簡単なアイドルの話です
少し先の未来、アイドルは機械に取って代わられた。
その中で生きる人間の話
「はい、これで貴方と私は一蓮托生。バレると一回でアウトよ、理解なさって?」
「……………分かってるさ。あの地位を取り戻す為にここまでしたんだからさ。」
「…そ、ならいいわ。…なら誓いの言葉とか決めときましょうよ!ほら、桃園の誓いや三銃士みたいな!」
「貴方、意外とミーハーですね?」
「そりゃもうこんな事するくらいなんですもの、でもこの想いは揺らがないわよ。」
「なら良いんですけどね…んじゃこういうのはどうです──」
「はいカットォ!いやぁお疲れ様でした!これにて主演のお二人、クランクアップでぇーす!」
「「「お疲れ様でしたー!!」」」
そうして、「機械に逃げども恥ではない」最終回の撮影が終わった。
「Is this AIZI BalanceBU??」
「No! It's Yzi Balance!」
「Oh...OSHI SHIKA KATAN not ORE NO YOME?」
「Because the street and VTuber are very delicate, be careful!」
英会話に関するスキルは今まで振ってこなかったので、早口の会話は全く聞き取れないが、我々には理解できない数学のなんちゃら予想の議論をしているのだろう。
そんな会話を聞きながらチャーシューメン(麺ネギチャーシューモヤシ特盛り)を啜る。
幸い、このラーメン屋は穴場らしく外国人の二人以外にはいつまでも麺をフーフーしている強面の男がラーメンと格闘しているだけだった。
「先輩餃子ラス1もらっていいすか?」
「駄目だ、お前半分以上食ってるだろ。俺の分を少しは残せ。」
「ちぇー、なんか微妙にケチだ。めちゃくちゃ食べてる癖に。お代わり頼めばいいのに。」
「バッカお前、零細のプロデューサーにンな余裕あるわけねぇだろ。なんなら割り勘にしたい所なんだが」
「いやそこは少しは威厳見せろよ先輩!?」
「まぁこの際餃子を一個多く食うのは許そう後輩。そもそも相談ってなんなんだ。でないとこのままずっと俺は何度も餃子を奪われる羽目になりそうだ。」
「全体的に突っ込みどころはあるけど仕方ない…担当のステータスの振り方なんですけど……」
「おまっ、そういうのはもっと内輪でだな……まぁ今は人も少ないし音量控えめでだな。」
20XX年、アイドルは機械に代替された。
というと大幅に語弊があるが。
正確に言うとAIや人工筋肉などを組み合わせたアンドロイドが台頭してきたのだ。
一見するどころかかなりの無茶振りですら人間と遜色ない振る舞いをする『彼女たち』にお陰で芸能界は大荒れ、大手事務所が倒れる寸前まで行ったとか。
その時に開発元であるNRC(Noon Right Corporation)が大手へ『彼女たち』を貸し出す形で支援をした結果、広く浸透したとか。
『彼女たち』は数京にも及ぶパターンをビッグデータやらの理屈でランダムに見た目とキャラクターが設定され、それに加えて必要な過去や考察できるような『深み』をある程度獲得している………らしい。
らしいというのは今説明している自分もよく分かってないからだ。
こんな理屈を全て把握しているならそもそも今居るお手軽なラーメン屋で同僚とくっちゃべりながら昼飯を啜っていない。
俺たちは業界のぎの字も知らなかった程の一般人だったのだから。
更にはAIならではなのかステータスが4種類ほどあり、それぞれ営業やレッスンをこなすと不思議な事にアイドルに設定されたパラメータが増えるのだ。
こちらに渡される資料もどこへどう仕事を振ってやるとパラメータが上がるのか、最初から決まってるので学も少なめの自分にはやりやすいと今でも思う。
そこから我々が発破をかけたりアイドルたちとやり取りをしてやる気テンションを上げさせ、更なる仕事を得るためにオーディションを受けるスタイルとなった。
これを繰り返して更に大きな数カ月単位で目標を決めるものもあるらしいがそこは割愛。
「というか先輩、担当大丈夫なんスか?」
「あぁ、今はドラマの収録でかなりの時間拘束されてるから問題ない。その間、事務仕事こなしとけってさ。」
「ほー、随分気の回る子なんですね。こっちのは本人の興味があっちこっち行くんで常に目が話せないんすけど。」
