3話
羽根付き対決は究極奥義“峰打ち・零式”に加え、正調“峰打ち”、“峰打ち・改”を使用できる近藤先輩に軍配が上がった。
「次の競技は俺が決めてもいいか?」
近藤先輩が3種の峰打ちを解禁して以降1点も取れなかった陣内先輩、痛恨の敗北。
「お正月のお遊びならよくってよ」
「ならば次の対決は“ガバヂモ餅”の早食いだ!」
ビシッ!
「ガバヂモ餅?」
「まさかガバヂモ餅をこんな真夏に食べられるなんて……」
東京Bの近藤先輩と白滝さん、早くも反応に砂漠の昼夜のような強い温度差。
「説明するわ! ガバヂモ餅とは、ガベバコチラノモモゴ餅の略称!」
ない……略称にはあるのに正式名称に“ヂ”がない……。わかってるし納得できてるのは陣内先輩と近藤先輩だけだ。
「略称にあるヂの字が正式名称に入っていないのはどういう事ですか?」
「聞くな。言わせるな……下品だろうがッ! ガバチモ餅だと下品になるだろうが! 食いもんで遊ぶんじゃねぇぞリーベルト! そこはきっちりやれぇ。食いもんでふざけるな。大学3年生にもなって!」
怒られてる……。白滝さんも口答えしなくてよかったな。知り合ったばっかりの人がマトモなこと言って理不尽に怒られるところは見たくない。
「後輩の教育は先輩のマストよ陣内先輩」
「本当にすまねぇなみんな。リーベルトも普段はこんなにダメなやつじゃないんだが……」
追撃! よっぽど下品な言葉なんだな、ガバチモ餅。もうリーベルトは何も言えない。白滝さんに! 白滝さんの双肩にかかっているぞ! この危険っぽい競技への疑問の投げかけ!
「早食いしてもいいお餅をわたしは知りません」
「シラタキさんはそれでいいのよ。ちょっと難しかったかもしれないわね。説明してあげるわ」
片方の先輩は後輩を怒鳴りつけ、もう片方は異様に甘い。より甘味を増した対応に白滝さんがまだボッと茹でダコになる。
「ガバヂモ餅とは、地球史上最強の生物、ティラノサウルスの砂肝などの珍味を餅で包んだとても珍しい料理なの。修行を極めた中国の仙人たちは、1000歳の長寿の祝いにこれを食べると言われているわ。あの空海は日本国内の約5000か所で杖を突いて水を湧かせるなどの奇跡を起こしたという伝説が残っているけれど、空海の旅のお供もこのガバヂモ餅だったとされているわ」
「そのガバヂモ餅を用意してある。だが白滝の言う通り餅の早食いは危険だ。いい着眼点だぞ、白滝。近藤先輩はちゃんと教育が行き届いているなぁ。後輩そのものの質の違いもあるんだろうが」
これは白滝さんに甘いんじゃないな。リーベルトに厳しすぎるのだ! 一番優遇されてるリーベルトでさえこの扱い!
「危険な大食いを防ぐための先人の知恵がガバヂモ餅にはふんだんに含まれているわ。一説には空海が……」
空海への異常なこだわり!
「まぁ食べてみるのが一番早いわね!」
それが一番危ないんだってぇ。空海はまだしもティラノサウルスの砂肝!? グラサン、黒服、筋骨隆々で身長と体格が統一されたヤクザみたいな人達がせいろを乗せたワゴンを押してくる。蒸気は上がっていない。熱い料理ではないのか?
「よし、じゃあ全員で一個食ってみよう」
パカーとせいろを開くと、餅というよりやはり小籠包に似た食べ物だ。正統派に白く、サイズも大きくない。これは……小籠包では!?
「これがガバヂモ餅……」
近藤先輩の目が渦巻きになってハァハァしている。まさか、本当は実物を見たことがなかった? これが本物の「ガバヂモ餅」だと思っているだけで、本当は小籠包ではないだろうか?
