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73話 「暗部の二人」

 




 ――『悪魔』


 おとぎ話の中の住人。その存在の肯定。


 詳しく聞けば、暗部『影の月』の中でも幹部以上にしか伝えられていないというその情報を知ってしまったという驚きを消化しきれないまま、僕はフィーアさんから語られる暗部の基礎知識を頭に叩き込んでいた。


 序列を与えられた幹部の存在理由。そしてその在り方の補足として次に教えられたのはその秘匿性についてだった。


秘匿(ひとく)……ですか? つまりは僕が幹部であることを知られてはいけないと?」


 僕がそう問うと、フィーアさんは静かにうなずいた。


「緊急時などの例外もあるけれど、その認識で正しいわ。部外者はもちろんのこと、直属の部下を除けば幹部の細かな素性は末端の構成員には知らされていないということよ」


「……なるほど?」


 秘匿性という意味ではたしかに利のある構造だが、組織として幹部が誰か分からないというのは少し不便な気がする……なんてことを考えていると。


「もちろん、有事の際は全構成員に指揮系統が事細かに説明される予定よ。けれど現段階ではまだその必要性がないということ。それまでは幹部を隊長に据えて各部隊それぞれに決まった役割が割り振られている。例えば私の隊は治安維持を主体にする部隊として動いているわ」


「……なるほど」


 ロイド先輩→幹部→各構成員という流れになっているということか。


 (いち)構成員からしたら自分が所属する部隊の幹部だけ知っていればよいということだろう。


 ひとまず納得していると、ふと新たな疑問が浮かび上がった。


「……ということは、もしかして僕にも部下が?」


 浮ついた気持など皆無である。むしろ不安でしかない。


 そんな僕の質問にフィーアさんは、歩きながら考え込むようにして顎に指をやった。


「……前代未聞の体験入隊。そして幹部就任……正直分からないわね。あなたの先代は部隊を持たずにロイド様直属……つまり単独で任務に当たっていたという話だから……恐らくそれも継承されると思うけれど」


