01-003-02 俺君剣聖、三ヶ月。ニンジンと激闘す
湯気の立つ木製の椀に、スプーンをのけた盆を持って来た彼女。ルシアはアリムルゥネから盆を受け取る。
「作って見たけれどお師様に離乳食はまだまだ早いんじゃ? 首も据わってないのに」
「そこを少しだけ試してみまるんだよ。俺の右目が疼くんだ。ライエン様は食べ物の好き嫌いが酷かったし。矯正しなきゃ。邪気眼がニンジンの料理法を次々と吐き出してくる。適当なレシピを書き留めて置くぜアリムルゥネ。それにさ、今のライエン様にアレルギーがあるのなら、早く知っておきたいしな」
ルシアの言葉に、アリムルゥネが天井を見る。青い瞳が流れて俺を見た。
「うーむ」
アリムルゥネが目を閉じる。そして──。
「そっか。さすがルシア。よく思いつく」
「ま、そこのところわたしに任せろよ」
──ちょ! アリムルゥネ、俺を裏切るのかッ! 酷い下痢になったらどうする! 三ヶ月で離乳食は早いよ! 早い……早いよな!?
俺の赤子の笑みは引きつり顔に替わる。
俺の絶句を無視し、事態は悪化の一途を辿っている。今、粥はルシアの手に。
まずい、まずい、コレは拙いぞぉ!
椀の中の半透明の薄白い粘性のある液体にスプーンを指し、それを自分の口元に持って来たルシアはふぅふぅと風を送って粥を冷ます。しかし、事前情報によるとこの悪魔の食べ物の中には、かのニンジンが入っているという。俺が八十八年巡ってきた世界では、命のやり取りをしたニンジンが幾体も居た。この広い世界には、収穫を忘れたニンジンがヒューマンほどの丈に以上成長し、自ら畑を抜け出して、人々……主に農民に襲い掛かる変種がいる。実際俺も、剣を交えてみて、変幻自在のニンジン兵法に撹乱された。ニンジンはあの全身筋肉のダイコンや、体重に任せて肩でぶちかましてくるカブ。それに鞭のように真っ黒な体を自在にしならせ、殴られようものなら皮膚をごっそりと持っていかれるゴボウ。そんな畑の民にも負けずとも劣らぬ強い武士だったのだ! 兵法を学びたければまずは農民に教えを乞え、とは世界の真理を垣間見た、古の賢者の慧眼であろう。もっとも彼ら賢者のうち、悪に染まったものは野菜や動物と人類とを掛け合わせて妖物を次々と生み出す。そう思えば、大多数のヒューマンはか弱き存在であり、万物の霊長ではないのかもしれない。
──はむ。俺はルシアの差し出してきたスプーンの中身──乳白色。もちろん俺は、クリクリお目々で素早く白粥をサーチ、ニンジンの欠片も無いことをチェックする。そう。赤い筋一つ無かった──よっしゃぁ、食うぞ! 俺は木製スプーンの先、付着していた粥、いや。糊を舐める。かすかな塩味。頬が緩む。もう一舐め。ちょっぴり塩味。驚愕の俺。俺は短い舌を出して、スプーンの中の糊を舐めた。
──ビバ、俺様! 美食に目覚める! これはなんだよ、バカヤロウ!
スプーンを口の中に突っ込んだままの俺に、二人は表情を消して固まった。
う・ま・い・の・だ!
たかがお粥なのに!
良くぞここまで料理の腕を上げたぞアリムルゥネ! それにルシアのふぅふぅが効いている。熱くも無く、冷たくも無い。
もしかしてルシア、今も魔法を使ってる? 凄いな、ルシアは勉強さんなんだな。
「うきゃー……(俺君うまうま)」
「お。今お師様がなにか言葉を話したんじゃない?
俺の声にアリムルゥネがこぼす。
「気のせいでしょ」
──なんだとう!? しかしアリムルゥネ! 期待をばっさり裏切ってくれるとは!
俺の粥に対する感謝と感慨をどこかに捨てて、ルシアが二口目を食べさせようと、またふぅふぅを始めた。
コレは美味い。早く持って来いアリムルゥネ!
さあさあ、ハリーハリー、ビカム俺様の美味なる粥!
カモン、飯!
──が。
突如、俺はむせた。「ゴッ……!」
「ん? ライエン様?」
「お師様?」
二人の顔に表情が戻った矢先。
「げふぅうううううううううううう!! ゲボ、ゲボ」
俺は豪快に口から噴出していた。涎掛けがベロベロになる。
ルシアが俺の背中を豪快に擦ってくれた。
「ケホ、ケホ」
「ほら、言わない事じゃない。きっと気道に入ったのよ。お師様にはミルクミルク。離乳食はまだ先だもん!」
「──面白くないな。アリムルゥネ。わたしの邪気眼は大丈夫と告げていたのに。充分離乳食はいけるはずだ」
「……はいはい。ルシア。分析ありがとう。で、自信満々で失敗したルシア。反省の言葉は?」」
「何の事? 私が反省することなんてあったっけ?」
白いエルフは呆れて、
「やっぱりルシアはお師様で遊んでいたのね」
黒いダークエルフは口笛を吹き、
「さあ、どこの誰の失敗なんだろうな」
と、からからと笑うルシア。彼女は俺から粥を取り上げ、椀をアリムルゥネに渡すと、ダークエルフは俺の主食のために、もう聞き飽きた呪文を唱えるのであった。
「びびでばびべぶー!」
……前言撤回。聞いた事の無い呪文……俺様剣聖、御年三ヶ月。俺はルシアの顔を見る。赤い瞳が優しく笑ってる。
でも、またお前の実験の相手かよ! と、声を大にして物申したい俺である。
「ぎゃー! (ルシア覚えてろよ!?)」
ちゅー。あ、甘い……いつもより……と、俺の頭の中の嵐は去り、小悪魔ルシアの腕の中でまどろみにもにた睡魔に襲われ、俺はその居心地の良さに身を任せたのである。
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ここで一句。
まだ早い 進撃のニンジン 俺ピンチ (ライエン)




