学校一の美少女で将来の夢がお嫁さんの天真爛漫ポンコツ妹が花嫁修業で無双する話
は? 彼女の料理がマズくて食べるのが辛い?
贅沢だな。俺の妹、愛はマズいどころか料理を完成させることさえできないぞ。
料理だけじゃない。愛は他の家事もサッパリで勉強も苦手。
さらに何かする度に俺に迷惑をかけるポンコツだ。
でも、かわいいんだよ……。
性格も純粋で何事にも一生懸命。
さらに甘え上手で誰にでも好かれる学校の人気者。
「お兄ちゃん大好き!」と言いながら俺に見せてくれる天使のような笑顔は、嫌なことを全て忘れさせてくれる。
あとは家事さえできれば、どこの嫁に出しても恥ずかしくないのだが……。
そうだ! 料理で思い出したから聞いてくれ。
先週の日曜日、家でこんなことがあったんだ。
あれはもう酷過ぎて逆に無双していると思うくらいの衝撃的な出来事だった。
「愛、落ち着け! 話せば分かる! 頼むからその包丁を置いてくれ!」
「嫌だ! いくらお兄ちゃんのお願いでもそれだけはできない!」
俺、中島悠は包丁を手にする1歳年下の妹、愛を必死で説得するが愛は全く聞く耳を持たない。
「何でだよ! お前そんなに俺のことが嫌いなのか!」
「そんなわけないじゃない! 私、お兄ちゃんのことが大好きだから!」
しかし愛は精神的に病んでいるわけでもなければ俺と仲が悪いわけでもない。
愛は俺が通う高校の一番の美少女で、一緒にいるだけで周りの雰囲気が明るくなる元気な人気者。
そしてブラコンとしても有名なくらい俺と仲が良いが、今の俺たちの間にはとてもそうとは思えない程の緊張感が漂っていた。
「でも、私の夢を叶えるためには仕方ないの!」
「夢だと? ふざけるな! お前、自分の夢のために俺が傷ついてもいいのかよ!」
「そ、それは……」
俺の糾弾に愛が怯む。
「お前が家事をすると、必ず俺が大変な目に遭うんだよおおおおっ!」
「いやあああっ!? それを言っちゃダメえええっ!!」
俺がトドメの一言を放つと愛は自身の黒歴史を思い出したのか、包丁を握ったままの手で耳を塞ぎ、目を瞑って悶え始めた。
そう、先程愛が言った夢とは……お嫁さん。
俺たちが今いる場所は家の台所で、愛が包丁を持っているのは料理をしようとしていたからだ。
「愛、俺だって愛の手料理を食べたいし気持ちは嬉しい。でも残念だが愛にそれができるだけの能力がないんだ」
「そ、そんなことないよ! 料理はレシピ通りに作ればちゃんとできるよ!」
愛が動揺しながら俺の諭す言葉に反論する。
「ほう? ちなみに前回の結果はどうだった?」
「お味噌汁を作っている途中でお鍋を爆発させてしまいました……」
「だろ?」
しかし過去の事実を突きつけると愛は申し訳なさそうにしゅんとした。
愛は見た目と性格は良いのだが、勉強などそれ以外は最低レベル。
漫画などでは料理下手のキャラが破壊的な味の料理を作り惨劇を起こすが、愛はその手前の料理を完成させることさえできないのだ。
「でも、やらなきゃできるようにならないし、お兄ちゃんお願い! 私に料理をやらせて! このままだと私、お嫁に行けないよお……」
「……分かったよ。俺が横で見ててやるからやってみろ」
今にも泣き出しそうな愛を見て哀れに思った俺は、仕方なく料理することを承諾した。
まあ俺がいれば何が悪いのかが分かるし、すぐに止められるから大事には至らないだろう。
「本当に!? わーい! お兄ちゃんありがとう! 大好き!」
すると愛が満面の笑みで俺に抱きつく。
「うわっ!? 包丁を持ったまま抱きつくなよ!」
「ご、ごめん。じゃあさっそく始めるね!」
愛は俺から離れると調理スペースの前に立つ。
置かれている材料は人参、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉、カレールー。
どうやらカレーを作るようだ。
「じゃあまずは人参を切っていきまーす!」
愛は料理番組のように実況しながら人参をまな板の上に置く。
「ふう……」
次に深呼吸して気持ちを落ち着かせると右手を頭の上まで上げる。
「たああああっ!!」
ダンッ!
「うおおおおいっ!?」
そしてまな板に向かって力一杯包丁を振り下ろして人参を真っ二つに叩き切った。
ゴロン!
切った弾みで人参の左半分がシンクの中に落ちる。
「あ、落ちちゃった」
「おい愛! 何だ今の切り方は!? 危ないから基本の猫の手で切れ!」
俺はシンクの中から人参を拾う愛に向かって叫ぶ。
「でも、この前そのやり方で左手の指を切っちゃったし、そっちの方が危ないよ」
「そんなわけねえだろ! もし猫の手の方が間違いなら今頃日本中のまな板が血まみれなんだよ!」
「まあまあ、とりあえず切れてるからオッケーにしようよ」
愛は人参を水で洗いながら俺を宥めた。
「えいっ! やあっ! とおっ!」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
「こ、怖え、こいつ人参に親でも殺されたのかよ……」
撲殺するような勢いで人参を切っていく愛に俺は唖然とする。
というか愛、人参の皮を剥き忘れてるぞ。
「できた! じゃあ次は玉ねぎ!」
愛は切り終えた人参をまな板の隅に寄せ、包丁を置いて玉ねぎの皮を剥く。
ザクッ!
