第85話 この世界の形
Airとの話を終えてこれからの事が決まったのでルディール達は見慣れた廊下を歩き建物の外に出る。
その世界はルディールがいた世界より少し未来のはずだったが空は赤く染まりエアエデンの下に広がる雲海は黒く染まり世界を覆っていた。
そして時折、雲は稲光を放ち発光し元の世界でも見た事が無いような気味の悪い巨大な魔物が見え隠れしていた。
その光景にルディールが唖然としているとAirが「全く別の世界の様に見えますが同じ世界線です」と少し寂しそうに話した。
どうしてそうなったのか尋ねようとしたタイミングで大人になったアコットがAirに用事があった様なのでこちらに近寄ってくる。
ルディールとAirの特訓も今すぐという事は無かったので、Airに適当にウロウロしていて下さいと言われ、ルディールは頷きその場を離れ見慣れたはずだが別物になってしまったエアエデンの庭を歩き始める。
そこはルディールの世界のエアエデンの様にスイベル達が手入れをしている庭は無く、ほとんどが畑になっておりそうで無い場所は牛や豚といった家畜が柵で区切られ飼われており、作物や家畜の世話をするのは大人も子供も関係なく皆が皆生きる為に働いていた。
そんな中でも建物と変わらない場所がもう一カ所見つかり仕事をしている人達の邪魔にならない様にルディールはその場所に向かった。
その場所の木はルディールの時代よりは成長していたが素人のルディールが見ても分かるぐらいに弱っており足元に目をやるとスナップ達の父親である大賢者ノイマンの墓とは別に沢山の名が書かれた墓石が立っていた。
読む気は無かったが見慣れた自身の名前が目に付きその後に連なるように友人達の名も目に飛び込んできた。だがその事実から目を背ける様にルディールは墓に向かって手を合わせ静かに黙祷を捧げた。
そしてゆっくりとエアエデンの端まで歩き足元に広がる濁った黒い世界を見下ろすと雲の切れ間から綺麗だった海が黒に近い紫に色に染まっているのが見えた。
「五十年くらいで世界はここまで変わるのか?何があったんじゃ?魔族や天使との戦いに発展した結果がこれか?」
そう呟くルディールの背後にはAirがいつの間にか立っておりその答えを聞きますか? とルディールに尋ねる。
自分がいた世界の果てがこの世界だと言うのならすぐにでも戻らねばならないと心に決めルディールは話を聞く。
「貴女がいた世界の未来の可能性ではありません。違った流れの辿り着いた先がこの世界です」
「と言うと……ミーナと結ばれた世界やセニアと結ばれた世界があるような感じの世界でいいんじゃよな?」
「正確には違いますがそれの方がわかりやすいでしょう。他の世界でも聞きましたので分岐したのはルディール・ル・オントとミーナ・ルトゥムとバルケの三人がエアエデンに向かわなかった所で運命が分かれたようです」
ルディールは言葉に詰まったがAirは気にした様子も無く話を続けていく。
「正確には冒険者達と一緒に高度が下がるエアエデンに向かいました。そこでろくでもない冒険者達がルディールとバルケがスプリガンに取り付きスナップを取り込んだマナイーターとの戦闘中に、父であるシャノン・ノイマンの書斎を荒らし全ての禁書を持ち出したのが始まりです」
「……なかなか難儀じゃな。でもお主がおると言う事はスナップは助かったんじゃよな?」
「はい。冒険者達はルディール・ル・オントを残しエアエデンから撤退したので全てのマナイーターを倒した後に、賢者の緋石でエアエデンを復活させました。ただその時の戦闘で魔石に傷が入り片腕を失い。冒険者バルケが犠牲になりました」
「バルケがおらんのも想像できのんう……貴重な飲み友じゃのに……という事はこの世界ではバルケとスナップは結ばれておらんのじゃな」
「はい。スナップとバルケは他の世界でもよく見かけますがこの世界では存在しません」
「それで……スイベルやスプリガンはどうなったんじゃ?」
「スイベルについてはエアエデンにある記憶回路が大幅に損傷していたので生み出したとしても記憶の共有ができない為に停止しました。スプリガンもマナイーターに取り込まれ融合した部分が多く、修復が不可能だった為に使える部分を残し廃棄が決定しました」
そしてそれから後の話はルディールが知っている世界と似た道筋を進んでいたが持って帰られた禁書が世界に散らばりろくでもない事が起こり始める。
「ルディオントの世界の様に人とは対立しておらんのじゃよな?」
「はい。冒険者に置き去りにされたのもありましたが、禁書による魔神召喚などは止めています。ですがそれを皮切りに禁書による事件が多発します」
