02-001-01 俺様剣聖、弟子の魔力をなぞる
街道を北へと進む。
低木の緑が所々見える、幾つものなだらかな丘が見えてきた。
今日の俺君はルシアに背負い紐で背負われていた。
で、先ゆくアリムルゥネがとある緑、ちょっと深めな茂みに立ち寄ったとき。
──おおっとアリムルゥネ!
ちょうちんほどある、丸くて赤い花がアリムルゥネに頭から、上半身をパクンと飲み込まれるのを見た。
真っ赤な人食い花に食われた姉妹弟子を見、ルシアが「アリムルゥネ!」と叫びアゾット剣を鞘から出した。
「うひょ!? わたしをピンクが? それともグリーンが? って、わたし全身ベトベト、食べられてますけどーーーーーーー! ……食べられてますよね?」
「ライエン様、彼女の心配はご無用です。あの程度ではツルペタで硬いアリムルゥネは大してこたえてない。あんな花のお化けに襲われたとしても、毛ほどの痛みも感じるはずがない。それんなことより今から私は魔法を使うぞ? 茎を狙う。今から私はアゾット剣に魔力を通す。集中、収束、開放だ。真似してくれ。ラーニング、マネっこのチャンスだぞ?」
と、ルシアが背負う俺に告げてくる。彼女の手が舞う。
ルシアめ。俺の言葉を聞いていないフリをしやがって! 聞こえてるなら俺の話すことをもっと──。
俺は怒りを爆発させる。ルシアは俺の願望など風に巻いて、え? 先ほどの呼びかけはダメ元?! そうか、聞こえないフリではなく、……本当に俺の言葉は通じていない? そうなのか? と言う事は、先ほどの魔力云々はお察し? ああ、気のせいでも頭に体に教え込んでいく、英才教育の一環なのでしょうか。ルシアさん。
と、俺ががっくりしていると、ルシアの胸の奥から全身に力の筋が瞬時に巡る。
そして──集中──収束──。え? ルシアの魔力の脈動が俺にも見えた? ルシアの魔力は堰き止められて──。
「カムヒア! 風の精霊よ! 見事に舞い踊れ、風刃」
──開放! 俺の眼には小さな拳大の生き物、三体の妖精が見える。ルシアは妖精らを術のサポートに呼んだのか。わからない、わからないが、結果は直ぐに出た。
ルシアの放った真空刃はアリムルゥネが呑み込まれた花に続く茎を刈る。
「ぷはぁ!」
魔法で切断された赤い花の中から光剣が伸びる。アリムルゥネが花びらを裂いて出てきたのだ!
「ああ、びっくりした!」
いやいや、今の花に食われたのは痛恨のミスだろそれでも俺の弟子だろ!?
回避しろよ、いや、回避してくれよ!!
「ライエン様?」
ルシアの声が掛かる。そうだった。魔法だ! 今のルシアを俺はマネする。
集中──収束──俺君は魔力を掌が烈火のごとく熱くなるまで集めては、「だー!(開放! 食らえ、自己流ウィンドカッター!)」と、妖精を幻に見て敵に真空刃を放った。──つもりだった。が、出て行ったのは空気の拳。怪物の茎をポキポキバキリと折って、敵は萎れて動かなくなる。俺君? 俺君はゼイゼイと息をしているんだけど! 何か凄い大魔法だったな。妖精じゃなくて、別の何かが俺に味方してくれたぞ。
あれは妖精なんてものじゃない。あれはもっと上位存在……だろ? どうなんだ違うのかルシア!
