09-002-05 俺君剣聖、二才九ヶ月。ロイヤルスイートにて
『バー&イン 三本松』
香ばしくも甘い香りが店内に漂う。
俺君達は豚肉と玉ねぎの炒め物を食べていた。
そう、俺君達が刈った玉ねぎである。
酒場娘、レンクールの真珠こと黒髪も艶やかなマドレスは、俺君達が持って帰って来た玉ねぎを見て驚いていた。栽培品と違い、野生の玉ねぎは香りが強く、かつ大振りである。一つ一つが大きいにも拘らず、旨みが強い。
そして野生のものは、自分達よりも小数の集団と見ると迷わず襲い掛かってくるとんでもない怪物だ。
──何がともあれ喜び一杯のマドレスは、
「今夜は玉ねぎ調理をご馳走しますね! 酒場の皆さんにも旬の玉ねぎを食べていただきましょう! きっと喜ばれますよ?」
と、早速厨房の店主に玉ねぎを渡していたのであった。
そして、味見として早速俺君達が玉ねぎに舌鼓を打っていたのである。
◇
──その晩。
ルシアが玉ねぎの輪切りにかぶりつく。道中と違い、『三本松』のものには不思議香辛料が掛かっている。この風味の変化がまたイイ!
「うんまいな、ライエン様」ルシアが頬張りつつ、言葉を漏らす。
「おおおおお! 俺君が刈った! これは俺君の手柄!」俺は半ば立ち上がってルシアに噛み付く。
「そうですねお師様。見事な魔法の使い方でした。でも、オニオンオロシは勘弁して欲しかったです!」
アリムルゥネは主張する。だがしかし、ナイフとフォークは止まらない。
「おおおおお! ──ごめん、ごめんなさい」
俺君は素直に謝った。
「いえ、前もってわたし達が回避の方法を考えていると済んだ話ですから。あれもこれもお師様がわたし達にくださっている試練の一つと思っております。──ね、ルシア?」
「うん? アリムルゥネ?」
ルシアが皿に乗った食べ物をつつく速度は変わらない。
「そうだな、全てはライエン様が私達に用意してくれた試練……」と、ルシアの左目、赤い瞳が俺を見る。
「ホントかなぁ?」
と、ルシアが笑って俺君の顔との距離を詰めてくる。
「お。おおおおおお、お……」
──この笑顔の意味は……。
俺君、涙目。小刻みに体が震える! だが、これが恐怖による震えであるものか!
───そう! これは武者震い!
俺君、ルシアの圧力に負けるな! ルシアは邪眼使いだ! 間違っても気圧されるなよ俺君!!
「うぅうおおおおおおおお、俺君剣聖! 俺君は爆炎の剣聖ライエンだ!!」
俺君は両手でテーブルを叩きながら、大声で叫んでいた。
「良いかお前達! 最強を目指したいなら俺様について来い! どこまでも、いつまでもだ!」
俺君は言い切る。
──涎掛けにトローリ玉ねぎスープの汁を付けながら。
「ええ、お師様。もちろんです。ね、ルシア、あなたもでしょ?」
「そうだぜライエン様。私はライエン様やアリムルゥネと共に強くなって、色々な土地を巡り、もっともっと世界を楽しみたい」
──弟子二人は笑ってくれる。
二人は俺を受け入れてくれているのだ。
俺君の心は暖かな白き羽根に包まれたよう。
まるで天上の世界を垣間見たようであった。
ああ、ヘヴン。
俺君は、この二人が自分の弟子であることに感謝したのである。
◇
ロイヤルスイートルーム。
俺君は葡萄の実を摘みながら、ウッドゴーレム『量産型大福一号』の設計に着手していた。
──葡萄。その希少で、芳醇な香り。
こうして一房だけ刈り取り、昇天させた葡萄の実ならば何の問題も無いが、元々は蔓と葉で農民を締め上げて養分としてしまう恐ろしい生き物である。だから、小規模栽培がほとんどだ。なぜなら、多数の株が集うと動物を絞め殺す怪物となってしまうためである。 。葡萄狩り専門の猛者もいるが、どこにでもいるわけではない。
とかく、命がけの勝負に勝ったものだけが味わうことの出来る至上の味といえよう。
──でも、こんな散在して俺君達大丈夫なのかな?
一瞬よぎる銭のこと。
俺君は銭勘定を弟子たちに任せている。
アリムルゥネやルシアが煩く言ってこないのだ。
たぶん今、近々に纏まった銭は必要ないのだろう。
どうせなら、『ミスリル』を使ったゴーレムを造るため、少し貯金して欲しいものだ。
うん、メモ書きしておこう……クネ!? くるりと俺君の指が裏返る。
ううう、俺君字が書けない。
もう一度。……クリッ!?
──おおお、おおおおおおおおおおおおお!
が、俺君が文字や図を書こうとすると、俺君のフンワリ拳に握ったペン先の線が直ぐ曲がって、何を書いているのかまったくわからなくなる。俺は文字を書く練習、力の配分、力の掛け加減の練習の必要性に気付いた。
うん、ゴーレムの設計図など、まだまだ早すぎる。
まずは文字の練習をしよう。丸や真っ直ぐな線を引く練習をしよう。
思う俺君、筆記用具とノート、そして熟れたリンゴの購入をアリムルゥネに頼んだのである。
---
ここで一句。
実践で 試して気付く いたらなさ (ライエン)




