暗闇のガンナー
いかにも建売、という家が並ぶ、夜中の新興住宅地。
まだ完成前なためか、空き地が目立つ。
人の気配はまったくない。
まばらに点いている街灯が無ければ、肝試しの格好の舞台となっていただろう。
がらんとした道のはじに、二人の男女が所在無さげに、たたずんでいる。
男性は、若い。カジュアルな服装もあいまって、大学生ぐらいに見える。
女性は、もっと若い。若いというよりは、幼い。背も低く、体操服のようなものを着ているので、中学の体育の時間から抜け出したように見える。
夜中の住宅地に若い男女。これだけでも十分に不自然だが、二人はこの国でまず目にしない物を持っていた。
二人とも拳銃を握っているのだった。
「ずいぶん蒸しますね、兄様」
「まったく、今年の夏もひどいもんだ」
物騒な物を持っている割には、ひどく呑気な会話だ。
しかし、二人とも周囲への監視は怠らない。
「兄様」
妹がささやく。なにかを見つけたようだ。
「うん、これなら私だけで対処できる」
真っ黒な服を着た二人連れがこちらに歩いてくる。顔も口と目だけ開いた、バラクラバで覆っている。もちろん、手ぶらではない。木刀を肩にかついでいる。
全身黒ずくめの二人が兄妹に気づき、間合いを詰めようとする。
その刹那、乾いた銃声が二発、響いた。
銃弾は見事に額に命中し、黒ずくめの男たちは倒れる。
兄妹は無造作に接近する。相手の死を疑っていないようだ。
近くで見ると、男たちはボディアーマーを着ていた。
これは拳銃では貫けない。額をねらったのは正解だった。
が、兄はまったく違う感想をいだいていた。
「この暑い中に、こんなに着込んで、気の毒だな」
同情がこもった声だった。
「ああ、これはいけない。見てごらん、彼ら、飲み物を持っていない。夜とはいえ、熱中症になるかもしれないのに」
自らも飲み物に口をつけつつ、妹に言う。
「お前も飲んでおきなさい」
「はい、兄様」
「彼らも、もう少し健康に気を使った方が良いな」
と死体を見ながらため息をつく。
そして、これが今回のテストの幕開けだった。
次にやってきたのは、スクーターに乗った二人組だった。
得物はやはり木刀。
兄が二発ずつ発砲し、スクーターは横転する。
兄はマガジンを交換し、古いマガジンを無造作に投げる。
「しかし、本当に蒸すな。湿気の中で立っているようだ」
「ええ、兄様」
死者は四名、にも関わらす、淡々とした会話。
むしろ、やる気の無さだけが伝わってくる。
しばらく間をおいて、やはり黒ずくめの二人連れ。見たところ、小銃を持っている。
それも、連射のできるアサルトライフルだ。
兄妹は物陰に身を隠す。
今度は多少、真面目に対応するようだ。
「おい、お前、安全装置は外しただろうな」
「大丈夫だ。相手は拳銃だろ、楽勝だぜ」
黒ずくめの男たちは、映画かなにかで見たように、左右に銃身を振っている。
格好は一人前だが、トリガーに指をかけているところから、素人を促成栽培したことが明らかだった。それが証拠に、横に並んで歩いている。
「ようするに、拳銃が当たらない距離まで離れて撃てば良いんだ」
「その通り、正解ですよ」
声とともに、銃弾が命中。いつの間にか兄妹が接近していたのだ。
銃弾は頭部に集中した。
頭蓋骨を貫通しなかったが、死に至るには十分だった。
「額と、頸動脈とでは、やはり頸動脈の方が楽に死ねると言うが」
「兄様、努力します」
相変わらず、恐怖も興奮も無く、死体を検分する。
アサルトライフルは軍用銃の民間版であるAR-15だった。
多くの銃器メーカーが生産し、1000ドルもあればお釣りが来るという、大ベストセラー商品。
「思ったよりも本格的な銃を持ってきたな」
兄はやれやれ、と、ため息まじりに独り言を言う。
事前のレクチャーでは、次が最後の相手になるはずだが、この分だとさらに厄介な相手となりそうだ。
その相手がやって来たのは、しばらく時間が経ってからだった。
男たちの姿勢は低く、縦列で間隔を取っている。人数は六人。
先頭の斥候役が前を確認しつつ、ゆっくりと進んでくる。
赤い光が見えることから、レーザーサイト付きの軍用銃のようだ。