「そのせいで同じユニットのウチの担当が困ってたな……見てるこっちは多少微笑ましいが。」
「でしょーそこが可愛いんですよねー!」
「でもそこも行き過ぎると良くはない、言い聞かせておきな。」
「ふぁ〜い、それもそうッスね………あ、そろそろお迎えに行かないと間に合わない!先輩も!早く行きますよー!」
「おう、そうすっか。大将、ごちそうさんでしたー!」
「ごちそうさまでしたー!」
二人は(先輩の奢り)会計を済まし、慌ただしく出て行った。
「ふぃ〜。あ、親父さんお会計。ここ、カードイケる?」
仲のいい先輩後輩プロデューサーたちがラーメン屋を慌ただしく出て行った後、先程からずっと息で麺を冷ましつつ、豚骨ラーメン(麺アブラマシマシのカロリー高め)と格闘していた大男が漸く立ち上がり会計を済ます。
店を出て近くに止めた車を開けようとした男の前に、小柄な影が立ちふさがる。
「昼食に1時間かけるなんて随分と余裕がおありで、これは次の予定も期待しても良いんですね?」
アイドルの少女はどこか試すように大男────プロデューサーに問いかける。
「あぁ、勿論。この前狙ってた雑誌のインタビューとドラマの出演依頼、どっちから聞きたい?」
「そうですねぇ……やっぱりドラマからですかね?」
「よしきた……と言いたいところだが取り敢えず車で話そう。駐車料金が危ない。」
「仕事はできるのに細かい所はちょっと怪しいんですよね貴方……」
とは言いつついそいそと車に乗り込む少女
「そういう君の方こそどうなんだ?ちゃんとやってるか?」
車のエンジンを掛けながら近くのコンビニに移動するプロデューサー(駐車料金は間に合った)。
「えぇ、もちろん。」
昼食代わりに買ったのか、話題のやたらカラフルなフランクフルトと格闘しながらアイドルの少女は答える。
「そうか、なら話してくぞ。まずドラマの方は────」
そうやって何件かこの後のスケジュールを伝え、流れる様にお互いに擦り合わせていく。
『アンタ、確認しとくけど。忘れてないでしょうね?』
『……あぁ、勿論。俺たちが再起する時に誓ったあの言葉は、な。』
一通り打ち合わせが終わった時、気晴らしに付けていた車内のワンセグTVから「機械に逃げども恥ではない」の名シーンが流れてくる。
「はぁ、良いわよねこれ。私も演技方面にステ振りしようかしら……?」
「ハハッ」
「言うに事欠いて鼻で笑い飛ばしやがったわね貴方!?」
「いやだって、そもそも君は、ステータスの概念が無いじゃないか?」
「だからこそよ、曖昧な体調や見えない練習の成果なんて言うものより絶対のステータスってものに幻想を抱いてしまう。」
そう、そもそもこの少女は生身の人間である。
生身でありながら、薬や機材で底上げしているのだ。
「分からんでもないよ、俺も君を『彼女たち』に対抗させるために随分手を尽くした。」
「頭に謎のヘルメット被せられたり胡散臭い薬を飲まされた時は訴えようかと思ったわ。」
「大丈夫、モルモットとサルでは問題なかったからアレ」
「それ世間では何ていうか知ってる?違法治験って言うのよ?」
「でも君がそうやってブーストした身体能力で『彼女たち』に対抗できるようになったのは確かだ。」
「全くだわ、しかもデータが医療分野で役立つなんて言われなければやってなかったわ。」
「(そういう根っこの人の良さはホント扱いやすいなぁ)」
「………でもね、やっぱり不安になるの。そこまでして得た名声にあまり意味を感じられなくなってきて、ね。」
「ファンレターならダンボールにまだ数箱あるが」
「そういうのではなくて!なんというかね、たまに思うのよ。『彼女たち』と私たちの違いってなんだろうなって。」
「……………………それは」
「ま、答えが出ない考えが頭に占めてる割合が大きくなってる辺り、ストレス溜まってるのかもね。」
「すまん」
「何でそっちが謝るのよ。ほら、目的地着いたんだしい・つ・も・の・やるわよ。」
「あぁ…俺は『彼女たち』によって追いやられた俺たち裏方のプロデューサー達を」
「私はかつて輝いていたアイドルの世界を画一化したこの世界を」
「私たちの!夢を取り返せ!」
二人で一人の勇者は今日も機械仕掛けの偶像たちが蔓延る芸能界を突破する為、あらゆる策を弄して駆け抜ける。