「じゃあまずは知識のないリーベルトと白滝が一個食ってみろ」
「ホワッツ!?」
「お前、今俺にタメ口叩いたのか?」
「……」
英語に敬語も何もないだろう。言い返さないことがせめてもの抵抗。リーベルトがガバヂモ餅を一つ摘まんでかじってみせた。汁があふれることもなく、簡単に噛み切れる。
「これは……凡だぁー! ないわけではないけど強くない食感! マズイわけじゃないけど味も薄い! しかもちょっとの水分で口の中でホロホロ崩れる食べやすさ! なんなんだこのガバヂモ餅という食品! これの大食いはあまりにもゲーム性がない!」
「おぉ、リーベルトが食ったのはアタリガバヂモ餅だな。ガバヂモ餅は空海伝説とリンクする! 全国約5000以上存在する空海伝説! 主に杖で突いて水を湧かせたという伝説だが、その伝説と同じ数だけガバヂモ餅の具もある」
ゴリッ。
白滝さんが試食した方のガバヂモ餅が謎の弾力で歯を弾く。
「……白滝のはハズレだったようだな」
「!!」
「ちなみに白滝が食ってしまった方のガバヂモ餅の具の生物……。毒はある」
「!!」
「あと結構強い力で噛む」
「!!」
「あと一部の国では悪魔と恐れられてる」
「!!」
「でも殺せば食えるんだなぁ、これが。ハハハ、イカだから、イカだからそう気にするな。安心しろ。イカだから!」
予想以上に白滝さんがビビってしまったので必死の火消し。
①毒があって
②結構強い力で噛んで
③一部では悪魔と恐れられる
この3点だとコモドオオトカゲとかスズメバチとかリオレウスも該当するもんなぁ。そしてイカで安堵の白滝さん、最高にいい笑顔でイカを噛む。
「……」
「……」
「……?」
「ッ……?」
モッチャモッチャと白滝さんのイカの咀嚼が終わらない。ティラノサウルスの砂肝やコモドオオトカゲの可能性を示唆しつつも実際はイカであったことは白滝さんには朗報だろう。だがイカは固いのだ! ゴリッと歯を持っていかれそうな弾力のイカはまだ持ちこたえる。噛み切れない……。結局ダメじゃねぇか! これの早食いって!
「もう、しょうがないわね。反対側を食べてあげるわ」
近藤先輩がガバヂモ餅の反対側にお上品に噛みついてイカを引っ張っていく。白滝さんがまたボッと茹でダコに! ポッキーゲームなら固さがわかるから不意のチューは避けられるがどう加工されて餅に収まったのかすら不明なイカは予測がつかない。いきなりイカがゴムみたいにバチーンってなってハプニングキッスが出るかもしれないぞ。
「……」
「……」
近藤先輩が髪を耳にかけてお上品に咀嚼。これを至近距離で見てしまったら白滝さんもたまらないな。数分かかってイカを完食。白滝さんはもうダメかもしれない。
「……うん。俺のもハズレだったわ」
陣内先輩も一つガバヂモ餅を食べてムニムニと咀嚼している。こっちもかなり歯ごたえと弾力がありそうだ。近藤先輩が中身の推理を開始する。
「おそらく陣内先輩が食べてしまったのは……。透き通るような白い素肌!」
「!!」
「やわらかくてムダ毛もない長い生足!」
「!!」
「キュートなおちょぼ口に一度抱きしめられると離してくれないセクシーなあん畜生……。つまりイカよ」
「イカぁ!」
イカぁ!!
「イカばかりイカがなことか?」
「いイカげんに別のも食べたいわ。フフッ」
なんでイカだけでこんなに楽しそうなんだ? らしくもない! イカとダジャレで喜ぶような低レベルだったか?
「ウヘヘ、よいではなイカ、よいではなイカ。ティラノサウルスの砂肝とかよりイカでよいではなイカ」
「……」
「……」
そしてリーベルトがノった途端に両先輩仏頂面! 憧れの空海でも乗り移ったのか!?
