08-013-01 俺君剣聖二才六ヶ月、SANチェックなど次元の底よ、ルシアの依頼、打倒魔導書
俺君二歳と六ヶ月。
俺君は時々、いや、毎日のようにルシアが魔法使いの塔から購入してくる指南本を読んでいる。
もっとも俺君、お子ちゃまなので、暖かい場所でポカポカとロッキングチェアの上で本を呼んでいると、直ぐにウツラウツラと夢の国へと旅立つことも多い。
──でも。
そう、俺君に用意された快楽は全て弟子たちの頑張りあってのこと。
だから俺君は、弟子たちに師匠らしいことを見せるべく、時々「剣聖ライエン」の名に相応しい姿を見せつける必要がある。
それはちょうど、今日のようなとき。
そう。ルシアがジャングルの塔から頂いてきた魔道書を閲覧するときなどである。
──頂いてきて以来、一度も開かれなかった水色と橙色をした二冊の魔道書。
両者、似たような外見だ。革の装丁に、目玉の模様。そして表紙裏表紙に並んだジグザグ。
──そう。このジグザグ。どう見ても俺君が被る帽子にちょうど良い──どころか、頂きます。そのままパックンチョ! で、ご馳走様でした、となるための飾りのようにも見える。
──表紙の目? ああ、ずっと俺君にターゲットを合わせて右に左に動いてる。二冊同時に見ると少しギョッとする。
「ライエン様、お待たせ」などと言いながらルシアが奇怪極まる二冊を俺君に見せる。
と、ルシアが懐から取り出したのがこの二冊の本だったのだ。
「『自律型魔道人形作成の書 ──フェアズークからツヴィリングまで──』と、これに対になった『魔道人形制御法』 この二冊は奇書だぜライエン様」
「じりつ……にんぎょう……さくせ……。なにこれルシア。聞いた事ないんですけど!」
「ジャングルの骨魔導師の蔵書だ。自分の手足となる人形の研究でもしていたんだろうな」
ルシアが遠い目をする。赤ローブの骸骨のことでも思い出しているのだろうか。化け物を呼び出したが良いが、逆に支配下に置かれていた一人の魔術師の事を。
「ライエン様、アリムルゥネを呼んでおいた。本を読む前に、本に取りついている九十九神を祓おうぜ。長いこと放置されてたんだろうな、こんな化け物の姿をとるなんて」
「ルシア? わたしが手を出すとバラバラになるまで切り刻むかも知れませんけど!」
「そこはほら、小鉄の峰打ちで!」ルシアがアリムルゥネに注文する。
「んー。それで構わないのなら! このアリムルゥネ、敵がどんな姿をしていようと誅罰を加えるのみ!」
「そうそう、その意気! 頑張れアリムルゥネ、敵は水色と橙色。二匹だ!」
──ん。
やっぱりそうか、そうなのか。
あの本のギザギザは、やはり俺君の頭かお尻をパックンチョするためにあるんだな?
二冊の本が俺君に向けて視線を送る。
う、ううう、うおぉおおおおお! 俺君既にロックオン!
ルシアがその危険な二冊を宙に放り投げる。
すると二冊の本はページでバタバタと羽ばたきながら、奇怪なことに空中浮遊を続けていた。
「炎よ!」ルシアはなにを考えているのか火の魔法を使った。
──何してやがるルシア! 本が燃えてしまうだろうが!
「燃えろ燃えろ、舌に書かれた炙り書き、全ての文字と図よ現れよ!」
俺君は燃える火を見る。
うん。実際怪物たちは唾液を垂らした長い舌を伸び縮みさせながら、歯をガチガチさせて迫ってくる。
怪物を覆った火炎はアリムルゥネに到達する前に消えていた。属性防御!? まさか火属性に抵抗か!?
「てい!」大上段から水色の本に振り下ろされたアリムルウネの──小鉄の──峰打ち!
