2話
~前回までのあらすじ~
……東京Avs新潟
「よし、初戦か。チェックメイト!」
――東京A、勝利!
……東京Avs青森
「ハァーッハッハッハ! こんなもんか!? こんなもんか全国の奇人大学生たちよ! 食らえ! サンライズ・サディスファクション・チェックメイト!」
――東京A、勝利! 決勝戦進出!
「どうしたリーベルト。その顔はなんだ。はぁん、さては俺が全部やっちまって出番がないからすねてるな?」
「いや、現実を見ただけです。痛い浴衣のアラサーが、まだモラトリアムを楽しんでる大学生を蹂躙してるのを見て、改めてわたしはエラい人についてきてしまったぁ、と……」
リーベルトさん泣きそうになってるんですけどウケる。そんなリーベルトさんとは正反対に、向こう側のブロックの試合会場でどよめきが起きる。
「おぉおお! あっちのお姉さんが勝ったぞ!」
「決勝は東京Avs東京Bだ!」
どうやら決勝戦のカードが決まったらしい。そして人垣を分け、スラッと背筋が伸び、清潔感や知性を化粧やアクセサリーのように身に纏うスリムな美人が、一流のホテルマンのように礼儀正しく荷物を持っている後輩を携えて威風堂々とやってくる。
「喉が渇いたわシラタキさん。カフェでキャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエクストラホイップのエスプレッソショット一杯を追加したホワイトチョコレートフラペチーノのグランデを買ってきてくれないかしら?」
「ハッ! 仰せのままに、プリンセス・ツカサ!」
「あら? あぁちょっとお待ちなさいシラタキさん。わたしの指先をよく見て」
プリンセス・ツカサと呼ばれたスラっとした美人が後輩に右の人差し指を向け、トンボを捕獲するときのようにグルグル回すと後輩の目がピヨピヨ回り、パンと手を叩くと体がガクっと崩れ、スラっとした美人に抱きかかえられる形になる。
「あなたは、オメガ・ケンタウルス星雲のプリンセス、ギャラクシー・ツカサの侍女、アリステラ・ミスミではないわ。経済学部の二回生、シラタキ・ミスミよ」
「うぅ……白滝ですって!」
東京Bの代表ヤベェ……あれが決勝の相手か……。なんか危険な催眠術で後輩を洗脳してたぞ! 普通じゃねぇな、ギャラクシー・ツカサとアリステラ・ミスミ!
「キャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエクストラホイップのエスプレッソショット一杯を追加したホワイトチョコレートフラペチーノのグランデをお願いするわ」
「あれ……? わたしはなんでこんなところに……?」
「中止になった東京オリンピックの代わりに開催された全日本大学奇人選手権に東京B枠代表で参加しているからよ。そしてわたしは近藤つかさ。心理学部の四回生。長い黒髪の似合う美人で、頭もいい。だけど、ものすごい変人だということで有名なの。経済学部の二回生であるあなた、白滝美純は、ひょんな出来事からわたしに目をつけられ、一緒にいることが多くなったわ。主にあなたがわたしに振り回されるパターンだけど、わたしは確かに賢くて、しかも美人なのであなたも悪い気はしてない。今までも七草粥を作ったり、バレンタインに峠を攻めたり、映画の撮影をしたり映画を観に行ったり大型書店に行ったりしたけど、今回はわたしの付き添いで全日本大学奇人選手権に参加しているという訳よ」
「白滝ですけどね」
ほほほ本当だァー! すごく賢い! とんでもなく空気を読んだぞ!
「大学奇人選手権? なんだか怪しい大会ですね」
「奇人であるということは賢いということでもあるのよ。無知なシラタキさんにはわからないかもしれないけれど、奇行というのは知性のアクロバットでもあるの。膨大な量の頭脳のメモリーからあえて奇行を選択する知識量、的確な判断力、実行できる度胸に、それが許される愛嬌。奇行をうまくこなせる女性こそ、魅力のある女性と言えるわね」
「わざわざ参加しなくても……」
「本当に無知ねシラタキさん。まるでムチを入れられないと走れない駄馬のようよ。大学生活はたったの4年。オリンピックの周期と同じなの。大学生のうちに経験できるオリンピックは夏冬合わせて1回ずつ。もったいないじゃない。あなたもいるし」
後輩の顔がボッと紅潮して茹でダコになる。最後の一言で完全に落とした! 陣内先輩とは違う、スマートでシャープ、そしてスタイリッシュなやり方で後輩を翻弄し、支配している。
「そう言うんだったら付き合いますけど」
バァーン!
東京B代表
近藤つかさ&白滝美純!
