01-005-02 俺君剣聖、三ヶ月半。紅白の梅の咲き誇る春。首が据わった俺君、修行の旅に出る
俺は魔力の放出を止め、ぐたりとなる。
──ああ、このレベルの魔法が俺君精一杯の大魔法か。……おお、眠。たっぷり合った魔力炉の中身が空っ空になった気分だ(どんな気分だ? いや、とにかくだるく、眠いんだ。分かれ、分かって欲しい)……って、説明するのって難しいな。
俺はそれでもロシナンを見続ける。動きが荷物の動きでガクガクであったロシナンは、荷物など積んでいないかのように足元の草を食み始める。俺の剛力の魔法は成功したようだ。良かった。
「ライエン様、巧くなったな。さすが、首が据わって何か変るのか?」
ルシアが俺の顔を覗き込む。
「まぁいいや。アリムルゥネ! 抱き紐でライエン様を背負ってくれるか?」
「わかった。ね、わたしの小鉄と小太刀、ロシナンに積んでもいい?」
「構わないけど。──そうね、ライトソードに勝る武器も防具も存在するわけが無い。ロシナンの背に括り付けておいて。落とす事の無いように」
と、俺はアリムルゥネの硬い背に背負い紐で固定され、味に違和感のするミルク満タンの哺乳瓶を口に咥えさせられ、ルシアの元へとやって来た。
──揺れる背中でも、哺乳瓶を落とさない俺君エライ!
とドヤ顔してみたが、誰か見ていなかった。残念。
それにしても、俺の目の前に見慣れない動物がいる。ロバである。力持ちで頑丈なのが素晴らしい、旅のお供に相応しい動物である。そして、白い肌にいくつもの黒いぶちを持つスポットスライムがいる。最弱に等しい生き物だが、ゼロ歳三ヶ月の俺には強敵だろう。
──と、思っていた時期もありました。
「お師様、今日からミルクはスポットスライムのブチぶーのミルクですよー!」
俺は哺乳瓶に入ったミルクを取り落とそうになる。お手玉して、手を伸ばす。スポリ! 哺乳瓶は元の俺の手の中に戻った。、いや、トリプルアクセルを決めた後のムーンサルトのウルトラCである。しかし、どうりで味が強烈に違うと思った。でも、JBスライムのブチぶー。こいつのミルクもいける。
「んぐんぐ(お・い・し・い・の・だ!)」
──でも、俺はとある不安に襲われた。スポットスライムのミルクなど飲んで、俺君はスライムに変ってしまわないのかと。なんでも、このあたりの地方だと、それが普通の習慣である寒村で行われている。風習らしい。今もこの風習を守り通しているのは、実行しているのは、ルシアの里と、里の周囲の村々だけにとどまっているようだ。
ルシアはアリムルゥネに力説する。 俺もアリムルゥネのペタンコ背におぶわれて聞いていた。
蟲の森の森人は、蟲の卵を譲ってもらって貴重な蛋白源にするらしい。そして、少なくともルシアの故郷では、スポットスライムのミルクを乳児に飲ませるのは普通のことだと。もう少し俺が大きくなれば、エルフの里に寄って、エルブンロイヤルゼリーを俺に与えるつもりでいるとも聞いた。
エルブンロイヤルゼリー。聞いた事がある。エルフの王族が食す滋養ある食べ物である。その味甘露、頬っぺたが落ちるほどの旨みを持つとも。
ルシアは耳飾をつけた。瞬時に肌の色が透き通るほど白くなる。自衛のためだ。ダークエルフとわかると、問答無用で喧嘩を売ってくるやからは少なくない。この装備は念のための品である。
「待たせたな、さあ行こうぜ。ライエン様、アリムルゥネ」
エルフのアリムルゥネが硬い革鎧をつけて頷く。彼女は俺様を背負い紐で背中に背負い、右手に刃を消したライトソードを握って歩く。歩くたびに俺の首はぐるんぐるん。そう。妖精騎士、《群狼の》アリムルゥネは前方の警戒である。
一方でルシアの握るは革の紐。ロシナンとスラぶーは彼女の手の中の内だ。
三人……いや、実質二人は道なき道を歩き出す。
──ルシアが口を開いた。
そう。
二人の話によると。
今まで俺が居た家……いや、屋敷は空き家だったらしい。造りもしっかりしていて、以前は貴族の別荘か何かだったようだ。
所々朽ちているのを、ルシアが魔法で補修し、家具は自前で簡素に造り、魔法で保存などの処置を施したものだったそうだ。
一般のヒューマンから見れば、凄まじく有用な大魔法の数々も、剣聖様(俺だ!)の弟子という肩書きには霞む。そう、俺君三ヵ月半、首が据わったばかりなのだ!
偉いぞ俺! よく耐えた、二人の弟子たちの横暴に。
コレで俺も……。
「ぎゃー! (あれ? 言葉が出ないよ? 言葉が)」
「む、お師様! あー、ミルクはもう要らないんですね?」と、ミルクを取り上げられた。
「だー……! (ち・が・う!)」
ルシアが笑う。そして光る彼女の邪気眼。俺君僅かな震えを感じ取る、アリムルゥネの背中。
──その意味は共謀か。はたまた俺の考えすぎなのか。
とあれ、また何か企んでるんだな、この弟子ども。
全く涙が出てくるぜ!
「ライエン様、早めに早めに野宿をするからな! そのつもりでいろよ? 少々足が遅くなるが、全てはライエン様のためだ。分かってくれよな」
「……うー(良くわからない……いや、忘れそうになるけども、俺が一番の足手まといか)」
──何も待遇が変わらないじゃねぇか! 俺君キレる。
でも、俺君剣聖八十八、煩悩は捨て去ったと思っていたが、二人の観音様のかたや福与か、かたや板。気になる。
アリムルゥネとルシアが交互に背負い合うのは俺様三月半その人だったりする。
──ああ、これが昔語りに言う高い高いの洗礼か(※ 違います)。
そうです。
大事なことは、俺君剣聖、三ヶ月半。
俺の首が据わった事を期に、二人の弟子と、ロバとスポットスライムを加えた五人が共に、(武者修行の?)旅に出た事実なのでした。
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ここで一句。
春よ来い 日差しが肌に 和む旅 (ライエン)




