幕間 「とある手記」
これは懺悔ではない。無論、後悔もない。
この手は血塗られている。
だが、それは罪ではない。
其もそれを定める者の立場にある私を、一体、誰が裁けるというのだろう。
使命感が私を動かしている。
唯一私なのだとすれば、宿命と言い変えてもいい。
臆病者だと、多くの同胞は私を笑うが、その誰もが皆気づいていない。
いや、はなから期待してはいなかったが。
己の傲慢と無知は捨て置いて、まずは喜び楽しもうという連中だ。
芯から分かり合えるとは、私自身も期待してはいない。
だが、根底にある願いはきっと同じなのだろう。
苦難など、できれば願い下げだというのが、嘘偽りない本音なのだ。
本来、などという言葉で濁すつもりは毛頭ないが。
そもそも、私たちは以前よりそうであっただろうかと、ふと疑問に思う。
これが天上に立った者らの宿命なのだろうか。
敵がいないという事実。並び立つ者がいないという真実。
まるで楽園のようなそれらを我らは皆、当たり前に享受している。
いや。勝ち取った、とも言えるのだろう。
だが、それも今となっては、甚だ疑問だ。
などと、言って聞かせたところで、誰も賛同はしまい。
口を揃えて出るのは、決まって侮蔑の言葉の雨だ。
ヤツらは皆、気づかない。
吐いた唾が己の身に降り注いだその時に気づくのだろう。
臆病であることと、鈍感は違うのだ。
鈍感である方がずっと問題だ。
それも創られたソレはより一層始末が悪い。
だが――責めることもできまい。
神とは、そうであるから。
高慢で傲慢であるからこそ、神なのだ。
外敵もなく、ただそこにある安寧を貪る我らを神と言わずしてなんと呼ぶのだろう。
――ああ、そういえば。
それらを、つまらないと吐いて捨てた、彼は今どうしているだろうか。
手渡された戦利品を捨てるに等しいその選択を、今なら手放しで称賛できる。
私には、きっと。未来永劫できない選択だろうから。
つまらない、か。
確かに、刺激を求めるのであれば、この楽園は些か歯ごたえが無い。
だが、それらを補って余りある安息を、捨てることなどありえないだろう。
本能というものが彼を動かしたのだとすれば、我らはソレを失ったことになるのか?
分からない。
理解しているのは、高みに昇ったその時に、私たちの苦難は消えたのだ。
誰も我らを害せない。
闘争は、ない。
…………。
だが、それは………………果たして進歩と呼べるのだろうか。
そう思い至ったとき、決まって私は恐怖する。
これが筋書きであるならば、それこそ傲慢だ。
……ありえない。
降って湧いた可能性を真に受ける程、私は愚かではない。
だが、もしも事実であるのだとすれば、我らはとんだ道化に成り下がる。
けれど、だからこそ今の我らがいると考えれば筋が通ってしまうのだ。
同時に今の状況に違和感を覚える。
我らは、この世界の神なのだ。
そう。神なのだから。
……あの御方はどこまで気づいておられるのか。
いや、気づいたからこその今なのか。
いや、よそう。
不確定に不安をつのらせるのは賢明ではない、
なるほど。鈍感であろうとする者の気持ちが良くわかる。
だから私も、僅かばかりそう在ろうと決意した。
思わず、自嘲してしまう。
願わくば、私の気のせいであれと。祈りすら捧げたい気持ちだ。
だが、それは叶うまい。
祈りを捧げる相手など、今はどこにもいないのだから。
――マルファスの手記