「知らねぇよ」
「はい?」
「阿部か……もう一回由伸挟むかもな」
「なんでジャイアンツの次の監督予想を……あ、一回?」
「……」
仏頂面! なんだこの先輩たち! イカれてんのか!? 陣内先輩に至ってはスマホにイヤホンを繋いでノリノリで指パッチンしてる。
「まぁ夏ってことで、桑田佳祐の『波乗りジョニー』をYouTubeで聴いて思ったんだが、アレ桑田版だとPVの前振り部分が長くて曲が始まるまで1分半近くあるんだよ。B`zの『ラブ・ファントム』のイントロと同じくらいというとその長さがわかるだろう。だから初めて初音ミク版の『波乗りジョニー』を聴いてみたんだ。俺ぁボカロってなんか受け付けなかったんだよ。血の通っていない声だし、本家越えは出来ねぇし、なんでも歌えるなんて気味が悪い。でも今回ちょっと思ったんだよ。いいかも、ボカロって」
「何の話ですか?」
「いいかもボカロ、略してイカだろう。気づいてくれよ」
リーベルトさん困惑。ツッコんだら仏頂面、ツッコめなかったら叱責。空海みたいに悟りを開いていたなら正解がわかったのだろうか。
「痛い、痛い、やめてやめて!」
「やめろやめんだ!」
今度は近藤先輩、急変。両手で頭を覆い、屈んで何かに耐えている。その表情から苦しさと恐怖がリアルに伝わってくる。その頭上の何もない場所を陣内先輩がはたいたり殴りつけたりしている。まさか……見えない敵と戦ってるのか? いや、正確には俺たちに見えない敵……イカ入りガバヂモ餅を食べた人間にしか見えない敵が襲ってきているというのだろうか。だが真剣なんだよ……陣内先輩も近藤先輩も……敵の強襲を受けているとしか思えない緊迫した表情、近藤先輩が自分を庇う位置、陣内先輩が攻撃している位置は一致している。
同じことを考えていたのだろう。白滝さんの顔色がイカだ。イカ入りガバヂモ餅を食べた二人の先輩には見えない敵が見えるようになってしまったが、それが幻覚なのか第三の目の開眼であるのかは不明だ。白滝さんもイカ入りガバヂモ餅を食べたのなら見えない敵が見えなければおかしいのだ!
どうする白滝さん! 見えない敵が見えたことにして加勢するか!? 見えるようになるまで待つか!? そしてイカだと思って食べたものは本当にイカだったのか!?
①毒がある
②結構強い力で噛む
③海外の一部では悪魔と恐れられる
④白い素肌
⑤長いスベスベ生足
⑥キュートなおちょぼ口
⑦抱きしめられると離さない
イカじゃなくてマリリン・モンローかもしれない。マリリン・モンローもその色気で男たちを幻惑させる。その悪魔じみた美貌に人生を狂わされた男たちもいるはずだ。人によっては毒婦に思えるだろう。
「近藤先輩! 墨!」
「陣内先輩! 甲羅!」
「うぉおおお! 墨と!」
「甲羅で! 白黒つけてあげるわ! 我ら揃って!」
「イカ戦士!」
バァーン! 何かがキまってしまった二人がヒーローポーズを決める。近藤先輩はまだいい……。陣内先輩そろそろ30歳だろ……。
「……!!」
「大丈夫よ、白滝さん。あなたとわたしと陣内先輩が食べたのは紛れもなくイカよ。そして隠されたイカを探すゲームで即興芝居を打ったんだけど、なかなか気づいてくれないから……ちょっとからかったのよ、シラタキさん。大丈夫よ。わたしたちが食べたのは、間違いなくイカ!」
「シシシロタキですってぇ」
白滝さん、近藤先輩が正気に戻ったため、ガバヂモ餅の中身がイカだと判明した時以上のダイヤモンド級の大安堵。よかった……。見えない敵はいなかったし、近藤先輩も襲われていなかったんだ……。でも素面でイカ戦士をやってしまった大学生……。しかも片方はアラサーだ。
「そして隠された最後のイカは俺の名前、陣内一葉でしたぁ。気づいてもらえなくて割とマジで凹んでます」