「やったなライエン様。もっとも、ライエン様に敗北はありえないと事前に私のこの目が教えてくれたぜ!」
と、眼帯の下の右目が光る。
いや、そうではなくて。お前の邪気眼より今の俺君の透明な拳についてもっと詳しい説明をしてくれ。
ルシア、何言ってるんだ? ちんぷんかんぷんなんだけど。あの魔術の発動の仕方は結果オーライを通り過ぎて、もはや別のなにかのような気がするんだが……。
その後も俺は「ぎゃーぎゃー」騒ぎながら視線でルシアの姿を追ったが、全く相手にして貰えなかった。
ルシアの視線はもう一人のバカ弟子にある。
「アリムルゥネ、ヘマするから……そんなに汚して。私の開放されし右目が泣いているぞ」
あーあ、なんだか水飴でも体全体に塗りたくったような甘い香りのするドロドロに。
「やーん、ベトベト。ルシア、ご立派な胸を張ってドヤ顔する前に、この哀れなわたしのベトベトを魔法でどうにかならない?」
「ふ……世界を背負う邪眼とまで呼ばれたわたしにそんな詰まらぬ役を請うとは。全く手の掛かるやつだ、アリムルゥネ。そうだな、ここは私が寛大になろう。では私の魔法の真髄を見るが良い!」
「はいはいルシア。どうでもいいから早くしてくれない? お願いだからさ」
「むむむ」
と、ルシアはおでこを伝う冷や汗一滴、ちょっと理解不可能な事を呟きながらも、アリムルゥネに魔法をかける。
キラキラと光りながら、アリムルゥネの全身がきらめきに包まれて消えた。
見よ、ルシアの術を。髪と肌はすべすべ、服にも汚れは一切無い。
俺も何度もお世話になっている呪文、衣類と体を清潔にする呪文だ。ふと思う。この魔法もルシアお手製のものだろうか? そうだとすると、彼女こそ天才と言うものだろう。──直ぐに自分の楽しみに走る性格には難があるけれども。一方で彼女の邪気眼は本物だ。彼女の願いは好きに生きることらしい。そのためには腕っ節、剣の力も必要だというのが入門のときの彼女の言葉だった。そして今、俺の手に無い魔法という彼女の努力と才能の一片が知らされたというだけである。
再び俺をアリムルゥネが背負い紐を使いおんぶする。
半日ほど歩く、かろうじて道と判別できる森の中の細い獣道。そこは東西に走る太い街道と、今まで歩いてきた南へと続く太い道の交差するT字路となっていた。東西と南へ続く道は石で舗装してあった形跡がある。最近は手入れが行き届いていないのか、所々崩れていて凸凹している箇所が多数見受けられた。
ルシアとアリムルゥネは何ごとか話し合い、俺達は道無き──いや、森への獣道だ──北へ進路を取っていた。森の中の道なき道を下生えや蜘蛛の巣を切り払いながらの旅である。エルフ二人はともかく、ロバとスライムを連れての旅である。自然と脚は遅くなった。
先ほど戦った森特有の怪物に襲われたのは、二から三時間ほど前に通過した街道のT字路で、もとより舗装された街道など無い北へと向かった結果である。
俺はこのあたりの道を俺は詳しく知らない。というか、行った先のことは覚えている。
西への道が良く知らない道だ。一方の東の道へ森を迂回して道なりに北に進むと、おそらく遺跡地帯の広がる中に栄える都市があったはず。遺跡には造られた当時そのままに、温泉が湧いているところもある。俺としては、ぜひ温泉に向かって欲しい。てか、向かえ! 弟子よ。なぜあんな体験をしておいてまた懲りずに温泉にこだわるって? 温泉こそ人生だからだ。今な目に合わされても、俺は次なる温泉の選ぶ! ビバ温泉! 温泉カモン!! おい弟子ども忘れるな!? エルフの里の次は温泉だぞ? ……と、なればいいなぁ。
などと、俺がうつらうつらとアリムルゥネの背で舟をこいでいると。(さっきの独白は、うつらうつらなんだよ!)
緑の風が、毛皮と汗の匂いを運んでくる。
──俺の背に、冷たい嫌な背が流れた。
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ここで一句。
剣の道 極めるも 魔法が便利と 弟子を見る 幾たび巡った 花咲き巡る今 (散文 ライエン)




