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贖罪の旅路

『ごめんなさい、有栖さん。……さよなら』


 この言葉を最期に、桜庭未来はこの世を去った。私、河原有栖≪かわはらありす≫は彼女の担任であり、恋人でもあった。教師と生徒、同性同士。そんな歪な関係は、彼女の死を持って終わりを迎えた


 ……はずだった。


「……桜庭未来≪さくらばみく≫は、死んでないわ」


 彼女の死から一か月。未来の親友、三日月神無≪みかづきかんな≫からの突然の告白。彼女曰く、未来は死んだのではなく、神無の力で異世界の神の巫女となる為に異世界へと赴いたという。


 そんな神無の告白に戸惑う私をよそに、神無は私に『お願い』を持ちかける――


「――桜庭未来を、取り戻して欲しいの」


 なぜ、異世界へと誘った張本人である神無がこんなお願いをしたのか。

 なぜ、未来は神の巫女となったのか。


 疑問は尽きぬまま、それでも私は神無の手を取った。全ては――


 ――彼女への、贖罪の為に

『ごめんなさい、有栖(ありす)さん。……さよなら』


 脳内に響くその声をきっかけに、今日もまた飛び起きる。


「……っ。また、夢……」


 何度目だろうか。彼女の最期の言葉を夢に見たのは。……実際には聞いてない、スマホのメッセージで読んだだけの言葉。それなのに何度も、彼女の声を伴って夢に現れる。


「謝らないといけないのは、こっちの方なのに……」


 きっと、彼女がいなくなったのは、私が理由だから。それなのに彼女は最期まで、私に謝罪の言葉を――


「……もう、いい時間ね」


 これ以上考えていたら、今日もまた日常に戻れなくなる。ブラックホールのような思考の渦に飲み込まれる前に、朝の準備に取り掛かる。頭の片隅には、いまだ夢のあの言葉が反芻したままで。


 *


「それでは、今日はこれでホームルームを終わります。……さようなら」


 私の一言をきっかけに、教室に喧噪が戻る。……ひと月前のあの光景が、まるで嘘だったかのような、当たり前の日常の光景。


「先生、今時間ありますか?」

「はい。大丈夫ですよ。……なにかありましたか?」


 一人の女子生徒が、私のもとにやってきて、不安そうな様子でそう切り出してきた。


「えっと……。先生なら、きっと今日は未来(みく)のところに行くと思ったから。これ……、お願いしても、良いですか?」

「これ、は……?」


 唐突な彼女の名前に、動揺を隠せなかった。しかしその女子生徒は私のそんな様子には気付いていないようで、至って穏やかな表情で私に一つの紙袋を手渡した。中には、いかにも女子高生が好きそうなお菓子が、袋いっぱいに入っていた。


「クラスの皆で、集めたんです。……でもその、未来のお母さんは、私たちが来るのを嫌がっているみたいなので。だからその……、先生に託しても、いいですか?」

「……そう、だったの」


 ……そうか。決して皆も、忘れた訳じゃなかったのか。


「……先生?」

「え、ええ。分かりました。今日、ちゃんとあの子の所に持っていくわね」

「あ、ありがとうございます!」


 でもやはり、皆は私よりずっと大人だ。忘れていなくても、ちゃんと前を向いて歩き始めているのだから。……私はまだ、ずっと足踏みしたままだというのに。


「正直、神無(かんな)ちゃんからもらえなかったのが、ちょっと心残りなんですけどね……」

「それは……、そうね。でも、あの子はまだ、戦ってるのよ、きっと」

「戦ってる、ですか?」

「そう。……あの子のいない世界と、ね」


 そしてそれは、私も同じだ。……きっともうすぐ、負けてしまうけれど。


 *


「……ここ、ね」


 行くかどうかずっと迷っていた場所に、とうとう来てしまった。簡素な作りの非常階段を上り、屋上へと向かう。幸い、階段の入り口には鍵の一つもついてはいなかった。……ついひと月前に、あんなことがあったばかりだというのに。


 ゆっくりと階段を上っていく。途中の階には目もくれず、屋上を目指して。そこに待っているものが、希望ではないと分かりつつも。それでも、向かう足を止めることはない。


 果たして、そこには――


「あら、来ると思ってましたよ。……センセイ?」

「え……。三日月、さん……?」


 誰もいないはずの屋上に、一人の少女が佇んでいた。彼女の名は三日月神無(みかづきかんな)。小柄で、色白で、クラスでも影の薄い無口な少女。……そして、この場で投身自殺をした、桜庭未来の

 親友。……彼女の死以来、ずっと自室に引きこもってしまっていたはずなのに。


「ええ、そうですよ。 今日は、特別な日ですから。きっとあなたなら、ここに足を運んでくれると信じてましたよ、河原有栖(かわはらありす)センセイ」

「あなた、いったい……」


 てっきり、親友を喪ったことによる悲しみに打ちひしがれているものだと思っていたのだが、目の前の彼女にそんな様子は一切なかった。それよりも、むしろ……。


 ――楽しそうにすら、見えた。


「その質問は、一旦保留させてもらいますね。今答えてもきっと信じて貰えませんから。……今日は、センセイに真実を伝えに来たんです」

「真実……?」

「ええ。センセイには知る権利があるもの。もちろん、知りたくないのなら話は別だけれど」


 ――真実。それはきっと、桜庭未来の死についてだろう。でも、私には知る権利がある、って……。まさか、私と未来の関係を、知っている……?


