78話 「ゆれる金色」
切れ長の瞳が僕を捉える。
わあ、美人さん……なんて浮ついた感想が浮かぶと同時に、教室に漂う異様な空気に少なからず僕は動揺していた。
教室にいる誰もが好奇の視線を僕らへと向けている。主に男子。
理由は明白だった。
べつにフェリ女の生徒が僕らの学園に来る……なんてことは実は特別珍しい話ではない。
騎士学園に属する誰もがフェリ女の生徒たちの騎士なわけだし、そういうこともあるだろう。
ただ、フェリ女の生徒の内、見るからに年上の……上級生がわざわざ僕ら下級生のクラスに来るなんてことは稀なはずだ。
それに加えて……。
「……?」
動揺が顔に出ていたのだろうか。
フィーアさんは僕を見ると不思議そうに笑ってどこか上品に小首を傾げた。
さらりと揺れる金色の長髪。
「……ぐふ」
……き、きれいすぎるっ……!
「へんなかお」
小さなアリスの声を聴き流しながら、実際、その整いすぎている美しい容姿がこの教室に漂う異様な空気の原因の一つだろうなんて思う。
だって綺麗なお姉さんが突然教室に現れたわけである。
どこか浮ついた生徒たちの視線も当然だろう。
「ご、ごきげんよう」
座ったままぺこりと頭を下げる。
……さて、顔をあげるまでに対応を考える必要がある。
僕に用があるのだろう、なんてことは分かっていても、予定外の出来事だ。
共通しているのは、共に暗部に属している、という点。
であれば、それに関連した何かしらの用件で教室まできたのだろうということは容易に想像できる。
ただ、分からないのは、こうしてわざわざ注目を集める行動をフィーアさんがとっているということだ。
僕に用があるならば、いくらでも接触方法はあったはずなのに。
「……」
頭をさげたまま、ちらりと視線をやって周りを見てみる。
当然そこには興味を宿した瞳で僕らを見るクラスメイト達がいる。
こうなることは予測できていたはずだ。
……いや、考えていても仕方がないか。
「……なにか御用ですか?」
顔をあげてすぐ、僕はそう言ってフィーアさんをまっすぐ見た。
どこか冷たさを内包した、美しい顔。
髪色や髪型、そして瞳の色はいつもと違えど、僕の知っているフィーアさんである。
……いや、それも違うか。
にじみ出る気品。佇まいがそうさせるのかは僕には分からない。
だが、はっきりと分かるのは、今の彼女を見て暗部関連の血なまぐささを感じる者は皆無だろう。
窓から差し込む陽の光に照らされて輝く金色の長髪。
顔に宿した薄く上品な笑み。
貴族令嬢のお手本のような美しさと、気品がにじみ出ていた。
「ロイドから生徒会の件で呼んでくるように言われたの。ちょうど私もこっちに用があったから、ついで? になるかしらね」
言って、フィーアさんはやれやれとでも言いたげに小さくため息をついた。
「まったく……自分の騎士からつかいっぱしりにされるなんてね。ユノ君からも後で言ってやってね」
片目を閉じて悪戯な笑みを浮かべるフィーアさん。
背後でアリスが驚いたように息をのむのが分かった。
「……は、はは」
などと、笑いながら僕は頭をフル回転させる。
今のフィーアさんの言葉には、かなりの情報が含まれていたような気がする。
まず、ロイド先輩を呼び捨てにしていたという点。
そして、はっきりと彼女は言った。
――自分の騎士、と。
……なるほどなぁ、と僕は思う。
思えば、僕がルナの騎士であるように、ロイド先輩も誰かの騎士であるはずなのだ。
その対象がフィーアさんなのだろうという確信。
それに――
「噂通りお綺麗ね」
「彼女が副会長の……」
なんてクラスメイト達の声がきこえてくる。
僕が無知なだけでそもそもフィーアさんがどういった人物なのかを知っていた者もいたのかもしれない。
いずれにせよ。
「わざわざすみませんでした。生徒会室ですかね?」
僕は席をたって、従順の構えをとった。
フィーアさんはにっこりと笑う。
「ええ。行きましょう」
長く美しい髪をひるがえして、僕に背中を向けて歩き出す。
僕は黙ってその背に続いた。
話を深堀りしてここにとどまるよりは、フィーアさんの言う通りに動くのが得策だろう。
……めちゃくちゃ注目あびてるしね。
「あ、あの……!」
アリスの声と同時に、ガタリと椅子の音が小さく響く。
振り返ると椅子から立ち上がったアリスが何かを言いたげに瞳を揺らしていた。
……アリス?
