第94話 開戦
王都の一室でトロメタエルは流れる雲を見上げ考え事をしていた。
光都の事、袂を分けた天使達の事、魔族に協力を得ているこの街の事。少しだけ聞いた指輪の持ち主の事。
幽閉とまではいかないが天使達が人間達や魔王と激突した事でお互いに動けない状態になり、人側についたトロメタエルとベリエルは城から外へ出る事を禁止されていた。
手枷の類いがある訳でもなく部屋の外に監視の人間がいるくらいだったので自身の翼で出ようと思えば何処へでも行こうと思えば行けたがそれをした場合の事を考えるとおとなしくしておく方が無難という考えだった。
(一人でも生きては行けるが……これからの事を即座に知りたいならここにいるのが無難だろう。仮に人側と敵対したとして私では角突き魔神やその周りには勝てないな……)
意識を気配を探る方に集中しこの城の中にもイオスディシアンと言った様な強力な魔神が待機しているのが分かった。
(魔族と人が手を組むか……組むと言うよりは協力しているという感じか)
強力な魔族の力を利用しようという人間はとても多く、魔族も脆弱な人な人間の相手などまともにするはずも無く搾取するかせいぜい利用し利用されるぐらいの間柄だったのだが……この国の人と魔族の付き合い方は少し変わっていた。
(天使も魔族も似た様な物のはずだが……魔族は変わり始めているのかもしれないな)
それに比べ天使達はどうだろう……自分達の為であれば他者の命を奪う事に何のためらいない。
昔は自身もそう考えていた。姉が堕天し天界を裏切るまでは……天使達は間違っているが……それの何処が間違いで何処が正しいのかまではトロメタエルには分からなかった。
「はぁ……」
何度目かのため溜息がつき終わる頃に空間に干渉する魔力の流れを感知する。
誰かが転移魔法でこちらに戻って来た様子だった。
……それからしばらく経った後に事件は起こった。
城中の影という影から魔力と闇があふれ出しドーム状に城を覆い始めた。
「この感じ……ベリエルか!……」
トロメタエルの声もあふれ出た闇に飲まれ誰に届く事は無かった。
◆◆◆
ダッチマン宅では玄関に丁寧に飾れていた幽船の御霊または主神の奇跡をソアレが受け取り注意深く観察していた。
「……以前に見た時よりも綺麗にはなってますが特に何かが変化したという感じには見えませんね。指輪を近づけると少し反応があるぐらいで」
「ソアレ先輩。試しに革袋一杯の金貨を要求してみませんか?それが主神の奇跡とかいうアイテムかどうかも分からないので試すのも大事かとおもいますけど?」
「それで試すならルディールさんを呼び戻します。というか願って金貨が何も無い空間から出てくる訳でも無いでしょうからその検証の仕方だと難しいと思いますよ?」
「と言いますと?」
「はい。道に金貨が落ちていたとか持って帰った報酬で金貨を手に入れたとかとしてもこれが関わってるとは言い切れませんませんからね。たまたまと言う事も十分にありえますし」
「それだとマストが直ったとかネズミが全滅したとか超低確率ですけどありえるのでは?……ありえませんね」
「ネズミは害獣駆除の魔法もあるので王都から宮廷魔導師を総動員すればできますね。マストも樹都のからエルフを呼べば直ります。まぁ誰にも見られずと言うのは不可能ですが」
「なるほどー」
タリカとそんな話をしながらソアレは考える。魔術的にみてもこのアイテムは貴重を通り越して唯一無二のアイテムだ。疑っている訳では無いがダッチマン船長の言う事が全て本当ならルゼアが言った様に破壊するのが良いかもしれない。もちろんルディールを呼び戻した後でだが。
「神は万能とよく聞きますが……何でもできるならこのアイテムは必要の無い気はしますが……」
「先輩。それは気のせいですよ。万能なら人間とか魔族とか作りませんし。人に限って言っても男女がいたり自力では一度抜けた歯が生えてこなかったり体が欠損したら再生しませんからね。世界を作ったかもしれませんがそこまで万能じゃないですよ。たぶん」
「それもそうですね」
ソアレとタリカが魔術、魔法的な観点から主神の奇跡について話し合いスティレがダッチマン船長にこれからの国の動きなどを伝えているとカーディフが王都の方角を眺め呟いた。
「……なんか嫌な感じがするわね。ここから離れた方が良さそうよ」
「えっ?どういう事ですか?」
タリカが慌てカーディフに真相を尋ねている間にその天性の勘に何度も助けられているスティレとソアレはすぐに行動し始める。
「スティレ。何処に飛びます?」
この街や協力してくれたダッチマン船長に迷惑がかからない様に理由を説明してからスティレは少し考えてから答える。
「私達でも多少の天使なら問題無く倒せる。だが……前に魔王と戦ったようなバラストゥエル辺りが来れば私達では勝てない。そう考えるなら危険はあるがルゼア殿、ルミディナ殿が戻った王都に戻るのが良いだろう。バレたと考えるなら王都が一番安全なのは間違いない」
「分かりました」
カーディフの勘が外れてくれるのが一番良いが外れた事が滅多に無い上に悪い事と言うのは本当によく当たる物だった。