「……そうですか」


 正直、部隊長云々よりもそっちの方がいいなぁというのが本音だ。


「なんにせよ悪いようにはならない筈だわ。……たぶん」


「……」


「さて、と」


 顔合わせ会場である館から外に出た瞬間、フィーアさんは話題を変えるようにして足を止めると、向き直るようにして僕を見た。


「とりあえずの方針だけど、基礎としてまずはこの街についてあなたは知っておくべきだと考えるわ」


 言って、フィーアさんは視線を周囲へと巡らせた。


「……」


 少し肌寒い夜の風。それがどこからか饐えた匂いを運んでくる。

 辺りを見渡すと三日月から降り注ぐ銀色の光が、荒廃した街を薄く照らし出していた。


「あまり言い方はよくないかもしれないけれど、こんな街でも組織の拠点である事実は変わらない。メルツ家の領土であるということもね」


「……」


 木を隠すなら森の中なんて。それに近いようなことをロイド先輩は言っていた。

 事実としてこの在り様を許容しているのも事実なのだろう。

 思うところはあるが、そこに口を出すのは筋違いというものだった。


「案内をつけるわ。ひとまずは彼らからこの街について教えてもらいなさい。その後のことは追って連絡する」


「……彼ら?」


 僕の疑問に答えるようにして、フィーアさんは軽く息を吸い込んだ。


「クロエ、ランス、いるわね?」



 ――「「ここに」」



 風を切る音。


 重なり合って聞こえるどこか幼くも固い声。

 同時に、二つの黒い人影がフィーアさんの前に傅く(かしず)ようにして跪いていた。


「新入りよ。この街を案内しなさい」


「「はっ」」


 声色からその姿勢に至るまで、緊張が痛いほどに伝わってくる。

 見ているだけの僕まで背筋が伸びる思いだった。


「ではユノ君、また会いましょう。一通り街を回ったら今日は解散でいいわ」


 そう言い残して、フィーアさんは暗部らしく暗闇に溶けるようにして姿を消した。


 訪れた静寂。その中で安堵するように息を吐き出しながら二人がその場へと立ち上がる。


「……」


 黒髪の少年少女。フード越しにも分かる幼い顔つきからして、恐らくは僕と歳も同じくらいだろう。


「……怖かったぁ」


 並び立つ二人の内、僕から見て右側にいた少女がそう呟くように言って顔を綻ばせる。


 その少女の言葉に同意するように小さく頷きながら、腰に鞘付きの小剣を差した少年は笑みを浮かべると僕へと左手を差し出した。


「ようこそ暗部へ。僕はランス。そして彼女がクロエだ」


「……ユノです。よろしくお願いします」


 もちろん僕の勝手な想像ではあったけど、暗部らしからぬその気の良い挨拶を少しだけ意外に思いながら、僕は少年――ランスの手を握る。

 初めて会った気がしない、なんて親近感を僕は勝手に抱いていた。


「……ここから出てきたということは、もしかして君は訳ありか?」


 ランスの目が、僕とフィーアさんが出てきた扉の無い館の入口へと向けられる。


 訳あり……どう解釈するべきか迷うが、暗部に属する人間であればきっと思うところがある行動だったのだろう。


「……どうだろう? 新入隊の挨拶みたいなことはしたけど」


 ひとまず詳細をふせつつも、僕はありのままをランスへと告げた。


「挨拶、か。いや、詮索はよそう。ついてきてくれ」


 言ってランスは僕に背を向けると、先導するようにして歩き出す。


 僕は黙ってその背に続いた。


「ユノって()からきたのよね?」


 横を歩いていた少女――クロエがそう言って僕の顔をのぞき込む。

 髪色と同じ黒い瞳が好奇心を宿してきらきらと輝いていた。


「クロエ」


 ランスの諭すようなその声に、クロエは頬を小さく膨らませる。


「だって気になるじゃない」


 別に徹底して隠すようなことではないが、僕は少しだけ疑問を感じていた。


「……そうだけど、なんでわかったの?」


 僕の質問に、クロエは一瞬小さく目を見開くと、あははー、と小さく笑う。


「いや、分かるよ。見たことない顔だし。あとは……なんていうか」


 言葉が見当たらないのか思案顔をするクロエ。

 少し遅れてランスが小さくため息をついた。


「雰囲気かな。危険な感じがしない」


 補足するようなランスの言葉に、クロエが同意するように首をたてにふった。


「そうそう。それ。暖かい感じ」


「……なるほど」


 どこを見渡しても、閑散……いや荒廃した街の様子が目にはいる。

 だから、というのが全てではないがその言葉には不思議と説得力があるように僕には思えた。


「……ひどい街だろ」


 そうぽつりと言って、背中越しにランスが僕へと視線を向けてくる。


「いや……なんていうか」


 どう答えるのか正解なのだろう、なんて考えていた僕を見透かすようにして、ランスは続けざまに言葉を紡いだ。


「気をつかう必要はないよ。ここで生まれ育った僕らが誰よりも理解していることさ。絵に描いたような掃きだめの街。いや、掃きだめなんて言葉ではまだ生ぬるい」


 怒りや恐れをにじませた暗い声色だった。

 そんな色を無理やり振り払うようにして、ランスは顔に笑みを浮かべた。


「……街の案内ということだけど、正直、説明することなんてそう多くはないんだ。君が出てきたあの館は主に幹部たちが集まる時に使われる会場になっているってことぐらいかな。あとはあの人の私室が街のどこかにあるって話だけど、僕たち下っ端には知らされていない」


 あの人、というのがロイド先輩であることを理解すると同時に、その私室の光景が脳裏に浮かんだ。


 恐らく僕が最初にこの街に来た時に招かれた、あの部屋のことを指しているのだろう。


「あと僕たちが説明できるのは、この街についてだけさ。見たままの街だけど、荒れているのはなにも街並みだけじゃない。強盗や殺し合いなんてのはこの街じゃ日常の光景さ。弱肉強食なんて言葉があるけど、まさにこの街がそうであるといえる」


「……」


 まだ僕自身が体験したわけではないが、想像に難くないのが正直な所だ。


「何か気をつけることとかはないかな? 規則みたいな」


 僕のその問いに、ランスは少し間をおくと真面目な表情をして僕を見た。

 真面目……いや違う。


「……あまり大きな声では言えないけど、数字持ち(ナンバーズ)には気を付けた方がいい」


 そう囁くように言って、ランスはその顔を恐怖と緊張で強張らせた。



 ――「彼らはみんな、化け物だ」




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