「あなたが決勝戦の相手、陣内さんね」
「ああ」
「いい勝負をしましょう」
「ああ」
「決勝戦はティーブレイクの後にしましょう。キャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエクストラホイップのエスプレッソショット一杯を追加したホワイトチョコレートフラペチーノのグランデを飲まなきゃ」
すごいなあの人。もう3回もキャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエクストラホイップのエスプレッソショット一杯を追加したホワイトチョコレートフラペチーノのグランデを間違えずに言ってるぞ。誰もそんなこと気付いちゃいないか。覚えられないもん、普通。近藤先輩が間違えずに言えているかどうかもわからない人が大半だろう。
「俺も最近パソコンが遅くてイライラする人にシジミ300個分のスッポンエキスを配合したアルティメイタムウーロン茶信用金庫を飲まなきゃいけないから」
BSでプロ野球中継を観ている時によく流れる2軍のCMオールスターで陣内先輩も対抗。
【JxK】
【JxK】
コイントスの結果、決勝戦のルールは東京Bの近藤先輩が決めることとなった。
「お正月は何をしていたかしら? 陣内さん」
「録画した『あらびき団』を観ていたな」
「ならば、ここでの対決は『真夏のお正月決戦3番勝負』よ!」
ビシィッ!
「お正月にやる遊び……例えば独楽やカルタ、羽根突きをオリンピックの代わりに全力でやるというものよ! そしてファーストステージは、羽根突き!」
「ならば」って言ったのに関係ないぜー! 『あらびき団』!
「ちょうどよかった。今日は団扇代わりに俺の最強羽子板、アブソリュート陣内スプレマシーを持ってきている」
「ここではオリジナルルールを使うわ。通常の追羽根のルールに、羽根を打った時の最高到達点の高さが羽子板の打点よりも低かった場合、相手にポイントが入るわ。ダブルスでいいかしら?」
「ダブルスでいいかしらっていうか、どっちのチームも二人しかいないじゃん。あ……すまんタカハシ。でも悪いけどリーベルトとやるから」
畜生、謝られる方が傷つくんだよ!
「そして羽根突きには歌があるの。この歌を歌いながら10打ラリーしてから試合開始よ」
「オッケ」
真夏の全力羽根突きダブルス、開幕! 陣内先輩の一打から始まる。
「一ごに二ご、三わたし四めご、五つ来ても六かし、七んの八くし、九のまへで十よ」
「一ごに二ご、三わたし四めご、五つ来ても六かし、七んの八くし、九のまへで十よ」
地味だが平和な打ち合い。なんていう平和な交流戦なんだ。そして10打のラリーが終わり、決戦の火ぶたが切って落とされる! 近藤先輩の上げた羽根を見上げる陣内先輩の目がキュピーンと怪しく光る。
「セアッ!」
パキッ! 陣内先輩が羽子板の持ち方? グリップを変え、ナダルのような勢いで振りぬく! ルパン三世のテーマの歌詞に出てくる「空を駆ける一筋の流れ星」のように近藤先輩と白滝さんの間を貫き、数秒経ってからはるか後方の熊本代表の湯舟に着水する。
「なんですか? 今の強打」
「よく見なさいシラタキさん。あれは“峰打ち”よ」
不敵に笑う陣内先輩の羽子板だけが他のメンバーとは角度が違う。
「羽子板の峰、即ち側面で打つ大技! 本来は相手へのダメージを最小限に収めるのが峰打ちだけど、羽子板における峰打ちは羽子板の厚みというとても狭い部位で打つことにより、空気抵抗を最小限に抑えるだけでなくスイングの強さを余すことなく羽根に伝える。それが、唯一、本来よりも殺傷能力の高い、“羽子板峰打ち”! 大胆なパワーと的確なテクニシャンにしか許されない絶技ね」
陣内&リーベルト 1ポイント獲得
「よし、じゃあ墨ペナルティ行くか」
陣内先輩が筆をとり、白滝さんを指名。白滝さんが前髪を上げ、陣内先輩が額に何かを書く。「肉」か? 「肉」はもう古いぞ。もう古いのに「肉」、しかも女の子への「肉」は古い上に滑るしヒドすぎるので何も面白くはないぞ!
“白”
「なんかチガウ……ガッカリだ。あ、お前にじゃなくてな。ハァー……俺が悪い。俺が悪いんだけどさぁ。ハァー……」
陣内先輩ため息。これは白滝さんもいい気はしないな。
「陣内さん。空海生存説をご存知かしら?」
灼熱の東京であれだけ運動しているのに近藤先輩は汗一つかかない。これ本当に骨と肉で出来てる物体なのか?