本の歯が砕けながら小鉄に食らいつく。
「きゃ」と声を上げながら一瞬狼狽、俺君がアリムルゥネを助けに「火弾!」と魔力を練り放つ。
「ぐべ!?」と、火弾を口の中に放りこまれた水色の敵、「&$#&?+!?」と人語ではない言葉を吐いて床へバサラと落ちた。
しかし、そんな俺君の活躍もなんのその、もう一冊の橙色の本──は何処と探す俺君目がギョロリ。
──あ。
黄色い本の目玉と俺君の視線と、両者が絡み合う。
──バキバキバキョ!? 俺君の座っていたロッキングチェアが乱杭歯により破壊される。
「どわぐわを!?」
困った俺君なぜなにピンチ!? 俺君も本どもと同じく人語外の言葉を発す!
俺君絶叫、地面に転げ落ちるも受身、二才六ヶ月の動きとは思えぬ体裁き。俺君は立ち上がる。
──しかしだ。
水色の本はなおも俺君を狙い続ける。
ぐわりと開いた化け物の口。
「うぉおおおお」となけなしの魔力を込めて、俺は赤い糸を編む!
「パックンチョ!」俺君頭の先から首までを全てドロドロとした口の中に放りこまれる。
──防御、間にあわなかった。テヘ?
なんてこと軽く受け止めている場合か! 痛いわ畜生この化け物め!
──うおぉおお、うおおおお!
俺君ピンチ、だがそれこそチャンス!
化け物の口から蒸気が上がる、やがてドカンと炸裂す。
──俺君の頭からパックンチョが抜けた。はあはあ、死ぬかと思った。
俺君剣聖二才六ヶ月、魔道書の九十九神に破れる。──んな訳あるか! 神が認めても俺が認めん!
今回も俺君の勝ち!
そう。俺が認めん。
俺君は橙色の本──乱杭歯や目玉はどこかに消え失せていた。ただ、紙の匂いが残り、背表紙の『魔道人形制御法』の文字が金色に輝く。同じく床に落ちて沈黙する水色の本が一冊。その背表紙には『自律型魔道人形作成の書 ──フェアズークからツヴィリングまで──』とあった。
「よっしゃ! やったぜライエン様!」
「おー!
どちらも魔道の奥義書であろう。付与魔術の決定版とでも言うべき人造生命の製造法とその制御法。今まで沢山の魔法使いが夢見、研究をし、結果として夢に終わっていた技術。これらの書物はその決定版とも言うべき書物だ。
自らが怪物となり、読み人の実力を測ってから忠誠を誓う書物。命を持った魔道書との戦いに俺君達は勝った!
そうとも! 俺君達は勝ったんだ!
俺君偉い、俺君凄い! 俺君強い!
しかもその強い俺君に弟子の手よりもたらされた『新たな魔道の力』!
「うおおお! 俺君一番! アリムルゥネ、ルシア! 今日もまた良くやった! さすが俺君の弟子!」
俺君は右手を天井に突き上げる。
「さすがです、やりましたねお師様!」
「おう、さすがライエン様。首と胴が分かれてなくて良かったな! ちょっと待てよ、今傷を治療するから……」
「イテテ」
「だから治療を……これは結構傷が深いな……よく生きてたなライエン様。ライエン様の皮膚は鋼鉄で出来ているのか?」
と、赤毛の頭をバシバシと数度叩かれて、治療は終了した。
「本当に。お師様って硬いですね。おかげで勝ちをもぎ取りました!」
「お前のほうが硬いぜ、アリムルゥネ。しかし、」
「そう?」
などと、自分達の成長を確かめながら、三人で勝利の感動を分け合っていると。
──ニコニコ顔で、『レンクールの真珠』マドレスがやってくる。
で、開口一番、
「ロッキングチェアの代金、金貨三枚頂きます!」とマドレス。
──お、おおおおお。
アリムルゥネが悲しそうな視線で俺君を見る。
「やれやれ」とルシアが苦虫を噛み潰し、金貨をマドレスに支払っていたのである。
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ここで一句。
若葉風 読書の香り 紙ざわり (ライエン)