「例えば?」
「そうですね……貴女が知ってそうな場所をあげるなら死の沼を知っていますか?」
「トルボ村の近くにある沼じゃよな?錬金術師が悪さをしておった場所と聞いたが……」
「はい。それです。そこで死者をよみがえらせる魔法が使われ伝説と言われた錬金術師が不完全な形で不死の王として蘇りトルボ村や近くの村が消滅します」
「わらわがいるなら行ってそうじゃが……どうなんじゃ?」
「国王の頼みで王都の地下を調べ大神官や偽の聖女とも戦っていました。そしてローレットは不死の王を討伐するのにかなりの兵力を消費し何とか討伐に成功します。そして禁書がローレットから各国に流れたと話が伝わり友好国だったウェルデニアとの関係が悪化しました」
最悪じゃな……とルディールが呟くと感情が無いスナップと同じ声でまだまだこれからです、続けますか? とAirが言ったのでルディールはにも言わずに頷くいた。
「分かりました。辛くなったら言って下さい。聞いた所で過去は変わりませんので」
「そうなんじゃが……聞いたら未来が良くなる可能性もあるからのう」
「貴女はいつでもどこでも前向きですね」
「それぐらいしか良い所がないからのう」
「いいえ。いっぱいありますよ」
「そういう事を言う奴に限って一つ二つしか言えんと思うんじゃがどうなんじゃ?」
図星をつかれたのかAirがルディールから目を反らした後に続きを話し始める。
ウェルデニアとローレットの中が険悪になった頃に運悪く魔神イオスディシアンが樹都ウェルデニアに襲撃を始め、ウェルデニアの民は何とか追い返す事に成功するが樹都の半分以上を失う大打撃を受ける。
そして人々の恨みが溜まった時にローレットが魔神を召喚したのでは? と噂が流れウェルデニアの人々はそれを信じローレットを敵国と判断した。
スノーベインもその噂の真意は不明だったがローレットから世界に禁書が流れた事は分かっていたのでローレットとの交流を止める事になった。
そして各地で小さな小競り合いが起き始め人々が救いを求め聖都ホーリスフィアに移動し始める。
「……生誕祭を待たずとも人が集まり天使達が召喚されたとか言わんよな」
「言います。その時に私ではありませんがスナップがルデルの存在を確認しています。ただこの世界に興味が無かった様ですぐに何処かに行きましたが」
そして天使が人間界に現れたのを魔族側も知りラフォールファボスが悪魔や魔神を率いて侵攻を始めた。
その時のルディールは大きな戦いになると分かったので友人やリベット村の住人に理由を説明しエアエデンへと避難させた。
そしてその後にすぐに千年前の戦いを思わせる様な戦争が始まりローレット王国が戦場となりすぐに王都は地図から消滅した。
「……わらわとかアホじゃから単機で天使と魔神が入り乱れる所に特攻してそうじゃな」
「いえ。アホではありません。大馬鹿者です。単機で突入した後に魔王ラフォールファボス、第一位天使レイセルを撃破しました」
スナップだった時の記憶を思いだしているのかAirの頬には涙が伝っていた。ただ本人も伝っている涙には気がついていない様で話を続ける。
「撃破はしましたが魔力が減っている所を聖女の力を奪ったアトラカナンタに狙われ、ソアレ・フォーラス、ミーナ・ルトゥムを盾に使われルディール・ル・オントは敗北します」
「よし。戻ったらカナタン蹴ろう」
「別個体ですが強く推奨します。その後はソアレ・フォーラスが意識を取り戻し自身の命と引き換えに自爆しミーナ・ルトゥムとルディール・ル・オントをエアエデンに帰還させる事に成功しました」
エアエデンには帰還できたが魔力が尽きた状態で魔法を無理に使い続けていたのでルディールの体にも限界が来ていた。
「そしてスナップに真なる王の指輪や自身の魔石、装備をスナップに託しこの世界のルディール・ル・オントは消滅しました」
その頃には流れる涙に気づいた様で少し失礼と言ってからあふれ出る涙を拭った。
ルディールの魔石を受け取ったスナップはそれを解析し自身の体に埋め込んだ。
まだ使えるスプリガンのパーツやルディールの記憶の記憶を探り十年の時をかけて今の姿へと形作っていく。
その間にも地上では戦闘は更に激化し魔界や天界の門が強制的に開かれ地獄が出現したような世界になっていった。
この様な世界になる事を想像して作られたエアエデンは人がギリギリ生活できる高度まで上昇させるといくら魔神や天使といえども迂闊には近寄る事ができなかったので世界で最も安全な場所になっていた。
「お主が動けぬ間は誰が戦っておったんじゃ?十年の時間が流れてその姿になったんじゃろ?」