ただ何かあれば先に戻ったルミディナとルゼアがすぐに戻って来るとの事だが……戻って来ないのはどういう事なのだろう? そう考えている内に魔力が練り上がり転移魔法の準備が整った。
そしてすぐに呪文を唱え転移する為の門を召喚する…………が。
現れると同時にその門は開かれており目的の場所に繋がっているものだが、呼び出した門は塞がっており目的の場所に繋がっているという感じはまるでしなかった。
転移を阻害されたと言う事はすぐに理解できそれはソアレ側ではなく王都にある城で問題が起こっているという現れだった。
「……スティレ。王都で問題です」
「本当に……悪い予感と言うのは当たるな。迷惑はかけるが同盟国だ。氷都のミューラッカ様に説明し王都の問題が解決するまで守ってもらうのがいいだろう」
カーディフやタリカの顔を見るが反対意見もなかったのでソアレは頷きもう一度、転移魔法を唱えようするが……近くにあった水溜まりが動き始める。
動き出した空に向かって登り中で大きな門を形作り、ゆっくりと開かれた。
そしてその中から背に羽を持った者達が現れる。
「誰かと思えばお前達か……確かに神の気配を感じるな」そう言った後に門から現れたバラストゥエルは挨拶代わりと言わんばかりにソアレ達に向かって圧縮した水をレーザーの様に打ち出した。
スティレが剣で弾きカーディフは躱しソアレは自分とタリカを守る様に難なく凌いだ。
「天使も存外に好戦的だな」
「人間だからと言って油断しないだけの話だな。主神の奇跡とかいったか……どうやら見つけた様だな。奪っていくから渡せとは言わないが素直に渡すなら命までは取らないが?どうする?」
主神の奇跡はソアレのアイテムバッグの中に仕舞われていたのでバラストゥエルはソアレに話しかける。
「お優しい事で。私達にはこれが主神の奇跡という確たる証拠が無い状態で見つけましたが?どうやって私達が見つけたと?」
「律儀に答える必要もないが……そういう能力を持った天使もいると言う事だ。トロメタエルはともかく主神がお戻りになり女神様達が生き返る可能性があるのに裏切る天使がいると思うか?」
「なるほど。天界の世情には疎いもので勉強になります。ここで争えば知り合いと街の人に迷惑がかかるので少し場所を変えませんか?」
「安心しろ。お前達では私の相手にはならんよ。ただそこまで自分の力量を測れない馬鹿ではない。あの時を操る女と魔力を扱えない女、あれらには流石に勝てる気がしないからな。居ぬ間に決めさせてもらう」
ルミディナ、ルゼアが戻って来る時間を少しでも稼ごうと考えたがそうは問屋が卸さなかった。
火食い鳥は目を合わせた後に全員で頷き武器を構え臨戦態勢に入った。
「負けるとわかっていて強者に挑むその魂は嫌いではないが……一度だけ言う主神の奇跡を渡せ」
「断る。負けるとわかっていても投げ出せるほど人間ができてないからな」
バラストゥエルは溜息をついた後に一緒に来ていたファルナエルや他のて天使に命令をする。
「私がやる。負ける事は無いが不測の事態に備えておけ。ファルナエルは主神の奇跡を手に入れた後、即座にアークスライブに帰還できる様に準備しておけ」
わかりましたとファルナエルが言い終える前に矢が飛来し、その矢に向かって雷が落ちた。
……まだ話中だったたが? とバラストゥエルが質問を投げかけるとソアレが待つ必要もないのでと答えると確かになと笑ってから戦いが始まった。
先ほどの雷で並の天使は数人ほど間引く事はできたが……ファルナエルや火食い鳥達が戦っているバラストゥエルにはまったく効いた様子は無かった。
◇◇◇
ルデルを除く現状の最高位天使を相手に火食い鳥は善戦した。
いくらタリカの回復が凄まじく吹き飛んだ手足などを治したとしても、命が尽きてしまえば治る事は無かった。
ソアレの最後の一撃で手の甲にバラストゥエルは火傷を負うが……反撃で喰らった圧縮された水がスティレやカーディフと同じ様に心の臓を貫いた。
「ソアレ先輩!」
タリカは叫びながら火食い鳥達に回復魔法をかけ続ける。その姿を見てバラストゥエルは戦いの終わりと判断しソアレのアイテムバッグに干渉し中から主神の奇跡を取りだした。
「なるほど……これが主神の奇跡。本当に神の気配を感じる」
主神の奇跡を興味深そうに眺めるバラストゥエルと子供の様に泣きじゃくるタリカをソアレは何処か遠くから見ていた。
そして不意に景色が切り替わると先に倒れたスティレとカーディフが立ってた。
「お待たせとは言いませんが……あの世への道でしょうか?」
「それが分からないから私もカーディフと相談していた所なんだが……」
「死んだら何も無いと思ってたから何か変な感じよね?そもそも死んだって感じが全くしないんだけど?……でも心臓は貫かれた訳だし?」
「そもそも私もソアレも死んだ事が無いから分からん」
「私も死んだ事ないわよ!」
スティレの言う事が最もで死にかけた事はあったが死んだ事は初めてだったので火食い鳥の三人は頭を悩ませ辺りを見渡した。
そこは本当に何も無いだだっ広い場所だった。
何も無いがここにいた所でどうしようもないので動き始めると少し離れた場所に何かを見つけた。
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