カンバス上に燃ゆるは
これは、始まりの物語。
森羅万象の淵源、神と呼ばれる存在が作った世界。
神は何故、世界を作ったのか。
そして、作られた別世界はどのようなものなのか。
神というフィルターを通し、今────
一般的な生命が存在する三次元。それよりも遥か遠く、高い次元の世界の一角に、それはそれは立派な屋敷が存在していた。
ある箇所は出雲大社と酷似し、またある箇所はモスクとも呼べるような、はたまた地球最大の教会であるサン・ピエトロ大聖堂のような建造物をないまぜにした、端的に言うと混沌としている建物が存在していた。
大きさは地球のメートル法基準でおおよそ十万平方キロメートル程だろう。ただ一つの入り口から入ると、巨大な宴会場──畳が敷かれている──が広がっている。横と奥の壁には数多の襖が取り付けられており、招かれたもののための個室となっている。
しかし、今の状況で休むものは誰一柱として存在しない。
神々のための宴会場──天之原宴会場にて。
神々の中で一大ブームとなっている遊びが今、行われているのだから。
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──宴もたけなわとは、この事を指すのであろう。
「あゝ、斯様な結末になるとは!」「天照大神の物語はやはり良い!」「酒、酒を持ってまいれ!「あっはははははは! ははははははは!」「…………」
「良い、良いぞ。次は誰だ!?」「ちょ、そんな飲めな──嘘です飲めます飲みます……」「ちくわ大明神」「最後の結末は不服であったが、全体的には良い物であった」「ささ、お注ぎしましょう」「みんな見てるぅー⁉︎ イェーイ!」
喧騒、喧騒、喧騒。
数千年に一度の祭りの日であり、普段は入れない天之原宴会場に来た事も相まっているのだろう。
古今東西、老若男女の神々達は今、壮絶なまでの宴会を行っていた。神々に男女の概念があるのかと言われたら疑問を呈せざるを得ない──何故なら、全員が両性具持ち、俗に言うふたなりであるから──が、些末なことだ。
正直言って帰りたいところであるが、やはり創作には刺激が必要だ。毎日の世界統治も退屈極まる物のため、ここにいざるを得ない。そうは思うが、内心この空間を心地よく感じてもいる……思考がめちゃくちゃになってきている。
頭が割れそうなぐらいに酒を飲み、歓声と喝采と叫びと……ありとあらゆる音に関する言葉を全て足しても不足するような雑音の中では、文字通り筆も進む。普段とは段違いのスピードで進む。きっと明日明後日には頭痛に身悶え、積み上げられた駄作に煩悶し、最終的には見ないフリをするのだろうが、関係ない。悠久を生きる我々にとって今日のような刹那的快楽は何物にも替え難いものであるため。
「次、次のものは⁉︎」
主神たるゼウスの声が響く。白雲のような髭を蓄え、峡谷のような皺が一層深くなる。原初の神である以上、やはり我々よりも一瞬に飢えているか。
ちらと目をやれば、多くの頭(一部頭じゃないのもあるが)の向こうに、消えゆく色鮮やかな陽の光と黒髪の女性が目に入る。頭に陽の冠を身につけ、キモノなる服を違和感無く着こなし、神々に一礼している。
世界よ割れよ!
そう言わんばかりの拍手喝采が響く、響く、響く。
彼女の発表が終わったのだ。
ペルセポネーやゼウス、イザナギノミコトなどが口々に絶賛してきた『創作』という遊びの一幕が。
──『創作』。
それは、我々のような芸術にまつわる神。例として文章、絵画、彫刻……などの一柱が編み出した遊戯の一つ。我々自身の権利、そして義務である世界統治──つまるところ自分たちの世界を作り出し、どれだけ面白く出来るのか。どれだけ感動的で、心揺さぶられるような生命を作り出し、どのような世界の終わり方になるのかを競うもの。無論、神であるからと言って何でもかんでも許される訳ではなく、禁則事項も多数存在する。基本的には『【英雄】もしくは【天才】と評される生命は十万のうち一つだけ作れる』『世界と生命を作った後は干渉不可』『最初作る生命は規定された七種のみ』『作った世界は最期まで管理する』の四ルールだけ守れば誰でも遊ぶことが出来る。
単純そして明快。ゲームの終わりもはっきりしており、与えられた権能をフルに使って世界を描けるために数多くの神々が遊ぶ大ヒットとなった。
そして、今は天照大神。地球を作り上げた神の発表が終わったところである。陽光によってあんな鮮やかな世界が造られるとは思わなんだ。
騒ぐ老神から視線を外し、手元のカンバスを見やる。
描かれているのは矮小な生命と矮小な生命──ニンゲンとドラゴンとの戦いである。
神が──天照が与えた『草薙剣』を以って、ヒトが龍を正中線から両断する光景だ。
流れに任せ、権能を扱わずに描いた故、何の変哲もない静止絵となっているが、ある程度の躍動感は出せたろう。
……ああ、酔いが覚めてきた。絵を、まして創作のを、まさか権能を使わないで描くとは酷い失敗をしたものだ。あれのように面白いものを……
「……酒を」
「はい、どうぞ」
酷く陰鬱で、呂律の回らない声が出た。元の性格上余り言葉に抑揚もない上、直前の失敗に気づいたのも一つの要因だろう。ああ、酒が足りない。もっと、もっと快楽を。
与えられたお猪口の中身を一気に嚥下する。
酷く強い酒だ。数多の旨味や甘さ、辛さと共に喉が焼けつくような感覚が迸る。体もなんだか熱くなってきて………………
「ゼウス神。この、俺が次を務めよう!」
「おお、そうか。こちらへ! 次作は芸術神の世界である。今、暫し待たれるが良い!」
──────待て。自分は今何を言った?
巻き上がった歓声と音頭の中、僅かに残る内心が苦悩する。何と浅ましい決定を下したのだ。
だが、やると言ってしまった以上は仕方あるまいて。時には斯様な事をしても誰も咎めまい。ああ、酔うのは気持ちが良い。酒には現実を非現実にする魔力が込められているに違いない。
しかし、ここで一つ問題が生じている。己が唯一管理している世界、名は『カラー』というそれは、暫し前に見せてしまっている。世界としての出来も不出来であったし、何よりあれは起伏に欠けていた。構成的にも、物語的にも。無論、オーディエンスたちの反応も芳しいものではなかった。
なれば。次──今からは起伏に富んだものを作るとしよう。悠久を生きる私たちにとって、刹那というものは果てしなく恋焦がれるものであるから。過剰なぐらいが丁度良い。
ふわふわとした感覚に身を任せ、衆神環視の内へ。
ああ。これだ、これなのだ。やはり宴は良いッ!
正気でやるには恥ずかしいが、酔い潰れて行うのも憚れるソレを、丁度良いほろ酔いで行えるのは素晴らしきことよ。
「皆の者、待たせたな! 今から君たちを感動の渦へと叩き込んでみせよう!」
口上は創作時の不文律。何事もツカミが大切であるという、人類たちが考え出したそれは神々であっても取り入れている者はいる。
光と共に手元のカンバスが解け、球状へと整形されてゆく。刹那を重ねる毎に光は眩く、強くなっていき──────
一つ。世界が出来た。
さぁ、今から語るはとある世界の話だ。私という神の遊びで作られた盤上の、矮小な生き物たちの話。どうか最後まで見ていって欲しい。
──それでは。「ゆっくり、御観覧くださいませ」