ブレイブマン
大学生、大空勉。彼には少し不思議な記憶があった。
燃え盛る炎の中を運ばれていく自分の体。火傷を負ったのか、じくじくとした痛みが走る中、誰かの声が聞こえた。
「もう少しだ、もう少しだけ頑張ってくれ……!」
その声を最後に、意識は途絶えた。
が、不思議とそのことを誰に聞いても、そんなことはなかったと言われる。
事実、体に火傷の跡はなく、自分もその前後のことはよく覚えていない。
いつしか妙にリアルな夢だったのだと納得し、その記憶すら懐かしいものになった頃、『彼』と出会った。
いつかそうしてもらえたように、誰かの不条理を『夢』にするために!
合体して立ち向かえ!!
Rise up your heart!
Rise up……my HERO
ネクロポリス。壁や階段、そしてどこに通じているかもわからない扉。まるで巨大迷路のようにも見える場所。
そんな場所に、人影が一つ。そしてその周りを飛ぶ、幾つかの光があった。
「やぁ、気がついたね」
その人影が虚空に向かって声を出す。……いや、よく見れば人影の前には一つの光の球が浮いていた。
他に浮いている光よりいくらか大きいそれは、戸惑うかのように周りを見渡す。当然、球には顔も目もないが、表面には模様が浮かび上がっており、それが上下左右に回転していた。
「ここかい? ここは……まぁ、『死者の街』とでも思ってくれれば良いよ」
人影が再び声をかけると、模様がピタリと止まる。そして球は仄暗い白へ、それから青に変わった。
「うん、そうだね。君は、死んだ。少年を助けた後、炎に巻かれてね」
そう言って、一人頷く人影の声を聞いて、球はもう一度明るさを落とした後、明滅をはじめる。が、それもすぐのこと。少しの後には明るさを取り戻し、青から紫を通り、今度は赤く輝き始めた。
「ふふ、なるほど、君らしい。……いいよ、それが君の望みなら」
人影が前に拳を伸ばし広げると、木でできた杖が出現する。どこにでもありそうな杖、ここでは逆に目を引くような杖。それをしっかりと掴み、感触を確かめるように人影は一度二度と振り回す。
「よっし、準備完了だ……いくよ?」
言って杖を球に向ける。向けられた当の球は模様を縦に動かした。その模様の動きを確認したのか、杖からは泡が飛び出し、玉を包み込んで浮かび上がる。
「じゃあ短かったけど、お別れだ。今世もまた、君に良き出会いがあらんことを」
人影の言葉に、今度は一度だけ球が明滅し、直後。泡は球ごと、扉の一つに吸い込まれて行った。
後に残されたのは人影と、幾つかの光だけ。それも、瞬きのうちに周りに溶けて消えていった。
◆◇◆◇◆◇
ところ変わって、ここはとある大学の入り口。駅までの道を往復するバスや、それを利用する人々で賑わう中、大学に所属する学生といった風態の彼らはいた。
「お? 何見てるんだよ真司」
「何って、ニュースだよニュース」
「ニュース? ってああ、またあれか」
そのうちの一人、明日原真司が隣にいた、大空勉に寄りかかる。勉の手に握られているスマホ、そこに映されている映像に興味が湧いたらしい。横から覗き込むようにして内容を確認した後、小さくため息を落とした。
見ていたのがニュースだった、からではない。そのニュースが最近世間でよく話されている内容だったからだ。
「今度はあそこの病院か」
「うん。この前は向こうの郵便局……。ほんと、何が起こってるんだろうね」
スマホの画面の向こうでは、ここ最近、聞き飽きるぐらいに聞いた内容のニュースを、キャスターが読み上げている。
最初は、ある日突然建物にヒビが入った、というものだった。その時は、気がつかないうちに老朽化が進んでいた、という至極真っ当な意見で落ち着いた。
が、問題はそこで終わらなかった。一月後、一週間後……と間隔を詰めながら繰り返し現象が起こり続けた。今となってはほぼ毎日のようにどこかしらの建物にヒビが入ってきている。
政府も専門家も原因の究明を急いでいるが、依然として掴めていない。それが今彼らの周りで起きている異常であり、日常だった。
「だぁから、ぜったい古代の地底人の仕業なんだって!!」
がば、と勉と真司の後ろから別の手が伸びてくる。二人が振り向くと声の主、山野浩一が身を乗り出してスマホに手を伸ばしてきた。
二人が少し呆れたような顔をするが、そのことには気がついていないのか、浩一の口は止まらない。ただ、それも最近ではよく見られる光景の一つでもあった。なにせ、正解といえる原因が解明されていない。その道の専門家が何人も携わっているはずなのにいまだ全容が解明されない、とくれば様々な憶測が飛び交うのも当然だ。その上、憶測のどれもが否定されないともなれば、まさに言いたい放題。いろんな噂、仮説が囁かれていた。
「ーーで、ここからは俺が独自に調べて気がついたことなんだけど……」
と、そこでふと浩一の声が止まる。これからしばらくはこの話が続くのかと思っていた二人は、その意外な結末に顔を見合わせる。無言で押し問答した後、勉が浩一に向き直り口を開く。どうしたのか、と声を出す直前、その答えはやってきた。
