、一人半殺しにしたし。
まだ魔法使いと名乗れなくても、魔法が使えたし!
「お師様、そんなに怖かったのですか?」
「ライエン様、大丈夫か? あはは! 分かるぞ? ──その、漏らしな? ライエン様」
──なんだと!?
俺様剣聖、武者震いを臆したと間違えられる。──あるいは……ルシアの顔を、ちらり見る。
──笑ってた。
──漏らしてねぇよ!
感ずいてる、たぶん俺の心は読まれてる! でも、今の判断は誤りだ!
たぶん、たぶんだけど。そうだな、八分の一くらいの確率で!
「ね、『子連れの狼』もそう思うよな? なあアリムルゥネ! ロバのロシナンの背からライエン様のお締めを降ろしてくれよ!」
「ぎゃー!(漏らしてないって言ってるだろ!?)」
---
ここで一句。
活人剣 夢見て 旅立ちの春 (ライエン)