「……聞かせて」


 不穏な気配に気づきつつも、それでも“真実”を聞かずにこの場を去るなんて、私にはできなかった。


「ええ、いいですよ。――桜庭未来(さくらばみく)は、死んでないわ」


 *


 ――桜庭未来。


 私が担任を勤めるクラスの生徒“だった”少女。いつも優しく明るく、クラスのムードメーカー的な存在。そして……、


『……ねえ、先生。私たち、恋人同士、なんだよね?』

『ええ、そうよ。……あなたがそれでいいのなら、だけど』

『いいに決まってます。私、先生の……、有栖さんのこと、大好きですから』

『ありがとう。……私も、あなたのこと、好きよ』


 ――私の、愛する人。私を、愛したはずの人。


 許されざる関係だったことくらい、お互いに分かっていた。生徒と、教師。……女と、女。……絶対に他人には明かせない、秘密の関係。


『はぁ、有栖さんとデートに行きたいなー』

『ダメよ。バレたら大ごとだもの。……だから、未来が卒業して、しばらく経ったら行きましょう? ……私だって、行きたいもの』

『うんっ。絶対約束だよ?』


 私も、初めての恋人だった。……だからなのかもしれない。許されざる関係だと分かっていながらも、それを止めることができなかったのは。


『有栖さん、誕生日おめでとうございます! ……後で、こっそり部室に来てください。プレゼント、用意してるんです』

『ありがとう。じゃあ、あとで行かせてもらうわね。……でも、こっそり渡さなきゃいけないようなものって、どんなものなの?』

『えっと、その……。恋人っぽいもの、です』

『あら? それは楽しみね、ふふっ』


 こんな他愛もない、普通の恋人みたいなやり取りを、いつまでも出来るものだと思っていた。


 けれど、結末はいつだって唐突で――


『ごめんなさい、有栖さん。……さよなら』



 この言葉を最期に、未来は今いるこのビルの屋上から投身自殺をした。遺書も、遺言も、なにも残さず、唐突に。


 *


「未来は、死んでない……?」

「ええ。その通り。桜庭未来は、まだ生きているわ」


 神無の表情に、嘘を吐いている気配は見られない。……けれど、それが有り得ないことくらい、私にだって分かった。


「そんな訳、ないわ。……遺体だって、見つかってる。ご両親も、本人だと断定した。DNA鑑定だってした。……だから、有り得ないわ」

「まあ、普通はそう言うわよね。……じゃあ、これを見ても同じことが言えるかしら?」


 そう言うと、彼女はパチンッ、と指を鳴らした。……その瞬間、二人の間に一人の少女が仰向けの状態で現れた。そして、その少女は……、


「み、未来……?」

「に、見えるでしょう? 偽物よ。姿形も、DNAとかいう構成情報も、何もかも未来と同じだけど。……魂は、入ってないわ。ようは、ただのコピー人形ね」

「……どういうこと。ちゃんと、説明しなさい」


 分からない。もはや目の前にいる三日月神無が本人なのかすらも分からない。……けれど、彼女は少なくとも嘘は吐いていない。なぜか分からないけれど、それだけははっきりと分かった。


「未来は今、この世界にはいないわ。……私が元々いた、神の座する世界へと赴いているわ。神に仕える、巫女としてね」

「別の、世界……?」

「ええ。信じられないでしょうし、見せてあげるわ。……ほら」


 再び、彼女が指を鳴らす。口元に、確かな愉悦の笑みを湛えながら。


「え……。な、なに、これ……」


 ――瞬間、脳裏に映像が溢れる。


 この世のものとは思えないほど美麗な作りの宮殿。中には何人もの巫女と思しき衣装を身に着けた麗しい見た目の女性。……そして、最奥に鎮座する、巨大な人影。到底人間とは思えぬ程の巨体。そしてその人影の足元に、一人の少女の姿がある。


「未来……」


 他の女性と同じ衣装を身に纏い、表情を完全に殺してはいるものの、それだけで見紛うはずがない。――アレは間違いなく、桜庭未来その人だ。


「ええ、そうよ。あれが本当の桜庭未来。私があの世界へと誘い、巫女として神に仕えさせたの。……もちろん、彼女の同意は取った上で、ね」

「……あなた、何者なの」


 ずっと気にかかっていた疑問。彼女が仮に三日月神無本人であるとしても、三日月神無が果たして何者なのかは、分からない。……ひとつ確かなのは、真っ当な人間ではないということくらいだろう。


「まあ、そろそろ語ってもいい頃合いね。……私は、あの神の使者。神の命に基づき、この世界から巫女となるに相応しい存在を誘う為に仕わされた。……納得してくださるかしら?」

「……納得は、してあげるわ。理解はしてないけど」


 当たり前だ。こんな超常現象としか言いようのないもの、見せられたからといって簡単に理解出来る訳がない。


「まあ、今はそれで十分よ。そう簡単に理解出来るものじゃないもの。……で、ここまで話を聞いてくれたセンセイに、一つお願いしたいことがあるんです。いいですか?」


 彼女の表情に、少しだけ変化が生じる。愉快そうな笑みが、少しだけ収まる。


「……ええ」

「なら遠慮なく。――桜庭未来を、取り戻して欲しいの」

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[良い点] タイトル。純文学でしょうか。シンプルだけど重みを感じるタイトルですね。旅路、ってことは道中いろいろあるわけですよね。贖罪なので、陰鬱になりがちな語りをどう読ませていくかがカギになりそうな気…
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