彼らの足元から。
初めは小さく、三人の中では浩一だけが気がついた。が、それも次第に大きくなり、周りの喧騒も気がついたのか静かになっていく。地面が揺れている。それだけならまだこれまでも普通にあり得た。この辺りでは、地震が起こることも少なくない。が、今回のそれは違った。足元から突き上げるように揺れる振動はさらに大きくなり、そして。
『グアァァアアァァァ!!!』
身長が、大学の学舎を優に超えるような生物が、地面から姿を現した。
「おっわ、なんだあれ?」
「すご、何かの撮影ー?」
「よくできてるな」
「でっけー!!」
その姿を見て、困惑こそ起こるものの、逃げ出したり慌てる人間は皆無だった。全員ではないにしろ、スマホを手に写真まで撮るものまでいる。気分はほとんどリアルなショーの現場に居合わせた感覚だ。勉、真司、浩一の三人もその例に漏れず、眺めるように見上げていた。その巨体が行動を起こすまでは。
『ギュアアアアア、ガァアアアア!!』
腕を振りかぶり、振り下ろす。たったそれだけの動作。が、振り下ろされる腕の前には大学の棟。
「ーーー!! ーーーーー!!!」
耳をつんざくような音とともに、棟が破壊され、発生した瓦礫は当然のように地面に雨霰と降り注いだ。
「きゃーーー!!」
次いで聞こえてきた悲鳴でようやく、周りにいた人々は現状を理解し始める。いや、理解させられた。目の前の存在は決して、何かの撮影やまして幻などではない。信じられなくてもしっかりとした実体を伴った、巨大な脅威なのだと。
「逃げろ!!」
「早く早く!」
「死にたくない死にたくない死にたくないーー!!」
「うわーーー!」
そこからは阿鼻叫喚。右を向いても左を向いても、逃げようと必死に走る人だらけ。もちろん、その間も巨体は暴れ、瓦礫や残骸は次々に降り注いでいる。そのため、数歩走るたびに誰かが潰れる音が聞こえ、何処かでは泣いている子供の声までが聞こえていた。そんな中を、無事な者が我先にと逃げていく。
不意に、勉達の上に影が落ちた。
「あぶねぇ!!」
「おわ!!!」
それにいち早く気がついた浩一は隣を走っていた真司の腕を思い切り引く。その直後には勉と、浩一達の間に一際大きな瓦礫が墜落した。ちょうど真下にいた真司は、浩一が腕を引かなければ見事に潰されていただろう。が、そんな二人とは違い、勉は気がつくのが遅れてしまう。幸か不幸か直撃はしなかったものの、墜落した衝撃の余波で勉の体は軽々と宙に舞った。受け身を取ることもできず、地面に転がされてしまう。二回三回と転がった末にようやく止まる。が、彼の不幸はまだ終わらない。ようやく仰向けに止まった、その場所に影が差す。勉の上には瓦礫の塊。
(……あ、だめだこれ)
もはや起き上がって逃げるような時間もない。自分の名前を叫ぶ浩一と真司の声をどこか遠くに聞きながら、諦めるように目を閉じる。その直後、瓦礫の塊は降り注ぎ、何物をも潰すことなく砕け散った。
◆◇◆◇◆◇
(……あれ?)
目を瞑る前に覚悟した衝撃が襲ってこない。そのことに気がつき、不思議がりながらも勉は目を開く。まず見えたのはさっきまで散々暴れていた怪獣。それが目の前に立って、しかもこちらに歩いてくる。どころか、そのまま腕を振り上げ、こちら目掛けて振り下ろそうとしている。
「いや、ちょ……待って待って待って!」
勉のそんな制止の声も虚しく、その腕は勉の肩を突き飛ばした。ほとんど逃げ腰だった勉はその勢いのまま後ろにひっくり返る。倒れるときに近くの何かを下敷きにしたのか、背中から何かが潰れるような音が聞こえてくる。が、それを気にするよりも前に、倒れた勉の、ほとんど真上を向いているはずの視界に再び怪獣の顔が映り込む。それと同時に勉の頭に声が降り注いだ。
『しっかりしろ! そんなんじゃ戦えないぞ!!』
「え……なに、この声。 っていうか戦う? 僕が? なんで?」
『あーもう、るっせえな。他にやることがあるなら言ってみろ!!』
その声に合わせるように、勉の体は動き始めた。まず、声の強い勢いに合わせるように、のしかかろうとしてくる怪獣の腹を蹴り飛ばす。突然のその動きに、流石の怪獣も驚いたのか、まともに受け数歩後ずさる。その隙に勉の体は立ち上がった。
「って、なんだこれ。僕どうなってるの?」
『なんだ、ようやく気がついたのか』
ここでようやくあたりを見渡す勉。その視界はさっきまでとは打って変わっていた。まず視界が高い。さっきまで見上げるようだった大学の棟が自分の肩より低い。なにより目の前の怪獣が、同じ目線に立っている。
「たか……」
『俺と合体して巨大化したんだ。……そんなことより、来るぞ』
言われて勉が前に注意を向ければ、怪獣がもう一度こちらに迫ってきている。その目は真っ直ぐ勉を見、いや睨んでいるのだろうか。見慣れていない勉には今ひとつ判別できない。
「来るぞって言ったってどうすれば……しかもこんな場所で?」
『だぁい丈夫だって。その辺のことは後で説明してやる。とにかく、いくぞ!!』