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74話 「とある伝説」

 



 ――「彼らはみんな、化け物だ」


 ランスの目がまっすぐ僕を向く。


「……」


 伝染、とでもいえばいいだろうか。

 うまく説明できないけれどランスのその言葉を聞いた瞬間、体が強張るのを自覚していた。


 ……いや、よくよく考えれば思い当たる理由はある。

 なんせランスの言う『化け物』の中に恐らくたぶん僕も含まれてることになるのだから。


数字持ち(ナンバーズ)……この言葉の意味は説明されたかい?」


 その問いに僕は頷いた。


「あの人に認められた組織の幹部にして、切り札。誰もが自らを最強と自負して疑わない強者たち……というのが組織に属する構成員たちの一般的なナンバーズへの認識だけど、僕は、いいや僕たちはちがう」


 言ってランスは真面目な表情のまま、確認するようにクロエへと視線を流した。

 クロエは小さく頷くと。


「私たちはお世話になっているフィーア様の他に、誰が幹部なのか知ってるの」


 声を潜めるようにしてそう言い放ち、警戒するように周囲に視線を巡らせた。

 本来知っていてはいけないことであるという認識はあるようだ。


 しかし、そうだとしてもフィーアさんの説明が事実なら、そう簡単に知れる情報じゃないはずだけど。


「断っておくけど、なにも掟を破ってまで調べたわけじゃないんだ。厳密にいえば、知ってしまった、という方が正しい」


 僕の疑問はランスのその言葉ですぐに打ち消される。

 しかし、だとして。


「……それって僕がきいてもいい話なのかな?」


 僕の問いにランスは少し困ったように苦笑する。

 そんなランスを横目にクロエは首を縦にふった。


「ユノは知っておくべきだと思う。絶対に」


 クロエのまっすぐな瞳。そこには真剣の色が宿っていた。


「……そうだね。知っておくべきだ。……ひとまずあそこに入ろう」


 そう言ってランスは進路の脇にあった恐らく木造であろう小屋に視線をやった。


「……」


 月明りだけが頼りの薄暗さもあって、思わず僕はごくりと喉を鳴らした。

 壁板のいたるところが腐食したように崩れていて、しようと思えばどこからでも中の様子を覗けそうな有様だ。


「い、いいのかな? 勝手に入って」


 その不気味さに少しだけ動揺していると、くすりとクロエが笑った。


「大丈夫。あそこは私たちの領域(テリトリー)だから」


 なんて、少しかっこいいことを口にしてお手本を見せるように軽快な足取りでその小屋へと入っていく。


 クロエの言う領域。

 フィーアさんと共にこの街に来てから今までの間に、最初この街に来た時に感じた観察するような視線が無いことに今更ながら気がついた。


「――この街の住人は知っているのさ。無法の街であっても触れちゃいけないものがあるってことを」


 僕の横でそう囁くように言って、ランスもまた小屋の方へと歩いていく。


「……」


 その背中を眺めながら、僕はちょっとだけ思った。



 ……………………かっこいい。




 ■



 小屋に足を踏み入れてすぐ、僕は少しだけ驚いていた。


 意外、というべきだろうか。

 不気味に思っていた小屋、その室内は予想とは違って真っ暗というわけではなかったのだ。

 腐食してあいたであろう壁の隙間から月の光が漏れ出して、室内を薄く照らし出している。


 前向きに捉えれば、幻想的とすら感じる光景だ。


 その空間の中心にあった小さな円卓。それを囲むようにしてあった三つの椅子。

 左前側にランス、右前側にクロエが座っており、待つようにして視線を僕へと向けている。

 僕は導かれるようにまっすぐ進むと、空いていた席に腰をおろす。


 瞬間、ギィと椅子のきしむ音。

 それが静けさを更に際立たせた。


「……」


 意図したわけでは無いかもしれないが、形としては少し前にあった幹部集会に似ているな。なんて思ったりしていると、切り出すようにしてランスが口を開く。


「知っているかは分からないけど、この街にはいくつか伝説がある。例をあげれば神話……おとぎ話に近いものと、そうでないものが。僕がこれから語るのは後者だ」


「……」


 ごくり、と唾を飲み込む音。

 僕ではない。クロエだ。


 ランスは少しだけ(とが)めるような視線をクロエへと送る。

 君は知ってるだろ、の意だ。


「ごめん、ちょっとだけ楽しいなって……」


 頬をかきながらふにゃりと笑うクロエ。


「ほら、同じくらいの歳の子ってこの街じゃ少ないし。学生っていうんだっけ? 学園に通ってる子たちって友達同士でこうやって秘密のお話をしたりするんでしょ?」


「……」


 クロエの視線は僕に向けられていた。


「……エ? ボクニイッテル?」


 不意打ちである。


「ユノなら知ってるんじゃないかなって」


 僕にまっすぐ向けられた、期待に輝く瞳。


「……」


 僕はゆっくりと腕を組んで、ひとつ頷いてみせた。


「ほら!」


 得意げな顔をして嬉しそうに笑うクロエ。

 ランスも釣られるようにして笑みを浮かべた。


「……たしかに。悪くないね」


 その一連の流れに、場が和やかな雰囲気に包まれる。

 僕も、ははは、と笑った。

 該当する記憶はなかったけれど。


 それから少しして仕切りなおすようにして、ランスは再び真面目な表情をして口を開いた。


「……僕もクロエもこの街で生まれ育った。だからこそ知っている。君は信じられないかもしれないけど、僕らがもっとずっと小さかった頃のこの街は、今よりずっと荒れていたんだ。……原因は二つある。一つはまだあの人……ロイド様の統治が進んでいなかったこと」


 年上とは言え、ロイド先輩もまだ学生だ。

 二人が小さかった頃というのは、そのままロイド先輩がまだ幼かった頃、という意味でもある。


「そしてもう一つは、強者たちが覇を競うように争いあっていたからだ。この街の本質自体は今も昔もそう変わっていない。表じゃ生活がたちゆかなくなった者や、札付きの悪党たちが今よりずっと多くこの街を根城に生活していた。だから……争いはもはや必然だった。避けられない。誰もが生きるのに必死だった」


 声色に緊張がにじむ。

 僕自身、ランスのその言葉をただ黙って聞いていた。


「殺される前に殺す。その繰り返し。次第にこの街では徐々に強者……主に戦闘力のある者が権力を持つようになっていった。当然の成り行きだ。だって強ければなんだって許される。中には貴族のように納税を求める者まで現れた。けれどそんな混沌の中でさえ比べるまでもなくとびぬけて強かったのが二人いた。一人は身の丈に迫る大剣を持つ大男。そしてもう一人は、黄金の瞳をもつ痩身の男だった」


 絞りだすようにして言ったあと、ランスは苦虫をかみつぶしたかのような顔をして瞳を閉じた。


「二人が争うたびに、人が死んでいった。巻き込まれた者。進んで飛び込んだ者。形は違えど絶対不変の事実は一つ。生きて立っていたのは決まってその二人だけ」


 ランスの目が僕を向く。


「……もう、なんとなく分かるだろ?」



 あえて問われるまでもなく、僕はランスの言葉の意味を理解していた。




「暗部『影の月』。その幹部であるナンバーズ。その二人は今、そこに在る」




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