「その名の通り、空海が生存しているとされる都市伝説……とは言い切れないの。空海によって開創された真言宗の総本山、高野山の奥の院には空海が入定、つまり瞑想をして生きたまま仏になることにした御廟がある。空海はそこで生きているとされていて、今でも毎日決められた時間に2回、食事が運ばれているわ。精進料理を中心としたメニューだけど、たまにパスタやシチューなど洋食メニューも捧げられるそうよ。この儀式を生身供と呼ぶの。陣内さん、弘法も筆の誤り! ドンマイよ」
「ああ、すまん。ありがとな」
次。リーベルトのサーブを白滝さんが拾う。だが力のない凡庸な打球は、再び目をキュピーンと光らせる陣内先輩の真正面への棒玉になった。
「セアッ!」
パキィン!
陣内先輩が羽子板握っている右手の拳を逆水平に振り、小指の方でぶん殴る! ジャイロ回転をした羽根にドライブがかかり、打球が不規則に変化しながら白滝さんの羽子板の軌道からすり抜け、滑り落ちる。
「今のも“峰打ち”ですか?」
「ええ、“峰打ち”よ。羽子板を握った時のグリップエンドの柄の部分で打ち、強烈なスピンをかける超絶妙技! その名も“峰打ち・改”! 羽子板永世名人の浅野花果が、『るろうに剣心』の“九頭龍閃”の刺突の部分が、逆刃刀でも刺突では死んでしまうという理由から、剣心が九撃目の刺突を柄で打っていることに着想を得て開発した変化球特化の“峰打ち”よ」
まだ近藤先輩は涼しい顔をしている。だが超強打の正調“峰打ち”! そして意外と歴史の浅かった変化球の“峰打ち・改”! どうやって止めたらいいんだ!?
そして墨の罰タイム。
「よしこれで」
白滝さんの額に“白”から1画足して“百”に。
そして!
「ハァーッハッハッハァー! “峰打ち”!」
“百”に3画足して“首”に!
「ハァーッハッハッハァー! “峰打ち・改”!」
“首”にしんにょうを足して“道”に!
「これでどうにか様になったな。よかった。“白”で終わらなくて」
「ええ、嫁入り前の女の子の額に“白”はちょっとね……」
ダメだこの二人……この二人の先輩、知識量が多すぎて何がNGなのかわからない。全部デタラメにしか見えないぞ!
「よかったわねシラタキさん。“道”よ」
「白滝ですけどね」
「なんで素直に喜べないの!? “道”なのよ!? キィー!! まぁいいわ。無事“道”も完成したことだし、そろそろ本気でやりましょう」
近藤先輩がゾッとするような笑みを浮かべる。あまりの底知れなさに背筋に鳥肌が立つ。
「なるほど。あのまま俺が得点できなければ、シラタキさんの額は“白”のまま。あえて俺に点を取らせることで“道”を完成させたということか」
「どうかしら?」
ゲーム再開。リーベルトのサーブだ。
「シラタキさん、羽子板を目の高さで45度に構えなさい」
「はぁ」
リーベルトのサーブを近藤先輩が強打! だが方向は明後日? ……ではない! 白滝さんの羽子板に一直線だ。そしてカァーンと心地よい音を立て、白滝さんの羽子板に直撃した羽根が全盛期の元ヤクルトスワローズ不動の守護神高津のシンカーのような落差と速度! まさかの跳弾と変化量に度肝を抜かれ、棒立ちのリーベルトの足元に落ちる。
「どうかしら?」
「どうやら少しは楽しめそうだ!」
白滝さんのサーブ。ここも陣内先輩が飛び出し、変化球特化の“峰打ち・改”を繰り出して羽根を打ち返す。今度は近藤先輩狙いだ!
「陣内さん。確かにあなたは優れた“峰打ち”使いかもしれないわ。でも一つ、覚えておきなさい。あなたを上回る“峰打ち”使いの存在を!」
近藤先輩が羽根の軌道と水平に羽子板の先端部分で陣内先輩の“峰打ち・改”を撃ち返す! 陣内先輩が放った“峰打ち・改”を逆回転させ、正反対のコースで鋭くスピンがかかり陣内先輩のレシーブを回避し、地面を激しく転がる。
「自業自得を強いる究極奥義“峰打ち・零式”か! アメイジング!」
「おほほ、あなたが悪いのよ、そんな暴れた打球を放つのだから!」
「こりゃ迂闊に“改”は使えねぇな……」
バァーン!
近藤先輩が筆を執り陣内先輩の額に何かを書くが……?
「なんだこの字」
「中国語で一部の麺料理の指す“ビャン”よ。56画あるわ」
筆で人の額に潰れずに56画!? しかも56画間違えずに!?
「コイツぁ大事になるぞ」