「痛っ!? め、目が……」
そして再び包丁を持ち玉ねぎを1回切ったところで、玉ねぎの成分が目に染みて痛くなったようだ。
「どうしよう。このままじゃ切れないよ……」
愛は目をショボショボさせながら悩む。
「こうなったら目を瞑って、心の目で見て玉ねぎを切る!」
「おい止めろ! スイカ割りじゃねえんだぞ!」
「必殺! 心眼切り!」
ザクッ! ザクッ! ザクッ!
「ひいいいいっ!?」
闇雲に包丁を振り、周りに玉ねぎを飛び散らしながら切っていく愛に俺は恐怖で悲鳴を上げる。
つるっ!
「あっ!」
すると愛は振り上げた瞬間にうっかり手を滑らせて包丁を離してしまった。
ガンッ! カランカランッ!
「おわっ!? 危ねえっ!?」
包丁は宙を舞って天井に当たり、その後床に落ちる。
「愛、気をつけろ! 怪我するだろ!」
「ご、ごめん……」
愛は俺に怒られてばつが悪そうに謝った。
「1滴でも血が出たら即中止だからな」
「う、うん。……あ、玉ねぎがいい感じに切れてる。これでオッケーにしよう!」
愛は切った玉ねぎを手で人参に寄せ、落ちた包丁を拾ってシンクの中に入れてから手を洗う。
「次はじゃがいもかあ、ピーラーで皮を剥くのが大変なんだよねえ。それに滑るし勢い余って手を切っちゃうのも怖いなあ……そうだ!」
そこで愛が何かを思いついたように両手で1個ずつじゃがいもを握った。
「ていっ!」
グシャッ!
「ふあっ!?」
そして愛は気合いと共にじゃがいもを握り潰すように砕く。
「これでよし。切る手間も省けて一石二鳥!」
「凄え握力だな。プロレスラーかよ……」
砕いたじゃがいもの皮を手でめくって剥いていく愛を俺は唖然としながら見ていた。
「お肉はカレー用の切ったやつを買ったから、そのまま切った野菜と一緒にフライパンでいためる!」
愛は牛肉が入ったトレーの封を開け、野菜と混ぜるとなぜか両手でフライパンの柄を持つ。
「てええええいっ!!」
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
「はああああっ!?」
すると何を思ったかフライパンの底で切った食材を潰す勢いで叩き始めた。
「おい愛! 何やってるんだ!?」
「何って……フライパンで食材をいためてるんだよ? レシピにそう書いてあったから」
「それは痛めるじゃねえ! 炒めるだ! お前、誰かが食材を殴ってるところ見たことあるのかよ!!」
「ええっ!? そ、そうだったんだ。私、国語苦手だから……」
「いや、苦手以前に普通に考えれば分かるだろ……」
おかしいところを見つけるどころか、おかしいところしか見つからない、愛の衝撃的な調理の数々に俺は呆れ果てる。
「ま、まあ、今からやれば大丈夫だから」
愛は取り繕うように笑いながら、潰れてグチャグチャになった食材をフライパンに入れた。
そしてガスコンロのつまみを回し、菜箸でフライパンの中をかき混ぜながら食材を炒め始める。
「あれ? 何かフライパンが温かくなってないような……」
不審に思った愛は膝を折って姿勢を低くし、ガスコンロとフライパンの隙間を覗き込んだ。
「あ! 点いたと思ったコンロの火が点いてなかった!」
カチャッ、カチャッ、カチャッ。
「あ、あれ? なかなか点かないなあ?」
「おいおい、ガスだからあまり荒っぽく扱うなよ」
愛はガスコンロのつまみを何度も捻って火を点け直そうとするがなかなか点かない。
ボンッ!!
「きゃああああっ!?」
「うおあっ!?」
すると突然、爆発音と共に愛の目の前で小さな火柱が上がった。
驚いた俺は後ろに飛び退き、愛は転ぶようにしりもちを着く。
おそらくだが換気扇を回していなかったことで、火が点いていない間に漏れたガスが周辺に溜まり、火が点いた瞬間に爆発したのだろう。
「きゃああっ!?」
バシャッ!
さらに爆発の弾みでフライパンが愛の方に跳ね、愛はフライパンの中に入っていた食材を被ってしまった。
「あうう……」
「ここまでだな……」
俺は愛と周りの惨状を見て苦渋の決断を下した。
食材が全部床に落ちてダメになってしまい、どうにもならなくなったのだ。
「服汚れてるぞ。後のことは俺がやっておくから着替えてこい。それでも気持ち悪かったら風呂な」
「う、うん。お兄ちゃんごめんね……」
愛はしょんぼりしながら服に付いている食材を払う。
「はあ、料理って難しいなあ……」
「いや、お前の場合難しい以前の問題だと思うぞ?」
俺は愛がため息を吐きながら自分の部屋に向かって行くのを見送った。
「しかしここまで酷いと将来、夫になる男が気の毒だな」
愛はかわいいから彼女にはいいが、家事スキルが絶望過ぎて嫁には全く向いていない。
掃除をすると物をひっくり返して逆に散らかり、アイロン掛けをすると服が焦げて穴が空く。
洗濯は洗剤を1箱丸々入れ、電化製品を触ると時々謎の故障を起こしていた。
このままだと彼氏ができても幻滅されてフラれ続け、下手をすると本当に嫁に行けないかもしれない。
「兄として、何とかしてやらないといけないな」
危機感を抱いた俺は床の掃除をしながら、愛に花嫁修業をさせることを決意したのだった。