「ミーナ・ルトゥムが勇者の力に目覚めこのエアエデンの防衛を担っていました」
思ってもいない答えにルディールがむせるとAirが大丈夫ですかと? 背中をさすった。
「わらわの一番弟子じゃし……いつかは化けると思っておったがこっちの世界では頭角を現したんじゃな」
「はい。私が真なる王の指輪を預けていたのもありますが今の貴女に匹敵する強さでした」
「王女様は別じゃが……ルディール六姉妹にはいつか抜かれるとは思っておるから驚きはしたが納得できるのう」と言った所で先ほど目に映ってしまった墓標にその名があったのを思いだし辛そうな顔をするとその表情を読み取ってかAirが続きを話す。
「勇者になったミーナ様が次の魔王になっていたアトラカナンタや天使達を倒し戦いは終わりを迎えるはずでしたが……人間界、魔界、天界と全ての世界が繋がった世界では、元からいた生物は地上では暮らしていく事ができない世界になりました」
その変化しきった世界に適応するように地上に残っていた生物も進化を始め今の世界になってもう数十年は経っていた。
「地上から巻き上がる汚染された塵は猛毒でそれが原因でミーナ・ルトゥムも命を落としました。そしてここに残った人々もいくら上空にいるとはいえ無害という訳にはいかないので平均寿命もかなり落としています」
「……最低じゃな。アコットは?もう五十を過ぎておるんじゃろう?」
「はい。アコット・リノセスは大気を操る魔法を覚え、魔力の総量も今の貴女より少し少ない程度なので常に自身の周りに魔法防壁を張っているので問題がありません」
「今はAirとアコットがエアエデンを守っている訳じゃな」
ルディールがそう言うとAirはすぐには答えず少しだけ間があった後にスナップが嘘を隠す時の様な笑い方をした後に「そうですね」といった。
他に人が残っていないのかと尋ねるとエアエデンよりは少ないが雪と氷に覆われた地下に住居を作りスノーベイン人の行き残りがいるのと、同じ様にヘルテンも地下に逃げ延び浄化装置を作ったドワーフ達も少しは生き残っていた。
そんな生き残った人達にエアエデンの転移装置を提供したのでまだ人と人の交流が残っているとの事。
「それでアコットがお客さんとか言っておったんじゃな……」
「はい。そうなります」
そこで話はいったん終わりルディールは同じ様に横に並ぶAirの背後に回り優しく抱きしめた。
その体は柔らかいメイド服ではなく無機質な兵器に身を包んでいたがまだ少しだけスナップの温もりが感じられた。
「こちらの世界のわらわが迷惑をかけたようじゃな……すまんかった」
「それは間違いですわ……ルディール様がいてくれたからこその今ですわ。またお会いできて光栄ですわ」
子供の様に泣きだしたAirにルディールは自身も涙を流しながら落ち着くのを待った。
そしてしばらく時間がたった後にAirも落ち着いた様で少し頬を赤く染めながらお恥ずかしい所をお見せしましたと頭を下げた。
「別に恥ずかしくないじゃろ」
「そういう物ではありません。では私は特訓の準備をしますので先にいっています」
そう言って先にAirが行ってしまったのでルディールももう一度墓標に手を合わせてから後を追おうとすると墓標のある背後に奇妙だが懐かしい気配を感じた。
その奇妙な気配を体験した記憶があったルディールはゆっくりと振り返る。
そこにはこの世界の自分を含め、大賢者ノイマンやスイベル、大人になったミーナ、セニア、リージュ、ソアレ達がルディールの方を見て微笑んでいた。
ルディールが皆の魂と思われる存在に話しかけようとすると一人ずつ消えていき、ミーナの魂が最後に残った。
「立派になったのう……」と話しかけるルディールにその魂は答えなかったが静かに口元だけが動き消えていった。
「この世界を頼みます。ルーちゃんか……ミーナよ……それは無茶振りではないか?」
そう言って笑うルディールをいつまで経っても来ないのでAirが呼びにくるとその表情を見て不思議そうにしていた。
「何かいい事がありましたか?」
「ん?自分の世界に戻ったら勇者ミーナをからかおうと思ってのう。セニアとかリージュはないのか?」
「ありますよ。聞きますか?」
そして二人は笑いながら地上で特訓する為の準備を進める。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
次回の更新は12月からカクヨムコンテストが始めるのでそれに向けて新作を書こうと考えているので未定になります。気長にお待ちくださいませ。