「……あなたは」
フィーアさんは不思議そうにアリスに目をやったあと、一瞬ちらりと僕を見た。
「……お初にお目にかかります。生徒会のアリス・ローゼと申します」
言って、フィーアさんに負けない気品を纏って頭をさげるアリス。
「……ローゼ」
ぽつりとフィーアさんが呟いたのが分かった。
小さな声だ。恐らく僕以外には聞き取れなかっただろう。
「あなたがあの……お噂はかねがね。私はフェリス女学園三年、フィリシア・ルーデです。以後お見知りおきを」
……フィリシア・ルーデ?
それがフィーアさんの真名なのだろうか。
今更だが僕は彼女についてなにも知らないなのだと分からされる。
ルーデ。ルーデか。
もちろん僕が貴族社会に疎いのもあるだろうが、知らない家名だった。
「い、いえ、こちらこそ」
…………。
アリスの声。それを最後に謎の静寂が訪れる。
見れば、どこか口にするのをためらっているような様子でアリスはうつむくように視線を足元へやっている。
「……それで、アリスさん。私になにか?」
その問いにアリスは少しの間瞳を閉じると、決心したように青い瞳をフィーアさんへと向けた。
「生徒会の件、ということでしたが、私にもなにか手伝えることはないのでしょうか?」
……アリスらしいぁなんて思うと同時に、僕は納得もしていた。
生徒会絡みなのであればアリス自身も無関係ではないと思うのが普通だろう。
もちろん……フィーアさんの言うそれが本当の理由であればだが。
言ってしまえば、僕にしか声がかからなかった時点で答えは出ている。
「どうやら男手が必要みたいなの。私は呼んでくるよう頼まれただけだから詳細は分からないけれど……」
少し困った表情を浮かべるフィーアさん。
僕も会話に参加した方がいいだろうか、なんて考えが頭に浮かんですぐに。
「……分かりました」
と言って意外にもすぐに引き下がるアリス。そして。
「……ユノ」
僕を疑うようにジト目で見ると。
「ちゃんとやりなさいよ?」
言って、少しだけからかうように笑った。
「善処します」
と、僕。
それから少ししてフィーアさんの背に続くようにして教室を出た。
瞬間、いくつもの視線が再び僕らに向かうのがわかる。
通り過ぎる生徒たちは、みな驚いたように振り返ってフィーアさんの背中を眺めていた。
……分かる。見ちゃうよね。
なんて思っていると、前を歩いていたフィーアさんが背中越しにちらりと僕を見た。
「……?」
どうしたんだろう? なんて考えているうちに、フィーアさんは歩く速度を緩めると、僕と並ぶようにして横にきた。
「……彼女、幼馴染だそうね」
前を向きながら、小さな声でフィーアさんはそんなことを聞いてきた。
アリスのことだろう。
…………なんで知ってるんだろ。
「はい」
僕がそう答えると、フィーアさんは少しからかうように笑って僕を見る。
「可愛い子ね」
「……そうですね」
「それに良い子だわ」
「……ですね」
続く幼馴染への賛辞に、誇らしいやら気恥ずかしいやらで落ち着かないでいる僕とは対照的に。
フィーアさんは落ち着いた声色で最後に小さな声でぽつりと言った。
「……危ういほどに」
「……え?」
僕は足を止めた。
フィーアさんの背が遠ざかる。
どういう意味だろ?
なんて考えているうちに、フィーアさんも足を止めた。
だが、理由は僕とは違うらしい。
フィーアさんの後ろ姿。その先に――。
「久しぶりだね。ユノ君」
肩まで伸びた赤い頭髪。
フィーアさんのものとは少し違った、凛々しくも美しい笑みをその顔に浮かべて。
学園の生徒会長、セレナさんが廊下の壁を背に、まるで待ち構えるようにそこにいた。
あけましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い致します。