しかし、見たところ、練度は低い。数日間、訓練をしました、というところだろうか。
それでも、今までの相手と比べれば、十分に厄介な相手だ。
「さすがに射的の的ばかり、というわけにはいかないか」
兄がため息をつく。
相手との距離は100m弱。
拳銃では普通、命中は望めない。
しかも今は夜だ。
黒ずくめの男たちにはとってはまったく残念なことだが、常識はこの兄妹には通用しなかった。
「まかせた」
兄が言い終わる前に妹が動いた。
拳銃を連射、マガジンひとつ分を撃ち尽くす。
銃弾は先頭の斥候役に頭部に、そのあとに続いた男の太ももに命中した。
兄妹は急ぎ住宅に身を隠す。
いきなり発砲された男たちは動揺する。
あっと言う間に仲間を殺されたのだ。その上、負傷者一名。
撃たれたのが太ももでは、出血死のおそれがある。
リーダーの男は決断した。負傷者のために一名を残す。
ここで負傷者を見捨てると、この寄せ集めの軍隊は統制を失うだろう。
「あいつら、分かってやっているな」
戦死者よりも負傷者の方が、戦力を削げる。
兄妹はその原則に従っていた。
これで攻撃できる手勢は三名にまで減ってしまった。
ギブアップしたいところだが、それは許されなかった。
負ければ死があるのみ。なんとしてでも、あの二人組を処分しなければならない。
「しかし、変じゃないですか?」
「何がだ」
「家に逃げ込んだのを見たのですが、あの二人組、一人はすごく小さかったですよ。大人とは思えないぐらい」
「今は夜だ、見間違えたんじゃないのか?」
「夜だからこそ、です。夜は相手を大きく見せますから」
リーダーはふむ、と考える。相手が子供かもしれない。が、やることは同じだ。
それよりも、二人組が手練であることの方がはるかに問題だ。
負傷した仲間ともうひとりを残し、三人は警戒しつつ相手が逃げ込んだ住宅に近づく。
室内の明かりは点いていない。
何かしらの罠があるかもしれないが、こちらもあちらも、手榴弾や刃物のたぐいは持っていない。やれることは殆どないだろう。
ようやく玄関までたどり着いた。
先頭の男が映画で見たように、ドアを蹴破ろうとする。
鈍い音がひびき、先頭の男が足をかかえる。
リーダーが舌打ちする。
「新築の家のドアがそんな事で開くわけが無いだろ、アホか」
そもそも、日本の家のドアは外開きだ。
さすがにカギに銃弾を叩き込みはしなかった。
スチールのドアだ。
跳弾してとんでもない事になるのは、火を見るより明らかだ。
ドアノブに手をかけて、感触を確かめる。
「ん?回るんじゃないか、これ」
「カギ、かかってないのか、なめた真似を」
とはいえ、開けた直後に撃たれることぐらいは予想がついた。
「罠のつもりかよ」
男たちは一人がドアを開け、もう一人が姿勢を低くし突入する作戦をとる。
「まったく、最初は自動小銃だ、楽勝だ、と思ったが、手榴弾の一つも配給して欲しかったぜ」
どんなに泣き言を言っても、無いものは無い。腹をくくり、ドアを開ける。
緊張の瞬間。
しかし、予想に反して、銃撃は無い。突入役が姿勢を低くして住宅に入る。
「あ」
突入役の足にひものような物がからまった。
「電気のケーブル!?」
不安定な姿勢なので、たまらす前に倒れる。
もう一人が助けようとした時に銃弾が降ってきた。
またたく間に二人が倒される。
「くそ、くそ」
リーダーが拳銃の発砲炎を目当てに射撃する。頭に血が昇っていたためか、フルオート射撃だ。
そして、すぐに弾を撃ち尽くす。
その時だった。リーダーの耳に、後ろから少女の声が聞こえた。
「サ・ヨ・ナ・ラ」
銃声とともに、リーダーの意識は遠のいていった。
「見事だ」
「ありがとうございます、兄様」
そして、死体となったリーダーに向かって、
「無駄な時間をかけすぎだ。おかげで妹を後ろから回り込ませることができてしまった」
きちんと講評をする。
そこに突然。
何条もの赤いレーザーの光が、兄妹の身体を照らし出した。
「動くな!」
闇溜まりの中から、迷彩服の男たちが近づいて来る。
身のこなしや装備から特殊部隊とわかる。
兄妹に抵抗する時間はまったく無かった。