第2話 知らない世界
「あまり覚えてないけど、さっきも変な夢見たし。まだ夢の中か、もう一度寝よう……」
そう言いながら目をつむるが、獣のうめき声ややわらかな草の匂いが眠気を吹き飛ばす。
「うおぉぉぉ! ほんとにここどこ! なんか喉にも違和感あるし……!」
小柄で角の生えた美しい少女は、その姿に似合わず地面の上を左右に転がる。
「あれか? 異世界転生とかいうやつか? この場合は異世界転移か? どっちでもええわい! ギルメンに借りて読んだことはあるが……すぐ冷静になるとか無理じゃ! 聞いたこともない獣の声がするのじゃ!」
転がりながらそう考え、ゲーム時代に使っていた言葉遣いに戻すと喉の違和感が薄れ、少し落ち着く。しかし同時に恥ずかしい記憶も呼び起こされ、気分が沈む。
「そうじゃ! アレじゃ! お約束のアレじゃ!」
「ステータス! オープン!」
あたり一面が、何事もなかったかのように静まり返る。
「……何も起こらぬではないか! しかもなぜ、獣共まで静かになる! ただただ恥ずかしいだけではないか!」
頭に両手を当て右往左往していると、腰のベルトに付けた小さく綺麗な箱に気付く。
「アイテムバッグ! これじゃ!」
出て湧いた解決策に希望を託し、中身を探る。
「最後の戦闘で大盤振る舞いしすぎて、消費系がほとんど残っておらぬではないか! それはよいが……ポーションではない……時の砂時計でもない……賢者の緋石でもない……あった! これじゃ! 真実の水鏡!」
何も映していない楕円形の金属の塊が宙に浮かぶ。
「真実の水鏡よ! わらわの姿を映せ!」
金属の塊に水が満ち、声の主の姿が映し出される。
「な、なんじゃと……!」
そこに映っていたのは、ゲームで使用していたルディールの姿だった。
「うむ! 時間も金も惜しまず制作しただけあって、やはり可愛いのう!……って違う! 今はそこではない!」
鏡越しに、自身の体や服装を確かめていく。
「立派な角じゃ……服の触り心地もよい……まるで本物じゃな。まな板や洗濯板と呼ばれぬ程度には胸もあるのう……」
ある程度は落ち着いたものの、内心では冷や汗が止まらない。
(もしかして……いや、やはりと言うべきか。ルディールの姿で異世界に来てしまったんじゃろうか……)
半ば放心しながらも今後を考えようとした矢先、再び獣のうめき声が耳に届き、恐怖がこみ上げる。
「ダメじゃ……これは絶対、モンスターとか呼ばれる体調に著しい不調を与えるやつがおるパターンではないか!」
真実の水鏡をアイテムボックスに戻しながら、残りのアイテムと容量が気になる。
(このボックスも特化ステ仕様じゃ。容量の確認はせねばならん……金もほとんどない……家具やテイムモンスターは残っとるが……まずは身体能力じゃな)
そう考え、その場で跳ねたり軽く走ったり、ゲーム時代に行っていた動作を確認する。
「ふむ。多少の差はあれど、ほぼゲーム時代と同じじゃな。石も軽く握り潰せるが、無意識でも加減はできとる……では攻撃方法はどうじゃ?」
ゲーム時代のルディールは武器や盾を装備しない代わりに、身体強化と魔力強化へ全振りしたビルドだった。爪で牽制し、魔法で仕留めるスタイルである。
「おお! 攻撃もほぼ同じじゃ! ちゃんと爪が伸びるのう! しかもゲーム時代より細かく動かせる……ヘビのようじゃ! スネークダンスじゃ!……って、遊んどる場合ではない!」
周囲よりやや大きな木が目に留まる。
「威力はどうかの。牽制用じゃし、そこまで期待は――」
軽く力を込めて横に払うと、爪が淡く発光し、狙った木だけでなく周囲の木々までもまとめて切断した。
「……う、うむ。少し威力がおかしい気もするが……ま、まぁ許容範囲じゃろう」
その魔力に呼ばれるように雲を割り、小さな山のような鳥型の生物が襲いかかってきた。
「な、なんじゃ! 魔物か!」
驚きはしたが、その動きは遅く、容易くいなせる。
「なんじゃい……驚いて損したわい。見たこともない生き物じゃな。ゲームにも現実にもおらんかったのう」
かわしながら相手を観察する。
「ちとすまぬが、魔法の実験に付き合ってもらうぞ」
ルディールの眼差しが鋭くなり、周囲の圧が高まる。
拠点破壊特化型。
ルディール・ル・オント、ゲーム時代のステ振りだ。
簡単に言えばロマン職。攻城戦や多人数戦での一撃火力に全てを賭けた魔法職であり、拠点防壁や城門を一撃で破壊できる唯一無二の存在――だが育成には莫大な犠牲(課金)を伴う。
「この魔法なら使い慣れておる。威力も範囲も……まぁ間違えんじゃろ!」
大きく手を上げ、叫ぶ。
「ディストラクション!」
右手中指の指輪が強く光り、放たれた魔法がすべてを飲み込む。あまりの眩しさに思わず目を閉じた。
(こんなに派手ではなかったはずなんじゃが……)
恐る恐る目を開ける。
「な……ななな……!」
視界に広がる光景に、言葉を失う。
森は消し飛び、地面は溶岩のように融解し、高熱を放っていた。
「なぜじゃ! なぜここまで威力が上がっとる! 観察は後じゃ! この癒やし系っぽい森を爆心地にしたくはないわい!」
叫びながら再びアイテムバッグを漁る。
「さっき見かけたはずじゃ……あった! 時の砂時計! 鏡が使えたんじゃ、これも使えるじゃろ!」
装飾の施された小さな砂時計を掲げ、空に向かって叫ぶ。
「時の砂時計よ! 時を戻せ!」
【時の砂時計】
使用者がいるマップの時間を五分巻き戻す。時間湧きモンスター討伐や武器強化失敗時に使われる、課金プレイヤー御用達の使い切りアイテム。一つ百円、六つで五百円。
時間が止まり、世界が逆再生されていく。
「おお……戻ったのじゃ……残り一つじゃが仕方ないのう。どこかで買えるんじゃろか?」
復活した鳥型の魔物が再び襲いかかるが、ルディールはそのくちばしを片手で掴む。
「鳥よ。自分が死んだ時の記憶、あるじゃろ? 今は少々取り込み中じゃ。また焼かれとうなければ巣に帰れ」
指に力を込めると、魔物は慌てて翼を羽ばたかせ、雲の裂け目へと逃げ去った。
見送る途中、右手中指の指輪が光を反射する。
「真なる王の指輪……これを付けとるということは、ラストエネミー時のステータスのままなんじゃろ……か?」
答えの出ない呟きが風に消える。
「ええい! 一人でおっても自分なんぞわからぬ! とりあえず人か……もしくは意思疎通のできる者を探さねば!」
自らを奮い立たせ、重い足取りで森を歩き出す。
「……だれか、助けて……」
消え入りそうな声が、ルディールの耳に届いた。




